ご旅行の最中でしょう?
ブロッサムが帯刀して荷車から風の如く飛び降り、村への坂を登ってきている黒髪を後ろで束ねた浅黒い肌の青年と大柄な黒馬へと駆けて行った。
私も飛び降りてその後を追うと、武装を一切していない青年は素早く馬から降り両手を上げ、抜刀したブロッサムに向けて戦意がないことを示し始めた。青く染められた布の服を纏った身体の身長は私と同程度で、細いがよく鍛えられた体格だ。
私が、2人と馬の前まで近づくとブロッサムが警戒している意味が明確にわかってしまった。2ヶ月前の戦場で私も彼を見ている事を思い出す。
それも敵側で。
青年は私の顔を見ると、浅黒い肌の健康的な顔をほころばせ、両手を上げたまま
「トーバンか!?」
進み出ようとして、殺気を剥き出しにしたブロッサムから喉元に刃先を突き立てられ、少し下がった。
「如何にも、私がトーバンだが、君は?」
彼は黒目を輝かせ
「チャスル・ジルガズル言う。トーバン家来なりたくて来た!」
刃先を突き立てられても全く怯まない青年に、ブロッサムは呆れた表情で刀を引き、抜き身のまま、何時でも彼女が踏み込んで切り捨てられる五歩後ろまで後退した。
アダムの引く荷車が追いついたので、アダムと少女も交えて彼に質問をすることにする。
「チャスル君、大事な質問をするよ?」
チャスルは両目を輝かせながら
「何でも訊いて。俺、嘘無い」
私は少し、息を整えると
「君は2ヶ月前の戦場で、バルボロスの隊の先頭付近に居たね?」
連れている大柄な黒馬が目立っていたので間違いない。しかも最初の突撃では一列目から二列目に下がり、自らと馬の被害を避けていた様に思える。それが勘の良さから来ているのか臆病からなのかは分からない。
チャスルは臆するどころか胸を張り
「居た!バルボロス様強い!俺、一緒に戦えて誇らしい」
今すぐ斬りかかりそうな殺気を放ったブロッサムを、私は左腕を横に伸ばして止め
「それで、何故ここに?」
チャスルは黒馬の身体を優しく撫で
「俺、言った。ポーラ、トーバンいうバルボロスより強いボス居る。そこ行きたい」
チャスルの言葉に答えるように「ブルルッ」と黒馬は震えて軽く鳴く。
チャスルは私の方を向き
「そしたらポーラ、連れて来てくれた!」
胸を張って述べ、本気の怒りを漲らせたブロッサムが私の背後から
「殺しません?ふざけすぎてる」
その通りだと思った私は思わず笑ってしまい
「失礼、君を笑ったのではない。ブロッサム君、少し待ち給え。アダム、アサムリリー君、どう思う?」
アダムは荷車ごと私の横に来て穏やかな顔でチャスルに
「見事な馬ですね。ポーラと言うのですか?」
チャスルは自慢げに
「うん!ポーラいう!あんたアダムだな?」
アダムが黙って頷くと
「バルボロス様の剣止めたの凄かった!後ろで見てた!」
アダムは何か掴んだように頷くと
「ブロッサムさん」
私が知っている限り、初めて彼女の名を言葉にすると更に本人を強く見つめた。ブロッサムは殺気が完全に失せてしまい長刀を落としそうになり、惚けた表情で
「う、うん。何?」
「乗ってください。尋問はゆっくり道中しましょう。師匠、良いですか?」
私は当然頷く。
目的不明の敵騎士を戦闘能力の無い2人が残る村には近づけられない。チャスルは私に興味があるようなので、我々に付いて来させれば、少なくとも村からは遠ざけられる。
そんな事を考えていると、少女が荷車の上から突如顔を出し、手を挙げ
「チャスル!トーバンは私の剣の先生だよ!あなたも習いに来たの!?」
チャスルは嬉しそうに、つま先立ちで荷車の上の少女を見ると
「お前弟子か!それいい!俺強くなりたい!入門する!」
私は苦笑いするしかない。
これから苛烈な戦場へと向かうというのに奇妙なことになったものだ。
アダムが軽々と引いていく荷車の横、大柄な黒馬ポーラに乗ったチャスルが並走する。
彼は呑気に馬上で背伸びなどしながら
「何でも訊いて!俺、嘘無い!」
私は荷車の上から
「何で、私の家来になりたいのかね?」
チャスルは少し青空を見上げ考えると
「俺の姉さん、バルボロス隊将軍。姉さん言ってた、こないだの戦でやられたのトーバン。俺、姉さんにトーバン誰か聞いたけど、教えてくれず、自分で調べたトーバン何者か」
私は苦笑いしか出てこない。
真実ならば危うい話だが、未だ話半分くらいでいいだろう。
戦意が完全に削がれたらしきブロッサムは既に納刀して惚けた表情で座り込んでいる。少女はチャスルに興味津々のようで
「へーお姉さんが将軍って凄いわ」
などと呑気に腕を組んで頷いている。
チャスルは更に
「帝国図書館行って調べても分からなかった。でも姉さんに強い聞いた。会いに行きたくなった」
「そしてポーラの勘を頼りにここまで来たのかね?隊は抜けて良かったのかな?」
私の質問に、チャスルは嬉しそうに頷くと
「姉さん会いに地元来たバルボロス様に、俺トーバン家来なる言ったら、大笑いしてた。次は戦場で会おう言われた。姉さんは俺に残念言ってた」
