安い出来の支給盾で受け止めたんですよ!
王女は私達に用意された四脚の椅子に座るように言う、我々が座ると
「アダムさん、そしてアサムリリーさん、命を救っていただき、ありがとうございます」
頭を深く下げ、私は驚愕しながら二人を見る。立ち上がった少女が自慢げに身ぶり手ぶりで
「白馬に乗った黒髪長髪のこわーい騎士の!地鳴りがする大剣の一撃を!前に出たアダムが大盾で受け止めて!それから私が!衝撃で落馬した王女様を抱えて!アダムの曲がった盾の中に一緒に隠れたの!」
トムが碧眼を輝かせ、アダムを見ながら
「何と!?そなたはバルボロスの本気の一撃を受け止めたのか!?」
私は大きく息を吐いて、三人が生きていることを神に感謝する。
滅多に無いことだが、武人として本気を出したバルボロスは化け物じみた怪力で鉄塊のような両手剣を振り回し、向かい来る敵を容赦なく吹き飛ばし、叩き潰していく。
腕自慢の騎士たちがたった一撃で鎧や盾ごと肉塊になったのを何度も見てきた。
アダムは少し興奮した様子で
「あれがバルボロス……また、手合わせ願いたいものです」
トムが「カハッ」と笑うと
「アダムはとんでもない豪傑じゃったか!」
少女が何故か慌てて
「でっ、でも!借りてた盾が曲がったし!王女様にごめんなさいしないと!アダム後輩!」
アダムは苦笑いして、王女に頭を下げる。
その様子を見た王女が口に手を当て
「あははは!豪傑も形無しですね!」
朗らかに笑い出し、私は全身の力が抜け、椅子から転げ落ちそうになり、アダムと少女か両脇から支えられる。
「あの、カートは……」
私がどうにか王女に尋ねると
「無事です。ブロッサムさんと食事をとっています」
私が頭を下げて立ち去ろうとすると、少女とアダムから座らせられ、王女が両目を輝かせながら
「実はまだダイナミス平原北部に帝国兵一万五千が動かずに残っているのです!これから第二王女軍と再合流した傭兵団三百で夜襲を仕掛けようと思います!」
とんでもないことを言ってきて、私は気を失いそうになる。しばらく若者達に両脇から支えられながら頭を抱え
「……確かに……無傷の一万五千が動かぬのは不気味ですが、恐らく、王国軍が全軍後退次第、帝国へと帰還するかと……帝国側から見れば、王国軍を壊乱させた大勝利と言い張っても過言はありませんので、これ以上の損害は望まぬと思いますが……」
戦術家として知力をどうにか奮い立たせ意見を述べる。
トムは大笑いしだして
「王女様、良くないですな。要らぬ深追いです。それこそ何時か、バルボロスに爆薬が埋まった峡谷に引き込まれますぞ」
「そうでしょうか……」
王女は物欲しげな表情で私を見てくる。気を取り直し
「……デングラー先輩は、バルボロスを王国で最もよく知る一人です。彼の言う事は当たります」
王女は不満げに
「しかし、私も兄上を直接救うという戦功があげられていません」
そうなのだ。私の計画では今ごろ謎の集団に誘拐されたマルバウ王子を、勇ましく追撃したモーリ王女本人が見つけ出すということになっているはずだったが、バルボロスの再突撃で計画が狂った。しかし
「……王子を発見したのは私と騎兵隊です。つまり、あなた様の的確な御指示で第二王女軍が発見したということです。私が王子を介抱し第二王女軍の王国旗も立ててきました」
王女はようやく息を吐いて、納得した表情となり、黙って深く頭を下げてくる。
有能なモーリ王女の戦後の政治的立場の上昇も王国にとって重要なのは確かだ。今回の薄氷の戦を経て、王女自身も戦力強化の必要性を痛感しているのだろう。
我々王国民は王女に頭を下げ返すが、少女だけは得意げに
「モーリちゃん!今度うちの村においでよ!」
王女を呼び捨てし、私が慌てていると
「アサムリリーちゃん、分かった。必ず行くね」
少女へと微笑んだ。
