ご立派です
その日は日中ずっと、トイレや食事の補充以外は部屋に籠り、カートと淫靡な愉しみに耽っていた。
村でも彼女と交わっていたが、ここまで燃え上がることはなかった。
彼女は私に跨り髪を振り乱し
「子種をおくれ!もっと!トーバンの子が欲しい!もっと!もっと激しく!」
などと何度も叫んでは果てた。
静かで穏やかな雰囲気が流れる中、目覚めた。寝室の窓ガラスの外からは月明かりが差し込んでいる。
起き出して、ベッドでうつ伏せになって寝ているカートの横に座り、ようやく気付く。
1日、誰も部屋に来なかった。
これは気を使わせたな……とリビングへ行き身体を拭き服を着て、扉を開ける。
廊下には気配を消したブロッサムが帯刀して膝を折って座っていた。
ずっと部屋を守っていたようだ。
「……済まないね」
「いえ。弟がご迷惑をかけたので!」
床に頭を付け、謝ってきた彼女に
「もう気にしないで欲しい。君が悪いわけでは無いからね。アサムリリー君はどうかね?」
「元気です!アダムにずっと絡んでます!トーバン様が居ないから話を聞かす相手が居ないって……あっ」
口に手を当てた彼女に苦笑いして
「連れて行って貰えるかな?」
「はい!」
ブロッサムは素早く立ち上がった。
同じ階端の宿泊室の扉を開けると
「ビューンっていう刀が!急にビュンって縦になって!私はそこで……ちょっと!?アダム後輩聞いてる?」
床に立ち、身振り手振りで昨夜の戦いを再現している少女の近くには、長い脚を組み天井を眺めながらコーヒーを飲むアダムが座っていた。
彼は私の顔を見ると安堵した様子で立ち上がり
「ブロッサムさん、師匠の部屋番代わります」
そう言うと風の様に出て行った。
少女は私に抱きついて来て
「トーバン何してたの!?入ったらダメだって皆が!」
「……カートと、大事な今後のことを話し合いしていたのだよ」
「今後のこと……?」
「そうだね。どうやってこの戦いを終わらそうとか、村に帰ったらどうしようとか」
「大人のお話?」
私が黙って頷くと、少女は理解した様子で頷き返し
「あっ、そうだ!ゲオルグさんが、遅くなっても良いから今日中に自分とお姫様と会って欲しいって」
ブロッサムを見ると
「私も同行しますが、弟とは団長の許可が無いと会えません」
少し考え、カートを起こし、もし行く気があればアダムも連れて行くことにした。恐らくゲオルグもそれを望んでいるはずだ。
我々の宿泊室の前で整然と座っていたアダムに
「カートを起こし、ゲオルグさんと姫と会う」
そう言うと彼は立ち上がり、少し笑い
「行くべきですか?」
「自分で決めて欲しい。強制はしない」
アダムは迷わず
「行きます」
私は彼に頷き、皆に外で待って貰い、カートを起こしに行く。
目を開けたカートに事情を話すと、裸のままゆっくり起き上がり両腕を伸ばし
「キスを」
私に寄りかかって唇を突き出してくる。
強く彼女の身体を抱きしめ、要求に最大限応えると、唇を離した後
「……まだ満足出来ないっておかしいかい?」
そう言いながら身体を離し、床に脱ぎ散らかされた下着を探して着始めた。
「いや、私も未だ探求が済んでいない様な気がしている。君が服を着るのが残念だと思う」
真顔で答えるとカートは噴き出して
「トーバン、愛してるよ」
そう言うと、リビングに出て行き、手鏡と化粧ケースを駆使して顔と髪型を素早く整えだした。
「それを取ってくれない?」
視線の先の部屋の端に畳んであった真新しい漆黒のショートドレスを手渡すと、彼女は素早く着込み
「見覚えないかい?」
ウインクしながら私を見てくる。
その美しい全身に苦笑いするしかない。
クラーク河での戦勝後、喜ぶ王に並んで謁見した時の衣装だ。カートは懐かしげに
「あの後、あんたに逆プロポーズするつもりだった」
「そうか……」
