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プロローグα <崖から始まる物語>

「皆でキャンプ行かねぇ?」


 中空を適当に見ながらそう切り出したのは、目の前に座っている谷口輝<たにぐち てる>。不良の象徴である金髪を逆立て、デカい図体のくせに狭い空間で開放的な座り方をしている。ぶっちゃけ、邪魔だ。

 せっかくの夏休み、皆で何をしようかと話しあっている最中である。


「いいねいいね!!」


 そう同意するのは、遠阪里香<とおざか りか>。返事による反応はいいのだが、表情をあまり変化させず、携帯を弄りながらだ。ちょっとでいいから、こっちを見ろ。

 ちなみにこいつが紅一点であるが故に、さっきから海水浴やら温泉旅行やらが没案となっている。まぁ、僕から見ても何かと面倒なので却下だったが。


「でも行って何やるの?」


 そう返したのは、鳩野信治<はとの しんじ>。いつもどこか達観してる節があり、冷めている感じがするが、根が真面目であり、自己主張も押し付けがましくないので、皆からは絶大な信頼を持たれている。ちなみに半オタクである。

 彼が言いたいことは、キャンプ場に行って何をやるのか、だろう。要するに、キャンプをするという定義が曖昧すぎるのだ。


「キャンプつったら、ご飯作って、テント作って、キャンプファイヤー?」


 最後にこの僕、石山勇樹<いしやま ゆうき>がそう発言する。キャンプと言われて思い浮かぶのは、それぐらいしかないのだが。キャンプと聞いてなんとなく面白そうだとノリノリだったが、実際に深く考えてみるとそうでもないような気もする。誰かの家にお泊り会でいいのでは?という雰囲気になってきた。


『いや、それは簡潔過ぎだろ!』


 この場にいない、椿明斗つばき あきとがややツッコミ気味に反論してきた。彼は高校で知り合ったが家が遠い為、この会談には電話での参戦だ。信治君とは反対の熱血野郎である。キャンプという代案が出た時点で電話コールし、これから会議に参戦である。

 さて、文句を言われたので胸に期待と否定を半々に抱きつつ、インターネットを開いて調べてみる。


「結構あるんだね」


 思った以上にキャンプが人気らしく、ずらーっとキャンプ場やイベント情報が出てくる。詳しく見ると、昆虫や山菜の採集、釣りやカヤック体験など様々なものがあるようだ。


「ふ~ん。でも結構、金かかるんだね」

「まぁ、そこは妥協かな? 安いのなら出してやるから、とりあえず行ってみるか」


 そう先導して、段取りを決める。あまり乗り気でなかった信治君も一緒に計画を立てる。具体的な案があるなら、特に反対はないようだ、

 あんま金はかけたくないのでイベントに参加するのではなく、自分達で計画を立てて行く事にする。当日の日程は昼前に到着、昼食、近くの森を散策、夕食、キャンプファイヤー、就寝となった。翌日は、適当にやりたいことをする予定だ。


「んじゃまぁー、次の火曜にうちに集合で」


 そうしてこの日はお開きとなった。

 それまでの日の間に、テント、調理器具、食材などなど必要なものを揃える。悲しいかな、年長者として全部僕が出資することとなった。ちなみにテルとリカが高1、信治君は高2、僕と椿が高3になる。椿が金を出さないのは、バイトが出来ず金欠なのを知っている為、なんとなく可哀想なので仕方なく僕が全部出すことにした。



 そして、キャンプ当日の早朝。


「忘れ物はない?」


 出発前に定番とも言えることを聞いた。全員思い思いの肯定の意図を伝えるが、こういうのは大抵なんか忘れるのが定石だよな……。


「んなもんあるわけねーじゃん。さっさと行こうぜ!」


 荷物を見もせずに適当に促してくる谷口輝。特にお前が心配だ。

 まぁ、一昨日辺りから大きい荷物は車のトランクに積んである。足りなくても買いに行けばいいし、特に困ったことにはならないだろう。良くも悪くもこのメンバーは、そういう非常事態に強い奴らだし。


