私たちのお家
カンテラで照らしながら向かった、廃村の奥にある二階建てレンガ造りの実家は、ツタで覆われていたが奇跡的にその形を保っていた。まるで数年前まで誰かが手を入れていたようだ。
ずっと王都の自宅で保管していた鍵を、扉に差し込んで回すとすんなり開いた。少女が背後から
「トーバン、ここが、私たちのお家?」
と言ってきて、私は笑いそうになる。もう住
む気でいるらしい。しかも主人である私への口の聞き方もなっていない。かわいいものだ。良いだろう、住めるか確かめてみよう。
中に入っていくと、板張りの床も底が抜けていなかった。窓枠もゆがんでいないので窓も開閉できる。階段で二階へと上がると、二部屋共に家具がなく殺風景だが、荒れてはいない。少女が
「トーバン、私、二階がいい」
「では、私は一階で寝泊まりするとしよう」
そう言うと少女は私の手を取り
「ダメ。トーバンも同じ部屋」
「……」
面食らう。年頃の少女が五十五歳の髪のない中年男と同じ部屋で寝たいとは、どういう精神状態なのか。
「アサムリリー君、後で話し合おう」
「うん、トーバン、お腹空いたわ」
「乾パンや干し肉は、帝国騎士様のお口に合うかな?」
少女はムッとした顔で
「トーバンが食べるものなら、何でも食べてみせる」
いい切った。良い心構えだ。ここで暮らすなら自然の恵みを受け入れなければいけない。
枯れ木や枯れ葉を集めてきて一階の暖炉に火を起こし、明かりをつける。全て少女は見ているだけだ。テーブルと椅子の埃を払うと
「トーバン、私のお夕食のお席はどこ?」
と悪気のない表情で言ってくる。椅子を引いてやると
「ありがとう」
と丁寧に会釈して座った。育ちの良さはわかったが今のうちに言っておかなければ。私は対面したテーブルの席に座り、食料の入った袋を置くと
「アサムリリー君、話がある」
頷いた少女を見つめ
「君が私に買われた奴隷だというのは自覚しているかね?」
少女は険しい表情で深く頷いた。
「よろしい。だが私は君をひどい目にあわす気は一切ない。同じ人間として一緒に生活していきたいだけだ」
少女はホッとした表情になり
「トーバン、私、どうしたらいいの?」
「少しずつでいいから、庶民の暮らしに慣れてほしい。庶民は自分で椅子を引くものだ」
少女はいきなり俯いて真っ赤になると
「……私、でもトーバンに椅子を引いてほしい」
「それはなぜかね?」
「落ち着くから。私の帝国のお家を思い出して」
この子は見た目はそれなりだが、中身はまだまだ子供だ。もはや帝国騎士でも貴族でもなく、ただの奴隷だという自覚も薄い。しかし、踏みにじりたくはない。
「……ふむ。では必要なくなるまで君に合わせよう。でも」
「……でも?」
「君も庶民に合わせてほしい。ゆっくりでいいから」
少女はコクコクと何度も頷く。
干し肉や乾パンは美味いものではないが、旅や戦場では重宝する。安いワインで慣れた味をかじっていると、テーブル向かいの少女は時折むせながら必死に咀嚼していた。棚にあった木製のコップの埃を拭き、貴重なフルーツジュースを注いでやると一気に飲み干して、両目を輝かせながら
「トーバン!美味しい!もっと!」
空のコップを押し出してせがんでくる。
「アサムリリー君、これは貴重なものなのだよ。ワインならあるがどうかな?」
「意地悪……」
涙目になって横を向いた少女に苦笑いしながら
「いいかい、干し肉や乾パンを食べるための水分だ。ジュースはついでなんだよ。騎士ならば理解せねば」
「……でも、貴族部隊は……戦場でもお料理部隊がついていて……美味しいもの食べれたもん……」
完全にむくれてしまった少女に爆笑しそうになって口を抑える。だから帝国は弱いのだ。戦歴が欲しい貴族の子弟子女たちが戦場に顔を出してくる。一般兵は貴族を守らねばならぬのでどうしても力が分散する。しかし少女に罪はない。
「仕方ない、飲んでも良いよ。ジュースはまた王都に行った時に買うことにしよう。しかしワインを飲めぬなら、明日からはしばらく川の水だけになるが良いかな?」
「くっ……我慢する。明日も飲みたいもん……」
少女から意外な答えが返ってきて、私は思わず目を見開く。先のことを全く考えられぬ子供ではないらしい。
「アサムリリー君、偉い。明日のことを考えられるようになれば、大人への第一歩だ」
「そ、そうかな」
少女は少し誇らしげな表情になった。