妖精さん
その後、姫と少女を部屋に残し、我々はゲオルグの先導で城内地下牢に囚われたヒラギナとボルソフの尋問に向かうこととなった。
歩きながらアダムに、姫が村に会いに行きたいと言っていたと伝えると、複雑な面持ちで
「……まだ長引きますか」
横から勢い良くブロッサムが
「姫が来たときは私も同席する!」
先を行くカートが呆れた表情で振り返り
「あんたは、弟との再会に集中しなよ」
「うわっ……そうだった」
私は、ふと思い出したので
「チャスルさんはどうだったのかね?」
カートは苦虫を噛み潰したような顔になり
「いや、凄い扱いづらいよ。馬との連係で単騎で敵陣を突破して要塞近辺まで迫ったんだけど」
アダムも興味がある顔を向ける。
「そこから単騎でまた本陣近くまで戻ったり、あの子は何がしたいんだい?」
「無傷だったのかね?」
「一本も矢が当たらなかった。今はデリングの側に居るよ」
歩きながら考え込んでしまう。
チャスルは共和国兵の遠距離攻撃を試していたのではないか?……いや考えすぎかもしれないが、彼は村からの道中、能力的におかしな所は一切無かった。
片言の言動含め全くの正気だ。
アダムがポツリと
「共和国軍の陣地を障害物に見立てていたのでは?」
「それはあるかもしれないね。敵や味方に重きを置いていない気がする」
カートはウンザリした様子で
「ちゃんと村に連れ帰るんだよ。あたいは面倒見切れない」
そう言うと前を向いた。
地下牢へ降りる階段や壁まで、ローズ姫好みに桃色やオレンジに温かく塗られていた。
まさか、地下牢までは流石に……と思っていたが、むしろ上階よりも女児が好みそうな色使いだった。
白と桃色を基調に、鉄格子までもメルヘンに塗られており、左右に4つしかない独居房の中も空と太陽が描かれた美しいものだった。
階段を降りてすぐ右の房に、目を閉じベッドに座ったボルソフが、そして左側奥の房には、ふて腐れた様子の寝転んだヒラギナが、虹色にペイントされた囚人服を着て入っていた。
ゲオルグは通路の席に座る屈強な男性看守に
「妖精さん一号、二号共に尋問する。外からだ」
看守は真面目な顔で頷くと
「一号は大人しいですが、二号は抵抗します」
「分かった」
ブロッサムが不思議そうに
「家宰ゲオルグ様、何故妖精さんなのですか?」
ゲオルグは微笑みながら
「姫様がそう決めたのじゃ。この町では罪人を妖精さんと呼ぶ」
そう言うと、ボルソフの監房の前へ行き
「尋問の時間だ」
ボルソフは座ったまま眼を開けると
「……ようやく来たか。それで私は王都送りになるのか?」
ゲオルグは立ったままボルソフを見つめ
「一応報告はしたが、お前にそれ程の価値は無い。こちらで処理せよと命が出るじゃろう」
ボルソフは大きく息を吐くと
「死ぬ前にフェアリーフライの町が見たい」
ゲオルグは苦笑いして
「そう焦るな。タオ将軍の遺言を聞かせて貰えぬか。トーバンには儂が伝えよう」
ボルソフは諦めた様に頷くと
「……ではタオ将軍の遺言を告げる。トーバン、数日中に私は君に殺されるだろう。しかし後悔はしていない。殺すものは殺される、そうやって自然は廻っていく。トーバンよ、私は道を誤り、ここに滅するが、君は新たな生命を育み、人が人でいられるような世界を創ることを望む。良い人生だった……以上だ」
私は震えが止まらなくなり、階段まで戻り、座り込む。
……くそっ、何ということだ。
真の友になり得る人を殺してしまった。
本当に何て取り返しがつかぬ事をしたんだ。
カートが隣に座り、私の肩を抱きしめ
「十三年前のことさ。あんたはその後、沢山の騎士を育て、今や村を起こし、天才を2人も育んでる。タオ将軍の遺言通りの人生じゃないか」
「……そうだろうか」
カートは私の頬にキスをして
「こんな場所で悪いけど、この戦が終わったら、あたいと村で結婚しよう」
「ああ、そうだな。そうしたい」
本当に心底そう思った。
私やカートがいつか過去に復讐され、二度と取り戻せなくなる前に、この愛をしっかり掴んでおきたい。
カートは包み込むように優しく両腕をまわし、私を抱きしめた。
