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俺が引きますよ

我が国の近衛兵は利き腕に盾を持つ。そして逆の手で槍や剣を使う。これは戦の時に前に出る重装歩兵団も同じで、彼らは槍で突く。私に向け、左手に持った杖で打ちかかってきたアダムも基本に忠実というわけだ。


私はバックステップで三メートルほど下がると、そのまま風の流れを読んで、右斜に踏み込みアダムのみぞおち目掛け、右手に軽く左手を添え、7割の力で木刀での突きを繰り出した。

アダムは杖を横にして防いだが、私は突きを回転させて、杖を彼の左手から巻き上げる。そして伸ばした左腕で上に飛んだ杖を回収するとまたバックステップで距離を取った。


アダムは顔をくしゃくしゃにして嬉しそうに

「強い!やはり強い!」

空になった両手を握りしめた。私は大きく息を吐いて

「アダム、そうでもないよ。世界は広い。私など及びもつかない達人は山ほどいる」

もう騎士道や武道を極めようなどとは思っていない。静かに隠遁したいだけだ。さて、問題は彼が本気を出してくるかだが……。


アダムは深呼吸をすると、両手を握りしめ腰を落としてきた。やる気のようだ。近衛兵として被ってきた仮面を自ら剥ぎ取り、地下闘技場で少年の頃から母親のために稼いできた本来の彼が姿を現した。


私の隣にメアリーがスッと並んできて

「アダムさん、ここより先は個人的決闘では無く王都に出現した戦場と判断します」

彼女の体中から尋常では無い殺気を漏れさせてきた。アダムは正気に戻った表情となり、両手を開いて両腕を上げると

「降参です。犯罪者にはなれません」

私はケンリュウに託された誓約書を取り出す。少女は一瞬眼前に現れた本気の殺し合いの気配に腰が抜けたようで

「トーバン……足が動かないの……」

誓約書を手を出してきたメアリーに任せ、私は少女を背負い上げた。



その後、雑談をしながらアダムに誓約書を書かせ、彼を連れ、ケンリュウの鍛冶屋へと戻ると、鍛冶の金属音が中から聞こえる店前に、こちらに背を向け腕を組んだ筋肉質の男が立っていた。着ている革鎧は傷だらけで髪毛は剃り上げられ、全身がよく日に焼けている。

彼を見たメアリーが苦笑いしながら

「カート傭兵団の団員ですね」

「はい、団員のソウバリーでしょう」

私は寝てしまった少女を背負ったまま、近づいていくと彼は振り返り、戦場を往来している四十男の険しい顔を向けながら

「……トーバンのおっさんか」

興味がなさそうな表情をしてきた。背後のアダムとメアリーを彼はチラッと見つつ

「あんた辞めたんだろ?さっそくバカ息子が帝国へと大攻勢かけようとしてるぞ。今、王に許可取ってるところだ」

「……攻める方向は間違っていないね」

帝国ならば、指揮官が若くとも勝てるだろう。騎士団自体の質は私が抜けても変わらずに高いはずだ。

「団長は今回は降りた。いつもの倍額示されたが首を縦に振らねえ」

「……情報ありがとう」

ソウバリーは店の方を向き直り

「団長が寂しがってたぞ」

とボソッと呟いてきた。カート傭兵団の女団長とは、私が若い頃から戦場で何度も共闘したが、恐らくは二度と会うこともないだろう。戦場での進退の呼吸が見事な、優秀な女傑だった。


ソウバリーは奥から出てきたケンリュウと短く話すと素早く立ち去っていく。ケンリュウはアダムが半笑いで誓約書と金貨十枚を渡すと、誓約書を流し読んで、全てを悟った表情で

「おめえなあ、トーバンじゃねえんだから人生諦めるには、はええだろうがよ。おめえの家と親を人質に戦士稼業続けさせる気だったんだがなあ……」

珍しく残念そうにアダムを見上げる。

「もう行き先も決めてます」

「そうかあ……もう止めねえが、あんなおっさんになるんじゃねえぞ」

ケンリュウは顔を顰めて私を見てくる。私は少女を背負ったまま頷いた。アダムが母親とどこに行くにしても彼の幸せを願う。


楽しげな表情で店の奥から出てきたビョーンが、大柄なアダムに驚いて、遠回りで避けながら私に近寄ってくると

「旦那様、ケンリュウさん凄いです。何でも道具作ってしまいますです」

興奮した表情で言ってきた。

「ああ、王都一の鍛冶屋だからね。どのくらいで完成するのかね」

「1週間だそうです」

「今日は帰ろうか、荷車を引きながらでも、夜中には村につくだろう」

ケンリュウがアダムと共にわざわざ荷車を裏から出してくれた。私が寝ている少女を荷車の空いている上に乗せ、満載された果物をケンリュウに好きなだけ選んでくれと言うと、彼はリンゴを一つ取ってかじり

「さっきビョーンと食ったばかりだ。メアリーさん、残るよな?」

メアリーは微笑みながら頷いて

「トーバン様、またお会いできる日を楽しみにしています」

丁寧に頭を下げてきた。

「いやいや、御婦人、楽しかったです。私こそ、再会を楽しみにしています」

我々は握手をして、背を向けた私が荷車を引こうとするとアダムが

「師匠、俺が引きますよ」

「いや、我々はこのまま村まで帰るのだよ?君も家財整理などで忙しいだろう?」

アダムは後ろ頭をかきながら目をそらして黙ってしまった。ケンリュウが堪えきれないと言った表情で爆笑しだして、メアリーがため息をつきながら

「トーバン様、彼はあなたについていこうと待っていたのですよ。ケンリュウさんも、こうなる可能性を見越し、あえて引き合わせたのです」

ようやく気付いた。そうか……そういうことだったのか。しばらく頭を整理した後に

「ビョーン君、使えそうな家はあるかね」

「はい!まだまだありますです!」

「アダム、我々は廃村を立て直している最中だ。楽な暮らしでは無いが良いかな?」

アダムはニカッと微笑むと、頷いた。


そのまま、荷車をアダムに引かせ、彼の家の前まで行くと、ふくよかな彼の老母が家の前で、既に旅装姿で待っていて、その横には比較的大柄な灰色のロバと、何と4羽の鶏まで横に並んでいた。アダムは私とビョーンに

「母のモスと、ロバのロザンナ、鶏のワチ、ワカ、ワボ、ワハです」

ビョーンが驚いた表情で

「鶏がよく躾けられてますです……」

アダムは苦笑いで

「早くに亡くなった父は養鶏農家でして、その後も、母が何代にも渡り飼い続けていましてね」

私とビョーンは彼の母親と挨拶を交わすとアダムは私に

「この荷車はロザンナに引かせていいですか?俺も、うちの鶏を入れた鶏小屋や道具、着替えと母親を乗せた荷車を引きます」

家はすでに整理していたようだ。私が頷くと彼は顔をほころばせた。

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