青く光りながら浮かび上がっている
中央軍の陣地南西部に配置されたゴツトー軍のテント群も深夜だが騒がしかった。
そこら中で宴席が開かれていて、外で寝ている兵達も居る。
これは、使い物にならないのではないかという目をカートに向けると
「いや、無能のふりをしてるだけさ」
そう言い切り、陣内中央の将軍のテント前で
「将軍!あたいだよ!カート!入るよ!」
大声を出して入って行った。
テント内では、黒く濃い髪の毛と髭、濃い体毛に全身が覆われた筋肉質な全裸の男がベッドでいびきをかいて眠っていた。側には裸の女性が二人もシーツを被って寝ている。
カートは大きく息を吸い込むと
「起きろ!戦の時間だ!」
男は微かに目を開けると、野太い声で
「……デリングと、そっちのオヤジは……」
上半身を起こすと、変装を取り顔を出した私を見て
「……おっ、早くも帰って来やがったかあ……トーバンのおっさん」
「将軍、お久しぶりです」
ゴツトーは右手を軽く上げ応えると、髪をかきながら立ち上がり、大きく欠伸をしながら下着を履き
「カート、戦は終わったよ。俺はもう帰る。王に帰還要望書を書く」
カートは腰に手を当て
「これからだよ!マルバウ王子を明朝に東進させる。あんたも付き合いな!」
ゴツトーは面倒くさそうな表情でベッド脇に座り、耳に指を突っ込んでほじりながら
「……ヴァシルが南進でもすんのか」
「そうだよ!トーバンが動かした」
彼は宙を見ながら何かを考え
「なあ、カート、うちの軍がこの位置に居るのは、別に司令部から追いやられてるわけじゃねえ」
カートはイライラした様子で
「陣の背後である南西部から西部にかけて、防備が薄いからだろ?知ってるよ」
ゴツトーは頷き、水差しからコップに水を注ぎ一気に飲み干すと
「王子様達は、戦場にルールってものがねえのを知らねえ。俺なんて蛮族どもに何度、背後から奇襲されたか」
カートは大男のゴツトーを睨み上げ
「だがこっち側は王国領内だ。ヴァシルが二万を引き連れてここまで入り込むリスクは低い。それよりあんた!さっさとあたいらと要塞にぶっこむ準備をしな!」
ゴツトーは私をジッと眼光鋭い両目で見つめ
「トーバンのおっさん、ヴァシルに釣り出されてる可能性はねえのか?」
私はそれも当然考えたが
「……例えば、南部のミナ退役将に背を向けてこの本陣のある西に進むと、あのお方は大喜びで何処までもヴァシルの尻を追いかけるだろうね」
ゴツトーは声を立てて笑い
「違いねえ。まあ、共和国軍は遅いからな。それはそうか」
第一王女領でもそうだったが、共和国軍は士気が基本的に低く、練度も低い。
ヴァシルが仮に名将だったとしても、率いる軍の行動力と質に限界がある。
ゴツトーは太い両腕を伸ばし欠伸をすると
「カート、これが最後だ。うちのイカれ兵共も飽きてる」
カートは腕を組み真顔で頷くと
「明日には終わってる。じゃあ、明日の朝」
「ちょっと待て、当然、司令部の許可は取ってねえよな?軍法会議は嫌だぞ」
顔を顰めたゴツトーにデリングが進み出て、例の我々が描いた要塞前陣の地図を渡しつつ
「トーバン様には、王妃様の後ろ盾があります。ご心配なく」
ゴツトーは地図を見ると、途端に上機嫌になり
「……まあ、信用してやるよ」
我々はゴツトー軍の陣地を後にして、傭兵団の陣地へ急ぐ。
山地に堅固に造られた、十万の王国軍が滞陣する広い陣中を歩いていると、ふと私の背後を歩くパレラが
「ヴァシル様を舐めない方がいい」
ポツリと呟き
「……舐めてはいないが、これ以外、もはや手がなくてね」
「帝国とのホリウズ城での攻防戦では、いつの間にか城を捨てたヴァシル様が、全軍で油断していた帝国軍の背後に回り込み勝ったんだ」
カートが頷き
「ヴァシル個人の経歴からは、その鳳の目が何処で育まれたのかは分からない。まるで本当に、精霊から囁かれている様な……」
私は思わず笑ってしまい
「……失礼。勝っているのは偶々だ。いつか馬脚を現すだろうね」
デリングは黙って先頭を歩いていく。
北東の傭兵団宿営地へと着くと、入口付近で待っていたブロッサムが駆けて来て
「団長、スグモ王子は動きません。王子は寝ていて、家宰のヨワヒムが東進の提案を撥ねつけてきました」
カートは舌打ちすると