トムをテント内に残し、日が暮れて灯火に照らされた陣内をアダムと少女に案内されていく。
カートとブロッサムが黙って雑炊をすすっている鍋がかけられている焚き火へと近づくと、二人ともマントや鎧が傷だらけで激戦の跡がよく分かる。
明らかに機嫌が悪いカートは私を見つけると
「……夜襲は止めさせたかい?」
「何とかね。ここで野営をするというのは君の案だろう?」
カートは急に機嫌が良くなり
「そうだよ!バルボロスなら、逃げ込んだ峡谷から反転して、もう一回夜中に攻めてくるくらい普通にする。だが、自らを跳ね返した第二王女軍が平原のど真ん中に居座り、柵もなく堂々と野営をしていたら?」
私は少し笑い
「彼なら帰るね。疑り深い男だ」
そう言って煮立った雑炊の鍋に残った携帯食料や干し肉を投げ込んでいく。食べている暇が無かったので腹が減った。
平原の緩んだ空気は変わっていない。もう戦いはなさそうだ。
ブロッサムがポツリと
「アダム、私の婿にならねえ?」
私の近くに座ったアダムを見つめて言う。
カートがあからさまに顔を顰め
「馬鹿は戦場だけにしろ!アダムは女嫌いで有名ってさっき言ったろ!」
「でも団長!あんなの見たら!バルボロスの本気の一撃を安い出来の支給盾で受け止めたんですよ!ああっ!今すぐあんたの子種が欲しい!」
思わず立ち上がり、アダムの方を向き両腕を左右に広げ、頬を染めたブロッサムをカートが殺気混じりの視線で本気で睨みつけると、シュンとして座り込み、膝を抱えて小さくなった。
黙って皆と雑炊をすすっていると、いつの間にか執事服姿のデリングがカートの背後に夜を背負うようにゆらりと立っていて
「団長、バルボロスは本隊と共に帝国へ帰還しました。この野営地も効きましたね」
カートは背後を見ず
「そうかい。ソーバル将軍は?」
デリングは「ふふふっ」と笑い声を立てると
「未だに突撃するか撤退か迷っているようです。それほど有能ではありませんね。もはや勝機は去りました」
私は、要らぬことを喋らぬようにずっと黙って我々を観察していた少女に雑炊を勧める。少女はお腹が空いていたらしく、息を吹きかけ冷やしてスプーンで上品に食べ始めた。
デリングの興味を少女から逸らすように、アダムが大きく欠伸をしながら長い腕を上げ
「我々は村に帰っても良いですかね」
ブロッサムが立ち上がり
「私もあんたと帰る!」
と言ってカートに睨まれ、また座り込む。
「あたい達も今夜中に去る予定だし、3人とも送って行こうか」
ブロッサムは嬉しそうにカートを見て、煩わしげに目を逸らされる。
王女への挨拶は不要だとカートが言うので、従うことにして傭兵団の用意した馬車へ乗り込む。二頭立ての馬車の御者はカートで、荷台には我々3人とちゃっかりブロッサムが乗り込んでいる。
走り出した馬車の背後には百人ほどの徒歩や馬で各々引き上げていく傭兵達の姿も見える。カートが
「まだやる気がある団員達は、ソウバリーとデリングの下に残してきた。後はあいつらが北の帝国軍を適当に脅してどうにかするだろう」
私に抱きついたまま眠ってしまった少女に毛布をかけながら
「カート、こんなのはしばらく御免だ」
彼女は振り返らずに笑いながら
「あたいは報酬をまだ貰ってない」
「……王女が渋ったのか?」
「いや、そうじゃない。あんたからだ」
「……」
ブロッサムが思わず立ち上がり
「私もアダムからまだ報酬を貰ってない!」
しばらく絶句したカートは大きくため息を吐くと
「……トーバン、ブロッサムの馬鹿に助けられたね。今度、1人で訪ねることにする」
「私も1人で訪ねることにします!」
「あんたは、3日後には望んでた東部戦線行きだろう?明日には王都を出ないとね」
「二日で城を落としてきます!」
カートはそれ以上はもう答えなかった。アダムは星空を見上げながら、夜風に吹かれている。私は少し疲れが出てきて、座ったまま眠り込んでしまう。




