おとぎ話の世界
荷車は途中の停留所で馬を代え走り続けた。
カートは安心したのか私の腕の中で眠ってしまった。経験豊富な彼女がここまで憔悴するとは余程、面倒な相手と味方だったのだろう。
上中下策の下策は、東部戦線中央部のみに視点を絞った作戦で、前回と同じくデリングを使う。容易く成功はするが、戦後処理が難しいかもしれない。
私は既に部外者なので気楽なものだが、カートはそうはいかないだろう。
中策は、必ず成功するが時間がかかる。
一カ月以上の滞陣はもはや軍人ではない私は望んでいない。
上策は中央部以外を使うものだが、南部はともかく押し込まれている北部が問題だ。北部を無事鎮圧するためには傭兵団全軍を動かす必要があるが、果たして総司令の第二王子が許可をするか。
「案ずるより産むが易し」
星空を見あげながら呟く。哲学者や宗教者が言うように、星々に別の世界があるのならば、似たような諺を使っている国もあるかもしれないな。などと思いながらカートの身体に腕を回したまま、眠りにつく。
……
「起きてー!」
少女の声で目覚めるとベッドの上だった。
陣中のテント内の様だ。
上半身を起こすとアダムに続け、笑顔が張り付いた普段着のデリングも入ってきた。
如何にも帝都や王都に居そうな一般男性の装いだ。カートが命じた帝国潜入任務の衣装そのままなのだろう。
アダムは黙って少女の肩を叩き、共に出て行こうとしたので
「いや、居てくれ」
デリングはベッド脇に椅子を起き、座ると
「前回は煮ましたが、今回は熊の穴に放り込みましょうか」
私は心中で苦笑する。この男と気が合い始めている自分にだ。少女とアダムが居なければ引きずられかねない。
「デリング、今回は上中下策を用意している。それは下策に当たる」
彼は残念そうに
「先程、無能が要塞前陣地に、連れてきた騎士団全軍と突撃を敢行しましたよ。どれだけ死ぬんだか」
一瞬、頭が真っ白になる。遅かったか。
アダムが真顔で
「傭兵団がほぼ全軍で援軍に向かいました」
「……デリング、南部にミナ退役将は居るかね?」
彼は黙って頷いた。
「会いに行くつもりだったが、手紙を書くことにしよう。紙とペンを用意してくれると助かる。それから馬車も用意してくれないか?第一王女ローズ姫と会わねばならない」
デリングは黙ってテントから出て行った。
アダムが心配そうに近寄ってくると
「師匠、どうします?」
「アダム、悪いが、早急に第一王女領に侵攻した共和国軍を退却させる必要が出てきた。手伝ってくれるな?」
彼は一瞬考えた後
「喜んで」
「チャスルさんはどうした?」
少女が不満げに
「トーバンが寝てるからって、傭兵団と戦いに行っちゃった」
そうか。まあ、カートの監視下ならば良いだろう。
デリングが紙とペンと机を持ってきたので、皆に見られながら、ミナ・スミス退役将への手紙を書くことにする。
拝啓、ミナ・スミス様。
トーバン・コウエルです。
お互い退役した身、何れクラーク河に浮かべた船で釣りなど楽しみたいものです。
それはそうと、お孫さんが見事な指揮をなさっているとのこと。お噂は我が耳にまで届きました。若者の成長は早いものです。
私はこれから、鳳を狩りにローズ王女領へ物見遊山へ出かけます。
土産を持参するので1週間後にクラーク河の新名所でお会いしませんか?
多少荒いが素早く書き上げデリングに渡すと、彼は満面の笑みで
「これほど煽って大丈夫ですか?」
確かに他の将軍なら激怒する程の暗喩を詰め込んだ。手紙の真意を要約すると
遊ぶのを止め、そろそろ本気を出し南部を制圧してください。北部の共和国軍を蹴散らしてきますので、1週間後に共和国軍要塞付近に同時侵攻しましょう。
ということだ。
「ミナ様は洒落が分かるお方だ。笑いながら南部を鎮圧するだろうね」
「おお、怖い怖い」
言葉と裏腹に嬉しげなデリングは黙って手紙を持ちテントを出ていく。
私は立ち上がり、少女とアダムに
「北部鎮圧に傭兵団を使えない場合、北部共和国軍の頭を直接潰す必要がある」
アダムは微笑みながら
「暗殺ということですか」
「そうなるが、捕獲でも良い」
少女が手を上げ
「やるやる!私やりたい!捕まえる!」
「アサムリリー君は我々から離れないようにして欲しい」
「うん!」
デリングが戻って来たので
「カートに北部へ行くと伝言を頼む。君も来るかね?」
彼は恭しく頭を下げてきた。
朝食も食べずに出発の用意をした私達は、二頭立ての馬車に乗り、山林地帯に柵が張り巡らされた陣地を東側から出ていく。
御者はデリングだ。
「それで、ローズ姫への秘策はありますか?」
私は少し考え
「話してみる。アダム、会って貰って良いか?」
アダムは黙って頷いた。
「家宰のゲオルグさんの協力がなければ、共和国軍の頭は潰せない」
政務をする能力のないローズ姫に代わり、老齢の側近ゲオルグが第一王女領の一切を取り仕切っている。
デリングが前を向いたまま
「彼は有能ですが、頑固で有名ですね」
「姫の支持がとれるか次第だろう」
第一王女、ローズ・ローファルトというお方は、普通の会話が通じる相手ではないという認識を私は持っている。
天を見上げ、上手くいくことを祈るしかない。
昼過ぎに休憩をした後、南西側から第一王女領へと入り、山岳地帯の広がる第一王女領の西部の盆地にある居城を馬車で目指す。
夕陽に照らされる頃、盆地を一望できる山道へたどり着き、少女がデリングに
「止めて!止めて!綺麗!何てことなの!」
馬車を停止させた。
第一王女領中心地である、フェアリーフライの町は、王国随一の美しさで知られている。
白く塗られた小城を中心に、まるでお菓子で造られたかのような色とりどりの民家や商店が立ち並び、それらを取り囲む季節ごとの果樹園や菜園、小麦畑が色を添えるという豊かな町なのだ。
この町の設計には王女が大きく関わっていて、そして町名も王女ご自身の命名だ。
私は大きくため息を吐いた。
少女は馬車を降り
「うわー!おとぎ話の世界みたい!」
はしゃぎ回り、アダムも降りて夕陽に煌めく町を眺める。
御者席のデリングが煙草に火を点けながら
「吐き気がします?」
「いや、ローズ姫の小さな世界なのだろうね」
「……こんな虚栄は踏みにじられるべきです。廃虚に咲く花以下ですね」
煙を吐き出し上機嫌でそう言ったデリングに
「儚いからこそ美しいし、守るべき価値がある。何より薔薇は咲かすのが難しい」
「咲かぬ薔薇は、棘のある蔦が周囲の植物に絡み巻きついて殺しにかかるのを知っていますよね?」
私はそこで噴き出してしまい、デリングに怪訝な顔をされる。
「いや、君も素敵だな。と思った」
デリングが顔を歪めて笑いながら
「私がですか?」
「ただ何もない暗闇に閃光のように瞬くのが我らだとすれば、虚栄も悪意も人の意地ではないかな」
デリングは煙を夕暮れ空へと吐き出し
「トーバン様の闇はもしや、私より深いのでは?」
私は苦笑いし
「戦場を往来する者が長生きなどするものではないのだろうね」
そう言って少女とアダムを呼ぶと、煙草を革ケースに入れ揉み消したデリングに町へ進もうと告げる。