「鬱々としてたから止めたけどね。だから今こそ言う。トーバン、結っこ……」
そう言いかけた瞬間、待ちきれなくなったらしき少女が扉を強く開け、入ってきて、カートの姿を見るなり息を呑み
「うわー!綺麗!カートさん!どうしたの!?お姫様も褒めるんじゃない!?」
周囲を飛び回って褒めちぎりだした。
一瞬、怒りそうだったカートは直ぐに怒りを鎮め、満更でもない表情で
「この子には勝てないねえ。ほら行くよ」
少女の手を引いて、部屋を出ていく。
カートを先頭に夜の城内を足早に進み、まずは上階のゲオルグの部屋へと向かい、彼女が
「ゲオルグさん、こんな時間だが、フルメンバーだ」
扉を叩くと、中から容姿に全く乱れのない執事服のゲオルグが顔を出し、微笑み
「有難いことに、姫も夜行性でのう」
カートは遠慮なく
「お噂は聞いてるよ。昼夜逆転で深夜にケーキとお菓子だろ?長生きできないよ」
ゲオルグは笑いながら部屋から出てくると、鍵を閉め
「糖分を控える製法に苦心しておるよ。さあ、行こうかの。英雄アサムリリー殿」
「行こう!つよーい家宰のゲオルグ殿!」
上機嫌で少女と並んで歩き出した。
私達も続く。
姫の部屋の扉は1日で完全に修復されていて唖然とする。短時間でここまでするためにどれだけの技術者と画家と資金が必要だったのだろう。
ゲオルグは驚く私を見ながら小声で
「重要なもののスペアは常に用意してある。オリジナルを作る時ならば手間はかからぬ」
「しかし、使わぬ場合もあるのでは?」
つい要らぬことを尋ねた私に、横からカートが
「余ったスペアは、町内の富豪たちの別荘に、オークションを通して高値で売りつけるんだよ。姫のセンスをブランド化して金に換えてる」
ゲオルグはニヤリと笑い
「元共和国人の悪い男が発案した手法でな。とても助かっている。他の領内でもそういう食い込み方をしていると聞いたが」
まさか……ソリューなのでは……もし彼ならば、十三年の間、遊んだふりをして着々と王国内に地固めしていた事になる。
あまり良くない予想が思い浮かんだが、これ以上話を長引かせたくないので黙っていると、ゲオルグは扉を叩き
「姫様、ゲオルグにございます。お薬をお持ちいたしました」
直ぐに中から悲痛なローズ姫の声で
「……ゲオルグ!わたくしはもう嫌です!何で皆、わたくしをイジメるのですか!?」
ゲオルグは心底愛おしそうな表情で扉の向こうを見つめると
「今夜お持ちしたのは、人間の形をしたお薬でございます。皆、姫様の為に集ってくれました」
少し間が空いて
「つまりアサムリリーさんがそこにいらっしゃる?」
「うん!会いに来たよ!もうあいつは倒した!敵はもう来ないわ!大丈夫!」
元気の良い少女の声に、少し恥ずかしげな声色になった姫は
「良かった……お入りになって」
ゲオルグが扉を開ける前、カートが手でブロッサムとアダムを室内から見えない位置に移動させ、口の形で「待っていてくれ」とアダムに言う。彼は黙って頷いた。
室内も完全に元の通り修復されていた。
刀傷の跡すら無いのは凄まじいと思う。
城の者たちが姫への尊敬と忠誠が無ければ成し得ぬ技だ。
ローズ姫は綺麗な入れ替えられたソファに座り、また何かを描いていた様だ。
ゲオルグは一礼をして入っていき、私とカートは入ってすぐの場で跪くが、少女は勢い良く駆けて行って、姫の横に遠慮なく座ると
「……これ、ローズちゃんの親?これは子供のローズちゃん?」
姫は少し頬を赤らめ
「……お母様と幼き日の私を描くと、心が落ち着くのです」
「絵、上手いねえ」
「ありがとうございます。アサムリリーさんも凄い剣術だったとか」
やはり襲撃時はすぐに気絶していて見ていなかった様だ。
「トーバンから教えられてるから!あっ、そうだ!後輩のアダムも居るよ?百五十?のふつーの敵を倒したんだけど会う?」