「ブロッサム、あんたはこの陣地に残りな。あたい達に何かあった時は頼むよ」
ブロッサムは頷いて私に
「チャスルとアサムリリーちゃんもこの陣地に残りたいって言ってます。話を聞きますか?」
私は頷いた。
傭兵団の打ち合わせがあるカートとデリングにパレラを預け、ブロッサムと向かう。
アダム、少女、チャスルは、外にポーラが繋がれたテントの中、何か深刻な様子で話し込んでいた。
「どうかしたかね?」
チャスルは私を真面目な面持ちで見つめ
「トーバン、この戦場、おかしい」
ゆっくりと、まるで諭すような口調で言ってきた。アダムは何とも言えぬ顔をして、少女が黙って自らが提げた錆びた鞘から、音も無く剣を抜いた。
そして、まるで造られたばかりの様な美しく輝く刀身を見せてくる。
「トーバン、見える?チャスルは見えるって」
「綺麗な刀身だね。抜けたのか」
先程まで鞘から抜けなかったはずだ。
チャスルは紙に描かれた長い文字列の様なものを私に見せてくる。アダムが
「この子とチャスルには、刀身にこの文字が、青く光りながら浮かび上がっているのが見えるそうです。傭兵団の教授にまた見せたいのですが、カートさんを呼んで貰えますか?」
教授は北の陣地に居るはずだ。
「カートに言ってみよう。それと、チャスル君、戦場の何がおかしいのか教えてくれ」
チャスルは深刻な表情で
「凄く、悪いもの……うん……悪い神様……邪神かも。邪神がこの戦、空から見てるってポーラ言ってる」
私が首を傾げていると、少女が剣を鞘に収め、両腕を必死に振って、身振り手振りで
「トーバン!ヴァシル?とかいうのは悪い神様達の使いだって!チャスルがさっきから言ってるわ!」
黙っているブロッサムも不安げな表情でこちらを見てくる。
私は腕を組み、若者達にどう答えようか考え込んでしまう。
宗教的な要素は戦場に不要だと私は考えている。神を信じることによる蛮勇も、また逆の宗教的な恐怖も、生き延びるための勘を鈍らせる、というのが私の騎士人生の結論だ。
しかし、時折、理解不能な超常的な現象というのは戦場では起こる。起こるが、それらは物理的や思考的に近づかなければ、あちらからも我々に近づいては来ない。
私は心の中で、廃村で見つけた不思議な剣を少女に与えたことを深く悔いつつある。
あれがトリガーとなり、その手のものを引き寄せつつあるのなら、良い事は起こらないだろう。超常的な現象は、必ずしも我々人間にとって都合が良いとは限らない。
私は大きく息を吐き、ブロッサムにカートをこのテントに呼んでくるように頼む。そして椅子に座り、一息つくことにする。
アダムが隣に座って来て、チャスルと話し出した少女の提げた剣と鞘を見ながら
「……あの剣、拾うべきではなかったですね」
私と同じ感触を伝えてくる。
「……アダム、あの手の武器は人生で何度か見たことがある」
驚いた表情のアダムに声を潜め
「関わらないようにしていたし、騎士団員にも関わらぬ様に教えていた」
彼は納得した面持ちで
「母がよく言っています。超常の事はあると思えばあるし、無いと思えば無い。自ら人生をコントロールしたければ、決して近づかない事だ、と」
「その通りだ。まずはカートを待とう」
二人で頷き合っていると、テントにカートが一人で入ってきた。
彼女は、少女が抜いて見せてきた抜き身の剣を驚いた表情で眺め
「青く光った文字が……」
「カート、見えるのか」
カートは何かを察した様子で私に近寄り
「トーバン、明朝の東進を止めるべきだ。これは神の警告だよ。きっと、この陣地で何かあるんだ」
「……カート、要塞は獲らないといけない。あれを放っておいては、この戦が延々と終わらぬのは分かるだろう?」
カートは私の両手を取り
「ロイドさんをあたいが説得して、ゴツトー将軍と騎士団を組ませ、要塞まで東進させる。将軍が居れば空の要塞は必ず獲れる。あたい達は、北部の傭兵団全軍と第一王女軍を呼び寄せ、この陣地の南西部に突貫で防御陣を作ろう!何かあるならあそこだよ!」
「ロイドが納得しないだろう」
彼は現実主義者且つ慎重でもあるので、私とカートの東進への参加を必要とするはずだ。
彼女は確信に満ちた表情で、少女の持つ剣を見つめると
「あれを見せてみる。神のご意思があれば上手くいくはずさ」
そう言った。




