楽しかった!
メイド達に押されるように上階にあるローズ姫の部屋の前に駆けて行くと、虹が描かれた扉は無残に切り裂かれ崩れ落ちていた。
「これは……」
ここまでの城内は傷一つなかった。
つまり、敵の暗殺者が直接ローズ姫を狙ったということだ。少女も一緒に居たはずだが……。
焦りながら走り込むと、室内中心部にはウンザリした表情のアダムと、気絶したローズ姫を抱きかかえ苦笑いしているゲオルグ、そして、折れた刀を持ち呆然と座り込んでいる上半身裸で黒髪をポニーテールにした少年、その横で長剣の鞘らしきものを持ち、勝ち誇った様子の全身が浅い刀傷だらけの少女が居た。
室内は刀傷だらけでソファも切り裂かれ羽毛がはみ出ているが、何と本棚やぬいぐるみには傷一つ無い。
少女は私に気付くと誇らしげにピースサインして
「姫を守ったよ!ぬいぐるみも絵本も!」
私はその場にへたり込んでしまう。良かった。何一つ失っていなかった。
アダムが近づいて来ると
「師匠、大丈夫ですか?」
「すまん、手を貸してくれ」
立たせてもらい、少女の近くへと行くと上半身裸の少年が
「こ、こんなはずじゃなかったんだ……僕は天才剣士で……誰も僕には敵わなくて……何でこんな女に……」
少女が胸を張って爽やかに笑いながら
「いい線いってた!もっと鍛えたらきっと強くなれるわ!」
少年はその言葉を呆気に取られた顔で見上げると、俯いて目の光を消し、口から涎を垂れ流しながら床を見つめだした。
「あの……これはどういう……」
ゲオルグを見つめると
「どうやら、この少年剣士が姫を直接暗殺に来たらしくてな」
そこまでは分かる。
「アサムリリーさんが、部屋の隅に立てかけてあった鞘で、この少年と打ち合って姫と大事なものを守ってくれたらしいんじゃわ」
アダムは大きく息を吐いて
「我々が駆け付けた時は勝負はついていました。それから延々と俺に自慢話をしてきて……」
私が少女を見ると
「楽しかった!この子、強かったよ!後で色々トーバンにも話したい!」
「アサムリリー君、少し身体を見せてくれ」
「良いけど?」
指も全てある。両目も無事だ。全身にある刀傷は浅く、恐らく跡も残らないだろう。
情けないことに、安堵した私はまた全身の力が抜け、その場に座り込んでしまった。
ゲオルグが姫を抱えたまま笑い出して
「娘さんじゃったか」
少女は不思議な表情で
「違うよ。トーバンに子供はいないわ」
ゲオルグは心底愉快そうな顔になり
「儂と同輩か。よろしい!アダムさん、少年の連行を手伝ってくれ」
姫をベッドに寝かせ、少年を立たせるとその手を引き、アダムと共に出て行った。
取り残された私は少女に肩を借り、破れたソファに座る。隣に座った少女が
「大丈夫?」
「ああ。寝ずに動いていたからだろうね」
踏ん張りが効かなくなっている様だ。
「ローズちゃんのベッドで一緒に寝よ?」
「いや、それはダメだ」
などと話していると、先ほどのメイド達が兵士を引き連れ恐る恐る入って来て、我々に近づくと
「あの!お二人にはお部屋をご用意してあります!清掃と姫様の診察があるので……」
私は頷いて、床に転がっていた樫の棍棒を少女に取ってきて貰い、それを杖代わりに立ち上がると部屋から出ていく。
メイドから下の階の宿泊室に案内され、窓際の椅子に横たわる。
奥の寝室では少女が
「うわー!ふかふかベッド!」
はしゃいでいる。テーブルには薬箱が置かれている。ふと思い出し
「アサムリリー君、傷を診よう」
こちらへ駆けて来た少女は私が開けた薬箱の中身に興味津々で
「凄い!お薬セット!便利!包帯も!?」
「興奮気味なようだね。落ち着こう。薬を塗るので服を脱いでくれるかな?」
少女は無数の切れた跡があるシャツとズボンを脱ぎながら
「本当に楽しかった!ビュンビュンって風みたいな音の刀を避けて!折れるかなーってちょっとずつ鞘を刀の刃の横から当ててたの!そしたら何回目かで折れた!」
あの少年も中々の使い手だった様だが、相性が悪かったのかもしれない。
「本当に無事で良かった」
下着姿の少女の切り傷に軟膏を塗っていく。跡は残らないと思うが、念のため、丁寧に塗り込む。
少女の今夜の武勇伝を半分動いていない頭で聞きながら、塗り続け、半時間程で全て終わった。もうこれで大丈夫だ。
大きく息を吐くと、一瞬、目の前が真っ黒になる。
これは不味い。もう限界の様だ。
寝室までどうにか向かい、ベッドに横たわると、すぐに意識が落ちた。
……
多分、数十年前の何処かの戦場の記憶だったと思う。
まだ若き騎士見習いの私は、帝国に侵略され焼き打ちをされた村から少女を助け出し、そして戦地の外へ送り出した。だが、その村の生き残りはその子一人だけで……彼女はその後、どう生きたのだろうか……。
