迎えよう
チャスルが不思議そうな顔で跪いているパレラに
「お前、共和国奴隷居ない言ってた」
「そ、そうだ」
「奴隷認めない言ってた」
「い、言ったな」
「それで奴隷なるおかしくない?」
パレラは衝撃を受けた表情で固まった。
確かに筋は通っていない。
どう言い訳するか黙って見ていると、パレラは悔しげに座り込み
「そ、そうだ……私は頭が悪いんだ……」
チャスルは腕を組み理解した顔で
「お前勢いだけ。それ良くない。嫌われる」
パレラは泣きそうな表情で私を見てくる。
「……とにかく、パレラ君は付いて来なさい」
私の言葉に彼女は安堵した表情になった。
その後、戻ってきたアダムとブロッサムにもパレラが長々と早口の自己紹介をして呆れられ、チャスルと少女にも微妙に避けられ、結局彼女は私から離れなくなった。
パレラに張り付かれた状態で私は深夜のカートとの戦略会議をしている。
テーブルに地図を広げたカートはウザったそうに、私の背後で椅子に座るパレラを見て
「あんた、あたいとトーバンの大事な会議の最中だけど?」
パレラは慌てて立ち上がり
「すっ!すまない!でも……皆、相手してくれなくて……」
「大人だろう?寝てりゃ良いんだよ」
「こっ……興奮して寝れないんだ……私は異国で奴隷になってどうなるんだろうって……」
カートはパレラに呆れた眼差しを向ける。私は苦笑いして
「人に馴染めぬ者も居る」
「パレラ?とか言ったっけ?今からあたい達がする話は、敵に漏れたらいけない話だ。つまり、それを聞くあんたも危険なんだよ?」
パレラは怯えながら
「みっ、耳を塞ぐ……」
カートは顔を顰めると、私に手招きして抱きついてきた。バレラは衝撃を受けた表情で
「つっ、付き合っているのか?」
「ああ、そうだよ。あたいとしては、地図を見せてから、ベッドでゆっくり、トーバンと作戦を練る予定だったんだけど」
パレラは涙目で立ち上がり
「みっ!見捨てないでくれ!何でもするから!」
カートは興ざめした顔で、私から離れるとパレラに近づき
「あんた、何ならできるんだい?」
そう尋ねた。そして彼女は必死に自分の人生を語りだす。かなりの早口で。
私とカートが呆然とするほど、パレラの人生は酷いものだった。
貧民の家に生まれ、賢く綺麗で要領のいい姉と、地味で不器用で頭の悪い自分が比べられ続けた。
十五で実家を出て、地元の旅館で働き始めたものの、客からの性的な要求を避け続けると、主人から嫌われ解雇された。
次の仕事はウェイトレスだったが、そこも注文を間違うなどのミスを頻繁して解雇され、四年ほど工事現場で石や廃材の運搬業務をしていた。
十九になった頃に節約して溜まった金で酒場を開業しようとするが騙され、金を全て取られた上に借金まで背負わされ、3年ほど借金返済の為に共和国の超巨大湖であるフェスラン湖で海女をさせられていた。
そして、二十二の時にようやく返済が終わった所で、人生をやり直すため兵隊に応募し、過酷な訓練を終え、始めての戦場がヒラギナ指揮の部隊だった。
数日前までは勝ちそうだったが、いつの間にか悲惨な山林での撤退戦が始まり、ようやく陣地まで逃げ帰ったと思った直後、襲撃が始まり逃げ遅れ、いつの間にか捕らえられていた。
というのがパレラが語った全てだ。カートは唸りながら
「……運がなさ過ぎる。神が半笑いで玩具にしてるとしか思えない」
私は神など信じていないので
「こう言っては何だが、僅かに何か違えば、好転するかもしれないね」
パレラは項垂れて黙り込んだ。
カートは大きく息を吐くと
「まあ良い。トーバン、ここで次のヴァシルの動きを予測しようか」
「そうだな。パレラ君はその椅子に座っていてくれ給え。耳も塞がないで良いが、聞いたことは他言無用だ」
パレラはこちらを見ずに頷いた。
カートはテーブルに地図を広げ、我々は戦場の分析を始めた。
現在の東部戦線の状況は、北部は我々が共和国軍を押し返したので、クラーク河付近までは制圧していると言っていい状況だ。
中央部の王国軍十万は相変わらず動かず、ヴァシルは陣地に囲まれた要塞から出て来る気配は無い。
南部はミナ退役将が孫を操り、三千の王国軍で派手に動き回り、ほぼ制圧してしまった。数千の南部侵攻の共和国軍は要塞まで撤退している。
ふと私はヴァシルの次の動きが分かってしまい、戦慄する。
「カート……南が危ない」
彼女は一瞬首を傾げた後、気付き、慌てた表情で
「確かに。ヴァシルならやりかねない……」
「ああ、常道からが外れるが、最も効果的だ」
