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崖の先は異世界  作者: ザマソー小説部
一章α 憂鬱なお姫様
10/17

第八話α 勇者お披露目

 ――out side――


『勇者リカ様』


 ノックをして入ってきたコスプレではなく本物のメイドさんがそうボクを呼んだけど、感動や興奮というのは無かった。周りに知り合いや友達はいない、ケータイやパソコンもない、実力もないボクを勇者として崇めるこんなところでメイドさんが世話をしてくれても全く嬉しいことなんてない。


「……なに?」

『王様がお呼びです。話は恐らく、お披露目についてかと思います』

「……やだ」


 ボクがいないと困る癖に、高圧的に話してくるあのオッサンは大嫌いだった。ああしろこうしろってうるさいし、礼儀がなってないと重圧的な言葉で怒る。あのオッサンの呼び出しはボクの気分を憂鬱とさせるできごとの一つだ。

 ボクの言葉を聞いたメイドは泣いて土下座し、懇願した。


『お願いしますっ! 行ってもらわないと私……牢屋に入れられてしまうんですっ!』


 ここ連日、他のメイドにも同じ態度を繰り返されてウンザリしてた。ここでの唯一の味方であるアリアによると、命令に従わなかったボクが本来は罰を受けなきゃいけないんだけど、ボクの機嫌を損ねる訳にはいけないから代わりに命令を遂行できなかったとしてメイドが処罰されるそうだ。アリアは命令に従わなかった者を処罰しないと他の者が命令をきかなくなるからと言っていたが、ボクからすれば他人を盾に命令しようってのがまず気に食わない。

 今までは可哀相だと思って足に縋りつく辺りでいやいや従うんだけど、今日はいつも以上に鬱だから今日はどうなるか分からないな。


「……ナイフ」

「へ?」

「ナイフ持ってきてくれたら、行ってあげてもいいよ」


 電化製品はなく、ケータイとゲームのバッテリーが切れた今、鬱ったボクを鎮めてくれるのはリストカットだけだ。食べ物は似ているようで全然 違うし、服だって重っ苦しいドレスしかないけど、刃物の感触だけはどこに行っても同じはずだと思った。

 それを聞いたメイドは顔面を蒼白にし、がくがくと震えだして言い訳じみたことを言い出した。


『暗殺を防止する為、勇者様に仕える時に刃物の携帯は禁止されているんです……。違反は斬首刑と決まってるんです……』


 ――あなたのお願いはきけないけど、こっちのお願いはきいてください。

 何を言っても、どう取り繕っても、意味するのはそういうことだ。例えそれが、精霊とやらが通訳していないと聞き取れないような震えた声で言い訳しようとも。プライドをかなぐり捨てて床に染みるほどに涙を流して土下座しようとも。ボクはだんだん可哀相だとは思えなくなってしまったし、邪魔だとすら思うようになっていた。繰り返される“お願い”というのは、そう思わせるほどにウザい。


 コンコン


 「あんたが処罰されてもボクには関係ない」と言おうとしたのを遮るようにノックが鳴る。ボクはメンドくさいからドアに顎をしゃくると、メイドはおずおずと応対した。


『勇者リカ様、第一王女様がお見えになっていますが……』

「いれて。んで、あんた出てって」


 そう言うとメイドは泣きそうな顔になったけど、アリアを招き入れて消えた。去り際に見せたボクを責めるような瞳が印象的だった。

 いつも通り豪華そうなドレスを着て目に包帯を巻いたアリアが付き人を連れて入れ違ってきた。杖をついてる訳でもないし、手を引いてもらってる訳でもないのにまっすぐこちらを歩いて来るのはいつ見ても不思議だ。


『こんにちは、リカ。顔色が少し優れないようですね』

「こっちに来てから良かった日なんてないよ。あ、ナイフない?」

『ナイフ……ですか?』


 アリアが付き人のメイドに向かって頷くとメイドが部屋から出ていった。おそらく3分後にはナイフがボクの手元にあるだろう。


『それですれ違ったメイドはあんな顔をしていたんですね……』

「謝まらないよ。だって、ボクには関係ないもん」

『リカの境遇は理解していますから、私は何も言いませんよ……。あと お父様の件は私が預かって来たましたので、出向かなくても良いですよ』

「あ、そうなんだ? ありがと」


 アリアは重大な仕事をしてるらしくて、1日に1時間しか自由時間がないらしい。わざわざその時間をボクに割いてくれるのだから、この王女様は相当なお人好しなのかも。まあこれも仕事なのかもしれないけど。

