レプリカ
ジャクリーヌは近くのレンガ造りのオープンカフェを指定してきた。
外の席ならば少女達も見つけやすいと思い、同意して座る。
店員に注文を告げ、ジャクリーヌの方を向くと彼女はバッグから出したスケッチブックに熱心に私の姿を描写していた。
「おかしくはないですかな?」
単刀直入に尋ねると、ジャクリーヌは真顔で
「そのような事はございません。これぞ流行の先端です」
本当だろうか……疑問に思いながら、店員がテーブルに置いて行ったコーヒーを飲み
「ところで、どの様にこの町へ?」
彼女はスケッチしながら
「共和国の貴族などがお忍びで訪れる為の密入国ルートを使いました」
とんでもない事を告白してきて、飲んだコーヒーを噴きそうになる。
そうか……ボルソフの言い様だと共和国民の一部にはこの町は見ただけで自慢できる観光地と化している。
ならばリスクを犯しても一目見たいという金持ちは多いのかもしれない。
うーむ……これは戦略的に使えるのではないか。いや、この現状を王妃が把握していない訳がない。
ということは、王妃が私をこの地に寄越した真の目的は、実はローズ姫が創り上げたこの町を利用して、共和国と和解工作をすることなのか?
私がとりとめもなく考えていると、ジャクリーヌはスケッチを終え
「紳士様は、この町にどの様な目的で?」
嘘を吐いても仕方がないので
「共和国軍からの防衛の為に来ました」
ジャクリーヌは驚きもせず頷き
「身体付きから武人の方だとは思いました。ああ、スケッチは服についてだけ描きましたので、ご安心ください」
わざわざ広げて見せてくる。
「何故、全て明かすのですか?」
ジャクリーヌは眼鏡の位置を直しながら
「まず、紳士様が信用がおけそうだと、私が直感で思ったことと」
そして真顔でジッと私の目を見据え
「ローズ姫様のインタビューがどうしてもしたいのです。敵国の姫の素敵なお話が聞ければ戦も収まるかもしれません」
私は思わず笑ってしまう。
「それが実現したとして、祖国で捕まりませんか?」
ジャクリーヌは頷いて
「その可能性は高いですね。しかし、ペンは剣より強し、と申します。ペンは人を殺しもしますが、人を癒し、戦を止めることもできると私は信じています」
思わず唸ってしまう。気骨のある人のようだ。しかし、粗野な私には扱えぬ分野の話でもあるので、しばらく無言が続くと
「あら、お久しぶりですね」
何とメアリーが私の横の席に座ってきた。
空色の日傘にシックなショートドレススタイルでこの町からも浮いていない。
王妃はやはり私を監視しているようだ。
つい数日前、会ったばかりの彼女に苦笑いしながら
「メアリーさん、こちらジャクリーヌさんです」
メアリーはジャクリーヌに微笑みながら
「……メアリーと申します。紳士様に代わり、私がお話を伺っても?」
ジャクリーヌが黙って私を見てきたので
「……乗るかどうかはお任せします。悪い話ではないと思いますよ」
含みを持った言い方で教える。
王妃の耳目であるメアリーが姿を現すということは、ジャクリーヌに王妃ご自身が興味を持ったということと同義だ。
ジャクリーヌは腹を決めた様で
「メアリーさん、よろしくお願いします」
記者の名刺を渡した。メアリーは微笑みながらそれを受け取ると
「……我々が使っている屋敷が近くにございます。行きましょうか」
ジャクリーヌを連れ、路地裏へ去って行った。ホッとしていると、お菓子屋から少女が駆けて来て
「あっ!トーバンずるい!私も何か美味しいの飲みたい!」
向こうからは、膨れた布袋を抱えたアダムと布袋から焼き菓子を出して食べているチャスルもやってきたのが見える。
その日は城へ帰った後、休養日とした。
明日にはカートが領内の掃討戦を終わらすだろう。半日ほど、ゆっくり休むことにする。
翌朝、少女に起こされ寝室から出ると、リビングにゲオルグが待っていた。
「準備は終わったが、行くかね」
「そうですね。お借りした兵の練兵も兼ね、クラーク河まで北部の共和国軍を押し戻しますか」