少し気持ちが落ち着いた頃、突如、奥の房前でヒラギナ姉弟の
「姉さん!?何で敵国に!!」
「バカアカネ!大人に迷惑かけて!あんた剣も女の子に負けたんだってね!?」
「ぐう……でも姉さんも強いじゃないか」
「うるさい!軍を放って暗殺に出向く指揮官があるか!!そして捕まって!あんた帰れると思ってんの!?」
「ぼ、僕はヒラギナ家の跡取りだから……きっと父上が……」
「私が父さんなら見捨てるけど!あんたを取り戻すためにどんだけ金と人が必要だと思ってんの!?バカ!」
「そんなの関係ない!僕は天才剣士で跡取りだから!きっとすぐに共和国に帰れる!」
激しい喧嘩が始まった。
カートがため息を吐くと
「姉と弟揃って馬鹿なのかい……ベラベラベラベラ喋って……ボルソフを共和国に返せなくなるだろ……行ってくる」
立ち上がると、奥の監房へ向かう。
私も立ち上がり、アダムとゲオルグの居る地下牢中心辺りに立った。
カートは熱り立つブロッサムの肩を叩き
「十分だ。もう黙りな。ヒラギナ、残念ながらあんたは、簡単に帰国できない」
「そんなの分からないじゃないか!?」
「いーや、王妃が手放さない。中央政府議長の息子のあんたは、共和国側への強力なカードになるからだ」
「……」
ヒラギナは絶望的な表情で項垂れた。
カートはボルソフの方へ行き
「あんた、ヴァシルと仲良いかい?」
彼は低い声で笑い出し
「あの凶人と仲が良い者など居らぬ。私は交渉カードにはならぬよ」
カートはその返答を見透かした様に軽く頷き
「……息子さん、要塞前第二防衛陣の指揮官だってね」
「……あやつは真面目一徹だ。容易く私を見捨てるだろう」
カートは鼻で笑い
「ま、しばらく待っておきな。今日聞いたことは忘れるように。あと、ヒラギナとはもう喋らないほうがいい」
ボルソフは真顔で頷いた。
その後、ゲオルグが支配者代理として形式的な質問を2人に半時間程して、尋問が終わった。
全員で階段を上がると、無傷の軍服姿のデリングと、服が枝木に引っかかって破れた様になっているチャスルが並んで待っていた。
デリングは貼り付いた笑顔で、恭しくゲオルグ、そしてカートに頭を下げると
「明日中には掃討戦が終わります。命令通り、共和国兵は殺さず捕らえず領外に押し出すだけにしております」
カートは威厳のある声色で
「宜しい。チャスルは今後どうする?」
チャスルは歯を見せて笑い
「ポーラと一緒にトーバンとこ戻る。傭兵団飽きた」
そうはっきり言うと、私とアダムの背後に付いた。カートは安堵した様子で
「デリング、疲れただろ。状況報告を終えたら、あたいと指揮を代わろう」
「団長、ありがとうございます」
「ゲオルグさん、寝る前に打ち合わせ良いですか?」
「もちろんじゃ」
「ブロッサム、おいで。あんたが前線に居る方が指揮が楽だ」
「はいっ!」
4人は上階へと上がって行った。
私はアダム、チャスルと自室へと戻っていく。
チャスルが何か話したそうだったので、アダム達の宿泊室へ私も向かい、リビングで一息つくと
「トーバン、共和国軍大したことない」
新しい服に着替えた彼は笑いながら言ってきた。
「要塞前まで行ったと聞いたが」
チャスルはアダムから、剥いたリンゴを受け取り、シャクシャクと音を立て齧りながら
「陣の抜け方覚えた。簡単。あっ!そうだ!」
チャスルは立ち上がると、また座り
「マルバウ!ヤバい!バカ!バカ将軍!」
気に入った玩具を見つけた子供のように興奮した表情で言ってくる。
「どのような動きをしていたのかね?」
チャスルは楽しげに
「一番ダメなとこ突っ込んだ!凄いバカ!」
つまり共和国軍の要塞前陣の防備が厚い位置にわざわざ突撃して行ったらしい。
そうか……将としての勘も持ち合わせていないか……今回の策は仕上げとしてマルバウ王子を動かす予定だが、この調子では功を立てさせるのは難しいかもしれないな。
アダムが
「チャスル、騎士団は無事だったのか?」
彼は頷くと
「カート凄い!傭兵団包みこみ騎士団守った」
「抱擁陣だね。王国軍の壁となる陣形で、カートが得意としてる」