……
「トーバン!あたいだよ」
カートの声で目を覚ます。
私の隣には少女がスヤスヤと眠っていて、目の前のカートは次々に装備や服を脱いで行くと、一糸纏わず少女の逆隣に滑り込んできた。
「……」
抱きついてきたカートとしばらくそのままで黙って居ると
「どうにかマルバウ王子は本陣まで退かせた。直後に傭兵団全軍引き連れてこっちに向かったんだけど、もう終わったって何だい」
楽しげな様子の彼女に
「6日後に南北から要塞を攻める。前準備を入れても少し時間があるね」
「隣の子供が邪魔だね」
はっきりと言ってきたカートに
「いや、とても大事だよ。君と同じくらい」
「トーバン、あたい、まだ子供産めるよ?」
「……」
黙っているとカートは私の頬に口づけをし
「……今日は一緒に居よう。あたい、もうトーバン無しでは生きていけない」
そう言って吐息をかけながら私の身体を触ってきた。直後、扉の外からブロッサムの声で
「団長!トーバン様!大事な話があります!」
カートは煩わしそうにベッドから
「入ってこい!あたい達の大切な時間を奪う価値があるほどの話だろうね!」
苛立った声を出した。
素早く寝室に入って来たブロッサムは裸の上半身を起こしたカートから睨まれ、視線をその隣の私に向けながら
「あっ、あの!えっと……」
口ごもり出した。怒鳴ろうとしたカートの白い肩を軽く叩いて止め
「服を着よう」
ブロッサムは寝室から慌てて出ていき扉を閉めた。
服を着てリビングに2人で出ると、ブロッサムは床に膝を折って座っていた。
カートは黙って窓際の椅子に座り、私はブロッサムにもテーブル越しの椅子に座るように促すが
「いや!このままで!今度こそちゃんとしゃべります」
彼女はそう言うと、大きく深呼吸した後
「私!この5年ずっと貧民のブロッサムとして団長に面倒見られてきましたよね!?」
カートはテーブルに頬杖をつき、不機嫌な顔で頷く。ブロッサムは真剣な眼差しで
「私の本名は、サクラ・ヒラギナです!この城に囚われてるアカネ・ヒラギナの姉なんです!」
私は驚くが、カートはどうでも良さげに
「で?」
と尋ね、ブロッサムは言葉に詰まった。
カートは大きくため息を吐くと
「共和国訛りがあるあんたの素性なんて、デリングに調べさせてるに決まってんだろ。あんたは敵国の人間だが、それ以上にうちの有能な団員だ。ここに連れて来たのも当然それ絡みさ」
ブロッサムは口をパクパクさせながら目を丸くしてこちらを見てくる。
私は苦笑いして
「カートはそういう指揮官だよ。信頼して任せたら良いと思うが。それよりもカート、アカネ・ヒラギナがこの城に?」
カートは笑い出して
「寝室でスヤスヤ寝てる子に昨日コテンパンにされただろう?」
「あの子がヒラギナか……」
いくら若いとは言え、軍を放って指揮官自ら暗殺に来るとは……共和国に帰れば軍法会議ものだろう。
ブロッサムは前のめりになり
「アサムリリーちゃんに手も足も出なかったって本当ですか!?」
「いや、かなり斬られていたよ。全て浅かったが」
ブロッサムは床に頭を付けて
「愚弟がすいませんでした!」
「傷跡が残らない程度だ。本人はとても楽しかったそうだ」
カートが突如思いついた表情になり
「団長として命じる!ブロッサム!あたいの部屋にアサムリリーを連れて行き警護せよ!男を部屋に入れるな!」
「はっ!はい!」
ブロッサムは慌てて少女を抱き上げ、素早く出て行った。
カートは黙って部屋の鍵を閉めると
「何か食べるかい?」
いつの間にかリビングの端に積まれていた果物や、ワインの瓶を指差す。
「良いのかね?」
傭兵団全軍を遊ばせておくわけにもいかないだろう。
「デリングがね」
「彼がどうかしたのか?」
カートは笑いながら
「城外でせっかく1度捕らえたヒラギナを、辱めようとして刀ごと逃げられたんだよ」
「デリングにしては珍しい」
仕事のミスは無い男だ。
カートはテーブルにワイン瓶やグラス、果物を並べていきながら
「なので罰として、連れてきた傭兵団をあいつに押し付けて来た。今日は荒くれ者達とフェアリーフライ見学ツアーだろうね」
冗談を言いながらワインをグラスに2人分注ぐ。
「当然、王女領東部にもう反攻しているのだろう?」
カートは頷くと
「領外に押し出すだけで良いって命じてる。共和国軍はどうせ、クラーク河近くまでは後退せざるを得ない」
そう言って窓際で背伸びをすると、全ての服を勢い良く脱ぎ捨てた。
「トーバン、もう誰にも邪魔させない。あたいと今日は、ここで目一杯楽しもう」
私は笑って頷いた。