「……ふー。そうか」
ある程度、彼の話に真実味が出てきた。
バルボロスは帝国民の、特に貴族や高位の者達には冷酷で苛烈だが、周辺民族や蛮族には慈悲深さや寛大さを示すという習性がある。彼の異民族で構成された本隊も戦術的にほぼ傷つかず戦功が挙げられるという配置が多い。その事を私は熟知している。
それよりも、バルボロス側が既にダイナミス平原での戦を操っていたのが私だと気付いている方が遥かに問題だ。
「バルボロスは私については、何と言っていたかな」
チャスルはまた少し考えると
「やっと、面白くなってきた、だけ言ってた」
ニカッと笑ってきた。
……つまり、直ぐに復讐や再戦は考えていないと思っても良さそうだ。彼はダイナミス平原では形の上では大勝したので帝国内での評判は悪くないはずだ。ダイナミス平原での戦闘を分析しつつ、王国と共和国を天秤にかけ、次の出方を伺っているといった所か。
私の村の位置まで知られているか分からないが、私の今回の戦場での進退はバルボロスから見られていると考えた方が良いようだ。
その後、チャスルがジャガイモが好きという話が出て、飛び上がった少女が「今、村で育ってるよ!食べる!?」などと他愛もない会話が続いた後、少女がふと気付いた顔で
「お姉ちゃ……じゃなくてミリー将軍には会った?強い?」
チャスルはしばらく空を見上げ、真剣に考えた末、ようやく思い出し
「クソザコ将軍!ザコ将軍だ!隊の皆笑ってた!ただ出てきて逃げただけ!」
少女は呆然とした表情で私を見てくる。
「まあ、若いからね。これからの人だよ」
そうフォローすると少女は落ち着いた顔で頷いて抱きついてきた。
私の人間観察眼からすると、チャスルは少なくともバルボロスの送り込んだスパイでは無さそうだ。
頭はそれほど良くないようだが、本人が語った、我々の村にたどり着いたエピソードが真実ならば、馬共々勘が異様に鋭いタイプだろう。自らの居るべき場所を本能で嗅ぎ分ける種類の戦士というか。似たような人間を数人知っている。
とは言え、理性で動いていないということは何時、別の場所に行ってしまうか分からぬので、しばらくは要注意、要観察だろう。
その後、東へ続く大道を進み続け、昼前に王都への道沿いの集落に寄ることになった。
木陰に厚い布シートを敷き、買って来たサンドイッチと牛乳などを我ら村民3人とブロッサムで食べていると、馬に水を飲ませ、私が与えた金で馬草を買ってきたチャスルが
「ポーラ、荷車引いて良いって言ってる」
「重さは大丈夫かね?」
「俺、アダム歩く。彼と話したい」
ブロッサムがちゃっかり横に座って食事をしているアダムの方を見ると頷き
「俺もチャスルさんには訊いてみたいことがあります」
「悪いね」
2人の好意に甘えることにしよう。チャスルが思い出したかのように
「トーバン、戦行ってるな?」
「分かるかね?」
「戦意漏れてる。俺、手伝いたい」
私は彼にも食べ物を勧めつつ
「分かった。アサムリリー君と私の警護をして欲しい」
未だ信頼は出来ぬので、私の目に見える範囲に置いておくしかない。
少女が勢いよくしゃしゃり出て来て
「チャスル!私が先輩よ!強ーいアダムも私の後輩なの!」
得意げに述べると、チャスルは黒い両目を丸くして全身で驚き、アダムの方を見つめる。
「本当だ。戦場では先輩に当たる」
真剣な眼差しで答えた彼にチャスルはまた全身で驚き、ブロッサムが笑いを堪えきれず口を押さえ風の様に近隣の建物の陰に駆けていった。
チャスルは真顔で
「小娘先輩!よろしく頼む!」
「よろしい!アサムリリーよ!名前覚えて!」
「覚えにくい。小娘先輩でいい」
「……よしっ。特別に許すわ」
若者達の平和なやり取りに気が緩みそうになった私は、戦場の地図を広げ見て覚えることにする。
黒馬ポーラに我々の乗った荷車を引いて貰い、アダムとチャスルはその横で喋りながら進み続けると、
人々が行き交う昼過ぎの王都西城門前にたどり着いた。見覚えがある人物が立ってこちらを微笑んで見ていたので、私はすぐ荷車から降り、彼女に丁重に頭を下げ
「これはこれは、お久しぶりです」
数ヶ月ぶりに再会したメアリーは
「こちらこそ。また会えて嬉しいです」
丁重に挨拶を返すと
「さるお方が、トーバン様御一行とお会いしたいとお望みでして、ご旅行の最中でしょう?お手間は取らせません」
私は黙ってチャスルを横目で見る。
メアリーは微笑むと
「神の御名を皆知るかの如く、神も我らの行いを知る。と申しますわ」
得意の諺で答えてきて安堵する。
つまり、とっくにチャスルは王国内諜報網に引っかかり監視されていて、今の所、危険は無いと言いたいようだ。
だが、メアリーが仲介するということは間違いなく相手は貴人なので、危険や失礼があってはならないと
「御婦人、皆は待たせますので、私だけで宜しいですかな?」
メアリーは上品に微笑んで頷いた。