ヴァシルは派手な動きをしている南軍内に退役将がいるという情報を既に掴んでいるはずで、恐らく大軍を率いて南進し、一挙に南の王国軍を潰しにかかるだろう。
中央の王国軍が気付いた頃には南部は壊滅していて、ヴァシルは要塞に戻っているはずだ。
「もう南進していると考えた方が良いかい?」
とカートが言うと、テントの入口から笑いを噛み殺したデリングが入って来た。
彼は実に嬉しそうに
「トーバン様、団長、完璧です。これ程早く北部を制圧してしまわれるとは」
カートは舌打ちすると
「聞いていたわけだ」
デリングは張り付いた笑みで
「そんな事よりも、要塞が空きます。ヴァシルは夜を嫌うので未だ動いておりませんが、明朝にほぼ全軍引き連れ、南進を開始するでしょう」
私は彼を見つめ
「南の王国軍三千を生贄に捧げろと?」
デリングは笑いながら
「南部には豊富に沼地がございます」
そうか、そうだった。
ミナ退役将は、沼地での戦いを最も得意とするという不思議な特性がある。
数日程度なら多勢相手でも持ちこたえるだろう。
デリングは怯えているパレラの横に立ち
「トーバン様、この降伏兵を連れ、今すぐに王国軍本陣へ向かいましょう」
私は彼が言いたいことは分かる。
「パレラ君に要塞が空になると証言させ、王国軍を東進させるつもりかね?」
デリングは頷くと、懐から私が退役将に送ったはずの手紙を取り出し
「二日ほど前、トーバン様の名前を消し、複写を数枚、共和国軍に流しておきました。この策を潰すためにも、必ず明朝には南進します」
私は思わず笑い出してしまう。何処までもこの男は悪辣だ。もはやバルボロスと同類なのではないか?
ヴァシルがあれを読めば間違いなく南進をするだろう。
いきなりパレラが立ち上がると
「み、認めないぞ!私は証言など……」
デリングは彼女の首筋にナイフを突き立て
「お前の意見など聞いてはいない。一手で大きな戦が終わるのだ。従え雑兵」
支配的で冷たい声をかけた。パレラは震えながら涙目で私を見てくる。
「パレラ君、悪いが手伝って貰う。成功したらそれ相応の補償をする」
パレラは激しく震えながらも言葉を絞り出し
「たっ、例えば?」
私の代わりにカートが
「王国市民として迎え入れるとかどうだい?王妃が何とかしてくれるだろ」
パレラは涙と鼻水を流しながら
「身分だけじゃ……だっ、ダメだ!見捨てないでくれ!」
私は苦笑いしながら手を横に振り、デリングにナイフを引かせ
「うちの村の村民として迎えよう。空き家も土地も仕事もある」
パレラは急に明るい表情になり
「ほっ、本当か!?」
私は黙って頷いた。
北部の現地指揮は傭兵団のソウバリーに任せ、我々は二台の馬車に乗り、王国中央軍の本陣へと急ぐ。
御者のデリング、カート、パレラと私が先頭の馬車で、アダム、ブロッサム、少女も黒馬のポーラが引きチャスルが御者をしている馬車に乘り続く。
時間がないので馬車内で簡単な打ち合わせをする。
まず予定より早いがマルバウ王子を焚き付けることにする。そしてあえて兄である第二王子スグモにも情報を流し、反応を見る。
もし、総司令である第二王子が要塞が空き次第、全軍十万で東進を始めればこの戦は王国軍完勝で終わる。
しかし、デリングとカートは二人して、スグモ王子にその度胸はないと断言した。将器が極めて小さいというのが2人の見立てだ。
つまり、この戦はヴァシルが南進して要塞を空にした直後、暴発したマルバウ王子が騎士団を引き連れ東進して、要塞前の守備兵が残った複数の陣地を突破し、空になった要塞を占拠し終結ということになる。
その後、本拠を失ったヴァシルは共和国に退却するだろう。
しかし、マルバウ王子にはまともな指揮能力がないのは分かったので、そこは一計を案じることとする。
煌々と灯火が灯っている深夜の本陣に着いた我々は二手に別れ、ブロッサム、チャスル、アダム、少女は本陣内に残留している傭兵団五百の元に向い、残りの私達4人は騎士団の宿営地へとカートを先頭に急ぐ。私は一応頭にターバンを巻き、口元をスカーフで隠している。
たどり着いた騎士団の司令部テントは騒がしく、中からは恐らくマルバウ王子と思われる
「あああああーーーーー!」
という奇声が何度も響いてくる。
カートが外から
「王子!カートにございます!耳よりな情報が!」
「入れ!」
裏返った明らかに精神のバランスを崩した声が中から響いてきて、カートを先頭に我々はテント内へと入った。
私は思わず声が出そうになる。
2ヶ月ぶりに見たマルバウ王子は自慢の赤髪は伸び放題で乱れていて、目の下には深い隈があり、頬はこけ、明らかに精神を病んでいた。