 そう話しているうちにナイフを持ったメイドが戻ってきた。そのナイフを受け取ったアリアがボクに手渡してくる。


「ありがと」

『さぁお茶にしましょ。立ったままではゆっくりお話もできませんわ』

「準備しててちょっと待ってて」

『わかりました』


 返事を聞いて、袖をめくった。ナイフを鞘から抜いて、刃を手首に当てる。それを見て……かは分からないけど、アリアがハッと息を飲んだ。


『……死ぬ気ですかっ?』

「んなわけないじゃん。まあ……習慣みたいなもんだよ」

『まあ……! 私はたまにリカが分からないことがあります』

「それはお互い様だよ」


 未だにボクは食事前にテーブルで手を洗うのが理解できないし、朝と夜に祈るのも分からない。それはともかく、ボクは先ほどのことを思い出しながら刃を引いていた。

 本当はあのメイドさんに罪はない。忙しいアリアにこれ以上 迷惑をかけちゃいけない。それは分かってる。……でもどうしようもない。だって、知ってる人がいないのがこんなに寂しいと思わなかった。いろんな人がボクを見てる重圧がこんなにも苦しい。将来、ボクには荷が重い魔王と戦うかもしれないと思うと気が滅入る。

 でも。だからって。ヒトに迷惑はかけちゃいけない。

 二律相反の気持ちがボクを駆け巡っていた。どうしようもない矛盾した気持ち。でも手首を切ってる時だけは、その痛みで少し忘れることができた。


『治療しましょう』


 頃合いを見計らってアリアがボクに声をかけた。


「いいよ。このままで」

『……せめて包帯を巻いてください。せっかくのドレスが汚れてしまいます』


 アリアがボクを心配して言ってるのは明らかだったけど、ボクの物ではないドレスの事を言われると従わざるを得なかった。アリアとは毎日1時間くらいしか会ってないけど、ボクの事を分かってるみたい。メイドがいつの間にか持っていた包帯を受け取って、アリアが直接ボクの手首に包帯を巻く。それから席に座り直して、お茶会となった。


「お披露目……だっけ? 必要なの?」

『はい。簡単に言えば、「攻めて来たら勇者が返り討ちにするぞ」っていうのを告知するんです。民はそれを見て安心しますし、魔王を密偵が見ていれば牽制にはなるでしょう』

「ふーん。あんまやりたくないけど、アリアに頼まれたらやるしかない……か」

『ありがとうございます。でも本当に嫌なら、私の隣で立ってるだけで大丈夫ですから。そうしてくれれば、あとは私が何とかします」

「ありがと。本当はお披露目って聞いて、結構 緊張してるんだよね」

『ふふっ、私もお披露目の時は緊張しましたわ』


 堅苦しい話は最初で終わり、あとは年相応の世間話に花を咲かせていた。


 ◇


 レーミナを出て2日後の昼過ぎ、僕達は王都リパミリヤとやらに到着した。

 西洋風の城壁の外側には田んぼが広がっている。陸自体は王都に近づくにつれ高くなっていくのだが、水路が緩やかな下りの為に舟の僕達は地下に入って行く格好になる。検問を抜けて舟から降りると地上へと続く通路があって、そこから王都の街へ出ることができる。ちなみにここでは帽子をかぶるのが当たり前で、地下から地上へと出る時には特に眩しくなかった。


「ここが最終目的地、ですよね?」

『えぇ、王都リパミリア。ここからは馬車で騎士団本部に行くことになります』


 道中は予想通りずっと舟の上だったのだが、乗ってる間はひたすら魔術の練習をしていたので思ったより暇は感じなかった。魔術に関してはMPが異常だけど、知力は普通以下って感じらしい。魔王の素質ってのは室じゃなくて量らしいね。剣も慣れる為に少し練習してたけど、未だに長さに慣れなくて戸惑ってる。


