私には見えない
ロイドを訪ねるとまだ起きていた。
彼はカートの
「良いからこの剣を見て下さい」
という頼みに首を傾げながらも、少女が抜いた刀身を見つめると、しばらく固まった。
「……これは、古代文字だ……」
「ロイド、読めるのか?」
彼は自信なさげに頷くと
「歴史好きの両親の座学の付き合いで、ベアスン教授に習っていた事がありまして。しかし光っている……不思議だ」
目を細めしばらく見つめると
「……滅せよ。我、力を貸す……汝の……心に従え」
カートはすぐに
「創世記の第十七章で、太空のミャナミルに、黒神が天秤の剣を与えた時のお言葉だよ……」
ロイドは頷き
「……しかし、こんなものを何処で」
私を見てくる。
ロイドに第一王女領東部の廃村で入手した、先ほどまで光ってはいなかった、私には輝きが見えないと伝えると、複雑な表情で
「先輩、東進は我々に任せてください。先輩はこの子達と陣に居るべきです」
何と自ら、言ってきた。カートが慌てて
「ロイドさん、実はあたいらもそれを言おうとしていたんだ。もうゴツトー将軍の協力も取り付けた。騎士団と合わせて一万の軍で東進すれば必ず要塞は獲れるはずさ」
ロイドは直立不動になり、我々に深く頭を下げてくる。そして顔を上げると
「……正直、明日、この陣にとても良くないことが起こる予感がします。できるだけ騎士団と王子を遠ざけたいというのが本音です」
私に向け、はっきりと言ってくる。
「ロイド、その判断は正しい。私も常々騎士達にそう言い聞かせてきた。この様な事態からは遠ざかるべきだ」
ロイドは黙って私の手を握り
「先輩、死なないで下さい」
大げさな物言いに私は苦笑いをしながら
「ああ、君も無事に要塞を獲ってくれ」
そう返した。
私は少し疲れを感じたので、カートに全ての準備を任せ、彼女が用意したテントに向かい眠ることにした。少女はチャスルとアダムのテントで寝るらしい。まあ彼らなら問題はないだろうとカートに送って貰う。
言われた場所まで歩き、テントへと入ると、顔に青痣を作ったパレラがベッド脇に腰掛けて泣いていた。私を見ると
「どっ!どこ行ってたんだ!良かったあ……」
そう言って安堵した表情になる。
「傭兵団からかな?」
近づいて痛々しい顔を見ながら尋ねると
「い、いや、私が悪いんだ。尻を触られたぐらいで喚いてしまって」
眠気が吹き飛んだ私が
「誰だ?一発殴って来よう」
パレラは慌てながら立ち上がり
「ブロッサムさんが、そいつの腹にパンチを入れてくれた。もう解決したんだ」
私は大きく息を吐くと、パレラの横に座り
「ベッドを使うといい」
「とっ、トーバンさんは何処で寝るんだ?」
ベッド脇に畳まれたシーツを見ながら
「シーツを敷き地べたで寝る。幸い長い騎士生活で鍛えられていてね」
「だっ、ダメだ!私が下で寝るべきだ!」
「いや、ベッドで寝なさい。もう騎士は引退した身だが、女性を大切にするという教えが染み付いていて、今さら変えられないのだよ」
パレラは項垂れながら頷くと、すぐに横たわり寝てしまった。
私も脇にシーツを敷き、もう1枚を被り横たわると、すぐに眠りに落ちていく。
……
休日に両親と犬のブラウンと共に、生まれた村の南にある山中の頂に建てられた教会へ行っている。
整備された山道を登っていき、古びた建物の扉を開ける。長椅子が左右に何列も並ぶ教会内は既に多くの村民達が座っていて、最後列しか空いておらず、両親と並んで座り、利口なブラウンはその背後で伏せた。
奥の聖母の神像前に、分厚く古びた創世記の写本を持って立つ若い神父を眺めていると、よく通る声で
「本日は、十七章の太空のミャナミルが、邪な竜であるジャナクラを天秤の剣で打ち破ったところからですね」
皆、集中して聴いている。
「ミャナミルに黒神様は言われました。ミャナミルよ、この世界には二人の神が居り、我、犬の姿した黒神、そして少女の姿をした白神が居る」
そこで神父は区切って、信徒達を見回し
「黒神様はこうも言われます。ミャナミルよ、白神の戯れによりジャナクラは力を得た。神ですら正しくも邪にもなる。分かるか人の子よ」
また神父は区切り
「その天秤の剣は、人、自らが神の過ちを正すためにある。努々人に向けるなかれ……良いな」
そこで景色は薄れていく。