得意になるほどに傭兵団が雇われた戦場では王国軍の劣勢が多いとも言える。
その後、チャスルに共和国軍の陣の配置の強弱について聞き、詳細な地図をアダムと描いていった。それを終えると数枚複製を造った後、私は自室に戻って床につく。
翌日は少女とアダム、チャスルの4人で町を見物に出かけた。
出発前、王女領の戦況報告に部屋に来たデリングに、現状を踏まえ修正した上策の内容を明かすと、腹を抱えて笑いながら
「それは、王妃が喜びますね」
「そう願う。我々と町へは行かないかね?」
「お断りします。ゼオイド村に滞陣している団長に報告後に、本陣に戻り無能を焚きつけてみますか」
カートは昨夜のうち、傭兵団が取り戻したゼオイド村に着陣して指揮を執っているらしい。
「助かる。王子を暴発させるのは、5日後で頼む。これはチャスル君から聞き取って描いた要塞前敵陣の地図だ」
渡されたデリングは目を細め見つめると
「頂いても?」
「もちろんだ。できるだけ複製してカートや傭兵団、騎士団にも配って欲しい。ミナ退役将にも手紙で出せるならお願いしたい」
「承りました」
デリングは素早く去って行った。
「うわー!朝も!おとぎ話の世界!」
少女はお菓子で出来た様な外装の建物が立ち並び、まるで戦争などもう忘れたかの如く、先鋭的な格好の人々が行き交うフェアリーフライの町に興奮している。
ちなみに、我々4人もゲオルグから送られた先鋭的な装束に身を包んでいる。
全てローズ姫御自らのコーディネートだそうだ。
少女は頭には色とりどりの造花を飾り付けたカチューシャを被り、身体はピンクを基調に白のフリルに付いた涼しげなショートドレスに白のレギンス、そして真紅の革靴だ。
長身美男のアダムはシックな黒に赤のラインが入ったマントと、つばの長い黒の羽根帽子、そして身体にフィットした純白の貴族服で周囲の目線を釘付けにしている。
チャスルは恐らく、彼に一度も会ったことの無い姫の発想が及ばなかったのだろうが、顔の部分が開いた熊のぬいぐるみの被りものをして、そして幻想的に王国の紋章がペイントされたオーバーサイズの作業着のような服装だ。
彼は気に入っているらしく上機嫌で、もはや親友の様にアダムと雑談を続けながら歩いている。
そして私は……真っ赤なトサカの様な染められた羽根の被り物と、紫と青に染め分けられた毒々しいポンチョを被り、まるで嵐のような前衛的なペイントがされたローブを着ている。
蛮族の宗教家の様な出で立ちだが、元王国騎士として第一王女が直々に私の為に選んでくれた衣装は、真剣に着なければならない。
少女とアダム達の背後を町の無事な様子を観察しつつ歩いていく。
突然、後方から強い視線を感じ、流石にセンスの良い町人に笑われたなと頭だけ振り向くと、点いていない街灯の柱に半分身体を隠し、丸メガネをかけた顔をこちらに向けた、妙齢の婦人が私を注視していた。
品の良い緑の羽根帽子を被り、白のブラウスに緑の薄手のカーディガン、緑のスカートに真っ白な日傘を差し、こう言っては何だが、王都によく居る生真面目な女性教師の様な出で立ちだ。
少女達は勇んでお菓子屋に入って行ったので、今度は全身で振り返ると、いつの間にかすぐ後ろに居た女性に驚く。
「……どうかされましたか?」
女性の興味が私の奇抜な服装にあることは分かっているのだが、あえて尋ねると、聡明だとすぐ分かる濁りのない声で
「……もしや、ローズ姫直々のコーディネートなのでは?」
「……分かりますか?」
女性は名刺を差し出し
「ジャクリーヌ・マデウソンと申します」
受け取った名刺には鷹の印章と共に驚愕の情報が書かれていた。
共和国文化新聞
ジャクリーヌ・マデウソン上級特派員
「……戦争中ですが……」
女性は真顔で首を縦に振り
「存じております。しかし文化探究の火は消せません」
分かっていて、あえて私に正体を明かしたのならば、肝が据わった人の様だ。
「……ふむ。少しお話をしますかな」
共和国軍襲撃の被害の程度を探るため、町の散策に来たつもりだったが、妙な女性に見つかってしまった。