 さて、車の中では特筆すべきことはない。強いて言うならば、

「す~、す~」

 キャンプ前日にも関わらず徹夜した椿が僕が運転してる隣で寝ていたり、

「……ちょっとやめひゃっ……マジ無理だからぁあっ……」

 テルがリカをちょっかい(くすぐり)を出して、窓を開けたら盛大に通行人に勘違いされるような声が車の中に響いていたり、

「……………………」

 信治君は1人で単語帳を見ていた。まぁいつもの事だし、本当に特筆すべきことではない。



 キャンプ場には2時間弱で着いた。リカが疲れ果てているが、特に問題はないだろう。いつものことだ。客はそれなりにいるようで辺りを見渡してみれば、大学生達がバーベキューをやっていたり、はしゃぐ子供達を微笑ましそうに見ている夫婦が見えたりする。観察はそこそこに椿を叩き起こし、はしゃいでるテルの頭をひっぱたいて昼食作りに入った。

 とりあえず定番の焼きそば。火の担当は料理が出来ないテルと、料理には向いていない信治君。パタパタと団扇で扇ぎ、時折調子に乗ったテルが食用油を火に注ごうとするが、そこは流石に椿が止めに入る。先に止めに入ったリカがテルに遊ばれているが、いつものことだ。料理が出来なくはない僕は食材洗い兼食材の切り分け、自他称オトコ女のリカは料理はそこそこできるようで結構な速さで包丁を振るっている。しかし、リカがたまにテルに遊ばれてしまっているから、僕が代わる時もあり、力がありつつこのメンツでは一番料理が得意な椿が味付けと焼くのとリカが遊ばれている間の皮むきを担当になっている。僕の場合、普段は皮もそのまま料理に入れてしまうので、皮むきは苦手だ。皮むきが苦手だから皮ごと料理に入れてしまうのかもしれないが、そこは気にしてはいけない。

 そんな感じで、昼食と相成った。外で食べることに特に感慨はなかったが、雨じゃなくて本当に良かったと思う。山は天気が変わりやすいと言うし、ここは山の中腹だから安心は出来ないが、それでもせっかく山に来て中で食べるのも、風情がないというか。まぁしかし、うろちょろしてる虫が、ウザいといえばウザいのだが。



「よし、じゃあ山を歩いて回ろうか」


 片付けをした後、近くの森の散策に入る。片道2時間弱で若干広めだが、どう考えても夕方には戻れるだろう。万が一の為に非常食をバッグに詰めておいてあるが、むしろおやつとして消えてしまいそうだ。

 流石に山の中だけあって、それなりに起伏はあるようだ。しかし舗装はされていなくても道がちゃんとあるし、連中は坂で育っている奴らなので足腰は強い。最悪、僕か椿が背負っていけばいいだろうし。女子のリカやインテリの信治君が力尽きることはあっても、馬鹿で体力だけが取り得のテルが歩けなくなることはないだろう。もしそうなったら面白すぎるが。


「あ、リスだ」

「え、マジ?」

「ほら、あれ」

「ホントだっ、ちょ~可愛い~!!」

「お前本当に可愛いもの好きだよな」

「当ったり前じゃん。テルだって、ハムスターとか飼ったことあるんでしょ? 可愛くない?」

「飼ってたけど小3の時に死んじゃったし、そん時も何も感じなかったな」

「分からなくもないな。確かに僕も小学生の時に飼ったのはたくさんあるけど、今じゃ何も感じないし」

「え~~、ボクだって飼ってるけど、何で何も感じないの?」

「んなこと言われてもなぁ?」

「感じないものは感じない。愛でる感情は分からなくもないが」

「え~~~~~!!」


 リカは可愛いものを探すのに余念がないようだ。げっぱ類を見てはしゃいでいる。テルもそうだが、このメンツで他に可愛いもの好きはいない。共感を得られずに不満が溜まるだろうが、もう少しは1人ではしゃいで頂こう。