まだ期日まで4日ある。
上策が成功するように、できるだけ整えておきたい。
「儂はアサムリリーさんが居なくなることで落ち込む姫のケアをせねばならん。兵はゼオイド村に向かわせた。好きに使ってくれ」
「お心遣い痛み入ります」
「勝てよ。トーバン」
ゲオルグはそう言うと出て行った。
ポーラに乗ったチャスル、徒歩の私、アダム、そして少女は領内の整備された道を東へと進んでいく。
案内はチャスルだ。彼は領内東部はもう覚えたと豪語しているので任すことにした。
整備された道を東へと通っていたチャスルは、急に枝道へ入り、また整備された道へ戻り、川にかけられた小さなアート状の石橋を渡ると、整備された道では無く、獣道へと馬に乗ったまま入っていく。
「アダム後輩!背負って!」
という少女をアダムが背負ってやり、代わりに私が荷物を背負う、チャスルを追うと、獣道はすぐに途切れ、木々や蔦に侵食された廃村跡にたどり着いた。
チャスルはポーラから降りると
「うーん……何か、ここある」
崩れた廃墟群を見回し始めた。
私がアダムを見ると彼は首を傾げ、背負われている少女が見回すと
「あっ!分かった!あっち!トーバン!あっちだと思うわ!」
北側を指差す。全員で行くと、墓場らしき場所へとたどり着く。
奥の朽ちた石の墓標の前には錆びた鞘付きの剣が刺さっていた。
使い込まれたグリップと、錆びた金の鍔、呪文のような文言が彫られた鞘だ。
近づいて墓標に彫られた文字を読む。
「……友よ。この剣を託す」
とだけあり、まるで見つけられるのを待っていたかの様だった。
少女は躊躇無く鞘ごと剣を引き抜くと
「私の!」
大事そうに抱える。チャスルが頷いて
「アサムリリーちょうどいい」
ポーラも「ブルルッ」と応える。
私とアダムも目を合わせ、少女に任せることにした。
その後もチャスルの先導は迷いなく続き、昼前には我々はゼオイド村へ到着した。
少女は道中、何度か鞘から剣を抜こうとしたが錆びているようで刀身が出てくることは無かった。
2階の一室が燃えた跡のある村長の屋敷敷地内に、カートは本陣を構えていた。
テントの立ち並ぶその中心に設置された司令部を訪ねると驚いた表情で
「早かったね」
「これ見て!私の剣!」
少女が鞘ごとカートに剣を見せると、彼女は不思議そうに目を細め
「……見たことが無い製法だね」
「カート、鞘に書いてある文言は読めるかね?」
「ちょっと待ってな。ベアスン教授を呼んでくる」
カートは急いでテントから出て行くと、すぐに戻って来る。
続けて、山高帽を目深に被り下半分が髭に覆われた顔に割れた黒縁眼鏡をかけた猫背の老人が入ってきた。
ベアスン・ベリアドール
元帝都中央大学歴史学科教授、六十七歳。
帝国の禁忌に触れた研究をしてしまったらしく、十三年前、大学追放の直後に亡命してきた学者。
その後カートが十年ほど前に傭兵団に引き入れ、顧問として重用している。
彼は少女の持った鞘付き剣に吸い寄せられるように近づくと
「はえー……天秤の剣か」
カートが真剣な眼差しで
「お宝かい?」
ベアスンは何とも言えぬ様子で
「団長、この鞘には古語でこう書いてある、”光輪の天使現る時、黒羽根の悪魔現る。全ては調和であり、乱す者を斬るであろう”」
カートが首を傾げ
「意味は?」
「神に逆らう者を斬る、ということよ。創世記に現れる神話の剣じゃわな……もっとも、そのレプリカだろうがな」
「……つまり、どっかのイカれ凶人が、創世記の救世主ごっこしていた名残りってことだね」
「その通り。しかし史学的には多少面白い発見じゃ。創世記の舞台は帝都のある地方でな、何故遠く離れたこの場所で救世主を演じる必要があったのか……うむむ」
意味不明な事を言いながらベアスンは1人で唸りテントを出て行った。カートは大きく息を吐くと
「教授も少しイカれてるからね。でも正気な部分は価値がある」
カートはそう言うと、テーブルに地図を広げた。
「さあ、将を失ってもクラーク河に後退しない強情な部隊を押し戻そうか」
私を見てきた。