作戦図が広げられたテーブルの横には、金髪を七三分けした顔立ちの良い、銀の鎧を着た中年騎士が乱れなく座っていた。彼は私を見て、一瞬驚いた表情をするがすぐに真顔に戻る。
ロイド・スクワイヤー、四十三歳。
貴族の出で、王都の大学を卒業後に騎士になった男だ。何事も卒なくこなし見た目も良く、王子の大学の先輩でもあるので王子から厚遇され、私の後任の副騎士団長になった。
武芸や戦術的に特に秀でた所はないが、頑健且つ人格的に穏やかで、私はロイドが後任だという人事には特に不満はなく、引き継ぎも粛々と済ませた覚えがある。
カート以外の我々三人は入ってすぐ跪き、カートは落ち着いた様子で進み出ると
「王子、大功を立てられます。ヴァシルは明朝、要塞から軍ごと出て、南進いたします」
王子はしばらくカートをジロジロと見た後、黙ってロイドを見つめる。
ロイドは真面目な顔で
「カート団長、つまり明朝に東進すれば空の要塞が獲れると?」
「はい。そういうことになります。ここに居るパレラなる降伏兵の情報を元に、傭兵団で調査した所、真実でした」
王子はパレラを見て、震える指先で彼女を指し
「しゃっ……喋れ」
ロイドが補足する様に
「パレラ降伏兵、王子は情報を自らの耳で聞きたいと望んでおられる」
パレラは緊張した様子で立ち上がると
「南部の王国軍を全軍で潰すと、ヴァシル様が要塞内で話している所を見ました」
共和国訛りで用意していた嘘の証言をした。王子は顔を歪めそのまま固まった。
余りに動かぬので、私が王子の様子が心配になっていると、突如、甲高い声で笑い出し
「きゃっきゃっきゃっ!こっ!これで!兄様達を出し抜ける!カート!よくやった!」
ロイドは安堵した表情で
「明朝に騎士団は東進する。王子、戦まで仮眠を取られては如何でしょうか?」
王子は嬉しそうに頷くと、その場に倒れそうになり、ロイドが呼んだ騎士達に抱えられ出て行った。
ロイドは大きく息を吐いて、跪いたまま気配を消している私を見ると
「トーバン先輩、好き勝手しているようですね。団長とデリングさんもどうぞ、お席へ」
テーブルの席に我々を座らせ、わざわざパレラにも私の背後に椅子を自ら用意して座らせた。そして自らも座り
「王子に高い指揮能力はありません。そもそも要塞前陣の突破が難しい。どうするおつもりか」
落ち着いた様子で正直に現状を話してきた。
デリングがニヤリと笑い、懐から紫の液体が入った小瓶を取り出し
「気持ちよくなるお薬です。頭がボーッとして言う事を聞きやすくなります」
ロイドは神妙な面持ちで私を見てくる。
「デリング、要塞前陣の地図はロイドに渡したかね?」
デリングは黙って懐から複製した地図を出すと、ロイドに腕を伸ばし渡した。チャスルの話を聞き私とアダムが描いたものの1枚だ。
彼はしばらくそれを眺めると、私を見て
「やりたい策は理解しましたが、これを実行して私が責任を問われないという保証は?」
「私は王妃から監視されている。つまり私が自由にしている内は、王妃直々のご許可があると思って大丈夫だ」
私の言葉にカートも深く頷く。
ロイドは真剣な眼差しになり
「では、トーバン先輩とカート団長、デリングさん、そして中央陣に居る全傭兵団も共に東進してください」
この提案は想定内だった。
嘘でない証拠に我々も参加しろと言ってきている。そして、その方が確実に陣を突破できるので都合が良い。
「ロイド、喜んで付き合おう。しかし戦後の功績はカートと王子の山分けになるが良いのか?」
ロイドはカートを見つめ
「申し訳ないが、この作戦立案者はマルバウ王子として頂きたい」
カートは笑いながら頷いて
「もちろん。あたいはヴァシルが退けば何でもいいさ。そもそもこの作戦自体トーバンの親心だよ。このお人好しは、王子を未だ気にかけているのさ」
デリングが咳払いすると
「ロイド副騎士団長、この戦場にはゴツトー将軍が居られるはずですが」
「ああ、カート団長と度々渡河作戦をされていたね」
「誘ってもよろしいか?」
ロイドは何とも言えない表情でまた私を見てくる。
ゴツトー・ヴァレンスア 五十一歳。
王国軍鎮南将軍。突撃や奇策を多く用いた苛烈な戦いをすることで知られる。
王国南部の異民族の反乱制圧をする役割を長年与えられていたが、近年は南部は穏やかなので、東部戦線に増援として派遣されることが多い。
「カート、将軍とはどうかね?」
私が尋ねるとカートは複雑な面持ちで
「もうやる気がないねえ。行ってみるかい?」
デリングが張り付いた笑みで
「将軍の持つ八千の精兵と合わせれば、東進軍は一万を超えます」
と言った。