『ニーチェ、今日は勇者のお披露目で騎士団本部には入れないと思うのだが……』

『あれ? 今日でしたか……。困りましたね、今日は休むとしましょうか?』

「その前に勇者のおひろめって何ですか?」


 今日の予定にツッコミを入れるフレイエルさん。今日はなにかイベントがあるらしい。気になる単語も含まれてるし、詳細が知りたい。


『勇者のお披露目とはその名の通り、勇者様を民に紹介するべく馬車に乗って王都を一周するんですよ。その後は貴族を交えての披露宴になっているはずです』

『ま、パレードみたいな認識でいんじゃないの? 馬車に乗るって言っても護衛は山ほどいるだろうし』

「へぇー、パレードねぇ……」


 ニーチェさんの説明にシルフが補足する。

 ここに椿がいた場合、そのイベントを見れば一発でマル分かりな訳だ。ぜひとも見物したい。


『見たいですか?』

「えぇと……いいんですか?」

『あまり目立たないようにしてもらえるなら いいですよ。ユーキさんには窮屈な思いをさせていますから』

「いやー、そんなことないですよ。むしろ、3人とも四六時中くっついてて大変ですよねぇ……」


 そう言いながら、お互いに気遣いあった。やっぱり いい人だなぁー、というのが3人の印象。特にニーチェさんは愛想いいしね。普通は「俺、異世界人!」なんて言ってる人は関わらないようにするのけど、そういうのないし。

 結局、宿の部屋から眺めるというで条件で見ることになった。目立っちゃいけないってのは、黒髪だからってのがあるんだろうなぁ……。


 ◇


『正直、あそこまで人を信じるユウキはすごいと思うよ』

「素直って言って欲しいけどね」


 現在、宿屋のトイレにて大の方を行っていた。なぜシルフも一緒にいるのかというと、精霊は排泄をしないからそっち方面の羞恥心がないかららしい。拒否するとからかわれそうな雰囲気だったので目を瞑って、努めて無視するようにしている。

 ……というか問題は むしろ紙の方だ。大の方をやる前に男の知り合いを作る……ことはできたのだが、急かされていたのですっかり聞き忘れたのだった。どうしようもないので、今回はポケットティッシュ2枚で頑張ろうかと思ってる。……数少ないティッシュをこんなことに使っていいのかなぁー。


『普通はユウキが魔王っていう情報を与えた人物が、勇者を遠くからとはいえ見る許可を与えたっていう事に裏があると感じるものだけどね』

「うっさいなぁー。あんな真摯に『窮屈な思いをさせてますから』って言われたら普通は信じるだよ」

『……はぁー、先が思いやられるよ』


 まあ自分でも疑うことを知らないっていう自覚はあるけどさ。しゃべりながら考えるってのが苦手だから聞いたことが嘘かどうかなんてその時に判断つかないし、そもそも嘘つく友達なんていないから考える必要もなかったし。でもこれからはそういうのも考えなきゃいけないのかなぁ……。

 と考えてると大の方が終わって、ポケットティッシュ2枚でケツを拭いていく。その時すきま風に乗って声が聞こえてきた。


「姿を見せずに失礼します。勇樹様の補佐官、桜花でございます」

「……は?」


 思わず、そう呆けてしまった。

 精霊との会話っていうのは、水の精霊が「心を汲みとる」とか言ったようにいわゆる念話という概念に近い。通訳ってのは異国語を聞きつつ、意味が理解できるって感じだ。

 だから、耳から日本語が入ってきた時はたいそう驚いたもんである。椿の声だったら良かったのだが、女の声だし名乗った名前が違う。


「……どうしたらいんだろ」


 どうやったら会話できるかという意味で。風が吹いて声が聞こえたら、「なんか、そういう魔術があるんだろうな」って想像はできる。が、僕にそんなものはないんで……。


「風魔術で聞こえてるのでご指示を頂ければ幸いですが」

「あれ、聞こえちゃってます? ちょっと待っててください」

「御意に」


 うん、問題なかったね。えーっと、手紙には密会したいって旨を書いたと思うんだけど、例の御三方がピッタリくっついてるから トイレで電話みたいなことやってんだろうか。

 それはともかく、今後のこと。まず今日 確認する勇者が椿かどうか。椿だったら話は簡単だ。すきま風に音を乗せる魔術?で僕の存在を示す。んで、みんなの前で面会して握手する。お偉いさんに友好的だと思ってもらえたなら、あとは元の世界に戻る方法を一緒に探すだけだな。

 勇者が椿じゃない場合。これは全く関係ない人物だし、僕が魔王ってことでいきなり斬られないとも言い切れない。接触は控えて速やかに自国?に避難し、今後の対策を練る。流石に勇者の陣地に魔王がいるのは問題があるだろうし。安全的な意味でも風評的な意味でも。


 んで問題なのは、この手下っぽいのといつ接触するかということ。今はまずい。扉の前にフレイエルさんがいるからな。そうすると今夜か? とりあえず、フレイエルさんが眠ったのを見計らって接触する必要がある。そんなら、2時くらいがいいか。あの人の夜は遅い。ってか、時計あったっけ?