……
大きく揺さぶられ少女の声で
「トーバン!時間だよ。皆陣地作ってる!」
「あ、ああ、済まない」
私は手を貸して貰いゆっくりと立ち上がる。パレラは居ないが皆と一緒だろう。
少女に手を引かれながら、広い陣地の手薄だった南西部へ向かうと、なだらかで広い斜面や小さな窪地に高い木柵を張り 、地形を複雑に利用した堅牢な防衛陣が、千人ほどの傭兵団と王国兵の土木作業により出来つつあった。
山の上から少女と並び朝日に照らされ、気持ちの良い風に吹かれながら眺めていると、カートがデリングとやって来て
「騎士団全軍と、ゴツトー軍はもう出たよ。今ごろ要塞前の陣地を突破しているだろう」
「済まない。寝すぎたね。手伝おう」
カートは土木作業を見下ろし、デリングは下へと指示に向かう。彼女は
「一応、ピョンリルとフォーモにも声をかけようか迷ってる。動くかどうか……」
「ああ、彼女達はね……」
私は苦笑いする。
ピョンリル・ネフェラントス 二十九歳
王国第四遊撃軍将軍。平民出身だが卓越した頭脳とそれを感じさせない表向きの穏やかな人柄で二十代にして下位将軍まで上り詰めた。政治的な嗅覚は非常に鋭い。カートの友人。
フォーモ・ズートラム 三十一歳
王国軍第七補給部隊将。王族筋の高位貴族出身。無能では無いが、必要最小限の仕事以外はしない。カートの友人。軍務より、遊びやファッションの方に興味があるようだ。
「どうかね、2人とも」
カートは苦笑いして
「もうやる気ないし、王都に帰りたいってばかりさ。あたいは飲まないから、酔った2人の愚痴を聞く係だからね」
そう言っていると背後から
「あらら、勝手に工事をしてよろしいのですか?」
「姉さん、何してんの」
のんびりした女性達の声がして驚く。カートは嬉しそうに振り返り
「ピョンリル!フォーモ!ちょうど話をしていたところさ」
二人は私を見ると驚き、近づいてきた。
ピョンリルは横分けした茶髪におっとりした様相で軍服も真面目に着込んでいるが、フォーモは燃えるような赤毛の毛先をクルクルと幾つもロールさせ、着崩した軍服の上から青空と太陽が全体に描かれたマントを羽織っている。
ピョンリルは穏やかに会釈をしてきて
「トーバンさん、お久しぶりです。今度は何の策ですか?」
明らかにダイナミス平原の真相を知っている口調で尋ねてくる。
「久しぶりだね。カートの発案だよ。私は呼ばれてね」
「そうだ!剣抜いてみな!」
少女が剣を抜き、刀身を見せるとフォーモが驚いた様子で
「うわっ……青く光ってる」
ピョンリルは不思議そうに
「綺麗な剣ですけど……」
カートは興奮した様子で、少女の剣に纏わる経緯について二人に説明する。
話が終わると、二人の顔色は変わっていてた。フォーモが青空を仰ぎ大きく息を吐いた後
「姉さん、何が必要?少量だけど毒や爆薬とかもあるよ。一応」
ピョンリルは腕を組み、深刻な表情で
「……トーバンさん、真剣にお尋ねしたいのですが」
「何かね?」
「ヴァシルが奇襲でこの角度から本陣を突くと観てますよね。ということは、もし防げた場合、戦功は非常に大きいですよね?」
私は苦笑いしながら
「そうだね。それに現在の私は王妃様に直接監視されているので、この防陣に参加していたという事実だけで後日、王家より表彰があるだろうね」
ピョンリルは微笑みながら
「しかし、ヴァシルが来るという確証は無い。あるのはカート姉さんとトーバンさんのご判断と、私には見えない青く輝く古代文字のみ」
「そういう事だ。軍人である君たちは賭けに負ければ軍法会議が待っている。私はもはや民間人で、カートは傭兵なのでその点気楽だが」
ピョンリルはカートを見ると
「乗りましょう。私の遊撃軍五千七百を全ベットします。こんな面白い賭けはありません」
フォーモも慌てて
「わっ、私も乗る!姉さん!輜重隊全軍二千使ってくれ」
カートは青空へ拳を突き上げ
「これで防げそうだ!よし!二人とも急いで兵をこちらに回してくれ」
二人は頷くと足早に去っていった。カートはその後ろ姿を見ながら
「面白いだろ?」
「次世代の中核になる可能性があるね。まあ……この試みが正しければ、の話だが」
剣を錆びた鞘に収めた少女が確信に満ちた表情で
「トーバン、大丈夫!来るわ!」
そう言ってきた。




