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良いもん見せて貰ったわ

ジュースの瓶だらけで大荷物になり苦笑いしながら、スキップをしている手ぶらの少女の後ろを歩いていると、メアリーが道中の青果屋店主と掛け合ってくれて、古いが頑丈そうな荷車を銀貨1枚で譲ってもらえることになった。

私がサッと銀貨を渡すと恐縮した中年店主が

「旦那、値切るもんですぜ?」

と言いながら、荷車にありったけの青果を放り込んでいき

「お陰様で今日は休みでさあ」

と空になった店を引き払い出した。


メアリーは自らが持っていた布袋を満杯の荷台の端に置きながら荷台を覗き込んでいる少女に

「ご令嬢、まさかお乗りになるということはないですよね?」

少女は真っ赤になって俯いて

「ば、馬車みたいだなって……」

私も荷物を荷台に起きながらメアリーを見ると、彼女は微笑みながら

「トーバン様がずっと引かれるわけにもいきませんね」

従者のビョーンと奴隷の少女が交代で引くべきであると、遠回しに言ってきた彼女の言葉を若い二人は一切理解していないのが、私は何となく面白くなってしまい、つい

「いや、良いのです。これでも若いものには負けません」

と荷車の取っ手を持ち、市場の雑踏の中引き始めた。多少重いが、この騎士団で長年鍛えた肉体で問題なく引いていけそうだ。


ビョーンは気を使って自らの荷物を一切荷台に置かず背負ったままだったので、乗せて欲しいと頼むと恐る恐る、貨幣の入った布袋だけ荷台に置いた。メアリーはその様子を見て

「従者の方は慎み深いですね」

皮肉なのか真意なのかすら定かではない褒め言葉に、ビョーンは頭を何度も下げながら、メアリーから離れ、荷車を挟んで彼女と反対側へと歩く位置を変えた。少女は相変わらず荷台に乗りたいようで荷車を引く私の横に並んでチラチラと視線を送ってくる。


そんな様子のまま、王都の鍛冶屋街へとたどり着いた。むせ返るような熱気と鉄を打つ音がそこら中から響いている。

私は荷車を引きながら、大通りの大店は避け、路地裏の馴染みの鍛冶屋へとメアリーを案内していく。店が開いていればよいのだが、何分、店主が偏屈なのでこればかりは予測が出来ない。


人けすら無い路地裏奥の木々に囲まれた袋小路に、その二階建てレンガ造りの鍛冶屋はある。幸い、店は開いていて、勢い良く鉄を叩く音が一階奥の鍛冶場から響いていた。私は店の前に荷車を停め

「ケンリュウ!居るか!」

音が止み奥から、総白髪で上半身裸の痩せた東洋人店主が出てきた。彼は細い目で私を不機嫌に睨みつけ

「上役に逆らって処刑されたと聞いたが?」

私は深く頭を下げ

「心配かけて済まない。穏便に退職しただけだ。今日はこのメアリーさんの短剣を直してもらいに来た」

工具セットは後だ。まずは彼の興味を引かねばならない。メアリーは微笑みながら進み出てきて、革鞘に入った短剣をケンリュウに差し出す。


彼はそれを見た瞬間に顔を歪めて笑い

「チッ。だからお前はおもしれえんだわ」

と舌打ちしながら呟くと、サッとメアリーから短剣を奪い取り、店の奥へと足早に引っ込んでいった。

メアリーは私に微笑みながら

「お代の方は?」

私はあえて朗らかに笑いながら

「御婦人、お付き合い頂いたお礼です。私にお任せを」

メアリーは大きく息を吐くと

「大きな借りが出来てしまいましたね……」

どうやらケンリュウに打ち直しを頼むという意味までも、この諜報兵の女性はよく理解しているようだと、私が多少感心していると

「おっ、お嬢様!駄目でございますです!」

急にビョーンが声を上げたので荷台の方を見る。そこでは少女がリンゴジュースの瓶のコルク栓を手で開けようとしているところだった。


叱りに行こうとしたメアリーを手で制して

「アサムリリー君、栓抜きは持ってきていない」

「トーバン、喉が渇いたの」

少女は瓶を荷台に置き、涙目で私の両手を握ってくる。チラッとメアリーを見ると首を横に振って両手を軽く広げた。一見、呆れているようだが、我々のやりとりに興味を持っているのが隠せていない。

「……戦場では我慢も大事だが」

「意地悪……ここは戦場じゃない……もん」

少女は後ろを向いて黙り込んでしまった。ビョーンはオロオロと右往左往し始め、メアリーは無表情を装っているが明らかに楽しんでいる。私は黙って、右手の人差し指をコルク栓にねじ込んで勢いよく引き抜いた。


「ポシュ!」と空気圧による小気味の良い音がして、少女が両目を輝かせながらこちらを振り返ってきた。

「この通り、ダメな師でして……」

メアリーを向いて言い訳じみた自虐をしかけた私の、毛が無い頭目掛け、店の奥から鉄製のコップが飛んでくる。咄嗟に右手で受け取めると

「ぎゃっはっは!良いもん見せて貰ったわ!ヒャヒャヒャ!あのトーバンがねえ……」

隠れて見ていたらしきケンリュウが爆笑しながら、奥に再度引っ込んでいった。私は無言でコップにジュースを半分ほど注ぎ、少女に渡す。

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