「えぇ~と、今の時刻って把握してますか?」

「ハッ、午後3時でございます」

「あ、大丈夫っぽいですね。んじゃ、午前2時に……この宿の前で集合で。大丈夫ですか?」

「ハッ、了解いたしました」

「それまでは自由行動で大丈夫です。えっと……解散で」

「ハッ」


 それっきりで風はやんだ。うーむ、不思議な人だったなぁ……。まだ見てないけど。

 今後の予定とかいろいろ考えてこうなったけど、そこんとこどうなんだろ?


「どうだった?」

『部下を敬語で指図する指導者は長く続かないよ』

「だってあれ、明らかに年上だぞ。タメ口で指示したら絶対に怒られるって」

『……ユウキは中学生くらいの王族に仕える時にタメ口でなんか言われたらどうする?』

「仕事だろ? どうもしないじゃん」

『つまりそういうことだよ』

「……あぁー」


 なるほど理解した。でも年上の、しかも女性にタメ口って難しいな……。フレイエルさんで練習しとくか?


『そろそろトイレ出た方が良いよ。怪しまれないうちにね』

「そうだね」


 水を流して外に出ると、ずっと待っていたフレイエルさんに声をかける。


「待たせちゃってすいません」

『部屋に戻るか』

「そうしましょうか」


 練習、無理ですた。うぅむ、しかし指導者とは敬語でしゃべっちゃいけないんですかね……。

 無念な想いと共に、部屋に戻った。


 部屋に戻っても2人部屋だから誰もいない。ニーチェさんとリルさんは隣室で何かやってるんだろう。

 フレイエルさんと向かい合う形でそれぞれのベッドに腰掛ける。互いに口が上手くないので、基本的にフレイエルさんといる時は無言でいることが多かった。別に気にはしないけど、やることないし手持ち無沙汰なんだよなぁ……。


『そろそろ始まったみたいだね』


 シルフがそう知らせた。言われて窓の外を見てみるが人だかりはあるものの目的の馬車は見えない。が、耳を澄ませば遠くの方で歓声が聞こえる。


『リルが言うには ここを通るのは1時間半後……か。長くなるな』

「勇者の人も大変ですよねー。そんな長い時間も外にいて、さらに披露宴まであるんですよねぇ……」

『あぁ。訓練していない者がそこまでするのは大変だろうな』


 それきり会話が途切れる。僕は黙って外を見ていた。

 現れる勇者が椿か否か。僕の思考はずっとそれだけを思い浮かべて緊張していた。体が自分の物ではないからのように動かなくなって固まり、心臓がバクバクいってるのが分かる。勇者が椿だったら。勇者が椿でなかったら。勇者が椿だったら。勇者が椿でなかったら。勇者が……


『ユウキ、そろそろだよ』


 シルフの声でハッ我に返った。もうそんな時間が経っていたのか。全く意識してなかったけど、これは相当 緊張してるな……。


『ユーキ、緊張しすぎだ。気持ちは分かるがな』


 その声を聞いてフレイエルさんの方に向くと、苦笑しながら水を差しだした。礼を言って飲み干す。ホッと一息ついて窓から外を見た。先ほど歓声が近く、遠目に馬車も見える。

 遠くの馬車がじわじわと近づいて来るのをじっと見続けていた。歓声が遠くに感じ、シルフもフレイエルさんも意識しないほど集中する。


 どれほどの時間が経ったのか、そんなことは考えもしなかったけど、顔が分かるくらいまで近づいた時に僕は驚きを隠せなかった。大通りに面している宿と言っても少し離れていて顔は判別しにくかったが、小学校の頃から見慣れているその顔は見間違えるはずもない。


「里香っ!?」


 そう、勇者として馬車に乗っているのは友人の里香だったのだ。

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