ローズ姫は大きく目を見開いて、近くに立つゲオルグを見つめる。
彼は微笑みながら頷いて
「アダムさん、そしてそこに控えるトーバンと私でゼオイド村の敵本陣を襲撃し、賊軍の副将を捕獲しました」
ローズ姫は興奮した表情で立ち上がると
「何てこと!すぐにお母様にアダム様を推薦し、わたくしの領土の総司令にせねば!アサムリリーさんはわたくしの近衛騎士長にいたします!」
ゲオルグは首をゆっくりと大きく横に振り
「姫様、アダムさんとアサムリリーさんは、竜雲や鳳の様な若者たちです。残念ながら狭いこの地に閉じ込められる器ではありません」
ローズ姫は縋るような目で隣の少女を見つめる。少女は立ち上がり、姫の手を握ると
「でも友達でしょ?」
ソファに座らせ
「は、はい……」
「私、戦いが終わったら、トーバンの村に帰るから会いたくなったらいつでも来て?」
「村とは?」
「王都の近く?うん、詳しい場所はトーバン……あー……ローズちゃん見えないのかな……じゃ、隣の綺麗なカートさん、ちょっと来てください」
何と姫の横で勝手に指示を出し始めた少女を見たカートがゲオルグに視線を移し頷かれると、素早く立ち上がり、ソファに近づき
「ローズ姫様、カート傭兵団団長カートにございます」
跪き挨拶をする。
王宮に出入りしているカートとは王都で何度も会ったことはあるはずだが、世事に疎い姫は覚えていないだろう。
ゲオルグが
「私兵ながら王国を支える傭兵団を造り上げた剛の者にございます。現在、傭兵団が領内から賊軍の追い出しを順調に成功させております」
紹介すると、少女が
「ちょっと怖く見えるけど、強くて優しい人!それに綺麗!村の場所教えて貰って?」
ローズ姫は少し怯えた表情で
「……わたくしにアサムリリーさんの村の場所を教えて頂けますか?」
カートはニカッと笑うと
「喜んで。村の地図を描きましょうか?」
ローズ姫は安心した様子で手招きしながら
「アサムリリーさんの横にお座りになって、この紙と筆をお使い下さい」
自らの画用紙と筆をカートに渡した。
正直言って、姫の世界に入れない私のことなど、もはやどうでも良いくらい、少女はローズ姫と家宰を懐柔してしまった。
しかもカートを簡単に姫の視界の中へと入れ、繋げることさえ成功している。
カートも美しく着飾ったのはこういう目論見があるはずなのだが、こうも安々と懐に入ってしまえると、内心苦笑しているはずだ。
地図をカートが描いている間、少女が
「アダム後輩と話す?」
ローズ姫は戸惑った顔でゲオルグを見つめ、急に意を決した表情になると
「……アサムリリーさんの後輩ということは、もしやアダム様は同じ村に居るのでは?」
少女は快活に笑い
「そう!よく分かったね!普段はお母さんと同じ家に住んで農業してる!」
「……わかりました。わたくし、お二人に会いに村に行きます」
「ここで会わないの?廊下に居るよ?」
ローズ姫は一瞬、泣きそうな顔でゲオルグに助けを求めようとして踏みとどまり
「会いません。アダム様とアサムリリーさんがわたくしを助けてくれた様に、今度はわたくしが村に行ってお二人を助けます」
ゲオルグが少し涙ぐみながら
「姫様、ご立派です」
カートが地図を描きながら
「ローズ姫様、トーバンという王国屈指の名将がそこに控えているのですけど、千名ほど兵を貸してもらえませんか?ちょっとヴァシルを懲らしめてやりたいのです」
ボソッと言うとゲオルグがハンカチで涙を拭き
「姫様、宜しいですか?」
ローズ姫は何と自ら立ち上がり、遠くで跪く私を見据えると
「アダム様とアサムリリーさんのお師匠のトーバンさん!千名の兵を貸します!必ずヴァシルに勝ってください!」
よく通る声で命令を下してきた。
「ハハッ!承りました!」
私は力強く応える。ようやく姫も私を認識してくれたようだ。