「まだちょっと早いけど、あれはアケビって言って食べられる植物なんだよ」

「へぇ、どんな感じ?」

「実は甘いけど、皮は苦い。生でも食えるけど、肉詰めして揚げたり、刻んで味噌炒めにしたり」

「そうか。まぁ、知ってても活かせそうにないが」

「まぁな」


 山の経験が豊富なために、椿はこういう知識もあるようだ。僕には植物の見分け方すら分からないので、将来活かすことはないだろうが、熱心に話しているのを聞いている。恐らく、明日には忘れているだろう。後ろでは、話を聞きつつ辺りを観察している信治君がいる。信治君も、少しは興味があるらしい。


「そういえば、この前パック買ったらお前の欲しいカード入ってたぞ」

「お前こういうところに来て、そんな話すんなよ」

「何で? 別にいいじゃん、話したいこと話せば」

「いや、お前には情緒はないのか……」


 趣味であるカードゲームの話をしたら、椿に怒られてしまった。分からなくもないけど、理解できないな。まぁ、友達が嫌なことを無理にやる必要もないので、その後は自重するよう心に留めておく。


 そんなこんなの散策。だが、見つけてしまった……。


『この先、熊が出没します。入らないでください』


 何度か、熊の注意を呼びかける看板を見てきたが、直接的なものが登場した。勝手に横を通りぬけようとすると、誰かに腕を掴まれる。


「お前は馬鹿か!」

「いや、だって入りたくない?」


 なんか、熊って響きがワクワクする。テレビとかマンガとか危険っていうけど、実際に対峙してみないと分かんないじゃん。


「入りたくない!」


 断固、拒否されてしまった。周りにも「やめた方がよくない?」「馬鹿……」などお咎めを受ける。むぅ……、根性のない奴らめ。


「ほら、武器だってあるし」


 そう言って、バッグからジャラジャラと鎖を取り出す。長さは4m。銃刀法などもろもろの法律に引っかからない武器なので、愛用として携帯している。だって、ほら。強盗とかにナイフ突きつけられて、素手だったら危ないじゃん。警官に尋問されても、家で使うといえばなんともいえないし。

 そういう事もあって、遊びで振り回したりしてるので扱いは慣れている。それは、立ち会っているここのメンツも知っている。それでも溜息をつかれ、不満をあらわにしていた。


「お前、熊だぞ?」

「うん。いいじゃん?」

「アンタ馬鹿?」

「いや別に?」

「コイツ、置いていこうぜ」


 よし行こう行こう、などとほざいて、普通に道を歩く4人。かなり寂しい気分になる。

 しかし、戻ったら熊に会えないぞ? それでも、大人しく友達と奥に行くか?


「んじゃ、夕方前にはキャンプ場に戻るわ~」


 結局、看板の向こうへと行く事にした。




「はぁ……はぁ……」


 そして、僕は熊から逃走していた。いや、だって鎖 叩きつけたら普通倒れない? いやそこまで行かなくても、逃げ出すと思ったんだ。こっちに向かってきたのは、ちょっと意外だった。熊は滅茶苦茶速いらしいが、先手でダメージを負わせたせいか、あまり距離が縮んでるようには見えない。


「はぁ……はぁ……」


 後ろには椿も一緒に走っていた。あれから、お前だけじゃ心配だ、と言って椿だけこっちに来てくれた。結果的には一緒に逃げることになり、少し申し訳なくなってきている。

 互いにしゃべる余裕はない。ただ、ひたすらに走っていた。


「グゴォォォォォォァァァァアアアア」


 後ろを見れば、椿の向こう側から熊が追いかけていた。左目からは血が流れていて、少し走りがぎこちない。

 本当ならキャンプ場に戻りたければ、坂を下っていかなければならないが、熊の体力を少しでも削るべく、坂を上っている。重量差を考慮した作戦だったのだが、応援を求められないのはツラいかもしれない。とりあえず、熊が通りづらいように木々の間を縫うように走っている。


 まぁしかし、負け惜しみというか、場所が森じゃなかったら勝敗は分からなかったんだと思うんだ。ほら、長物ってこういう木々が生い茂るような狭苦しい場所で使う武器じゃないし。攻撃する時に枝とか幹とかに当たって、攻撃が弱くなるんだよ。振り回せないから威力もそんなに出ないし。今は何を考えた所で状況打破にはならないんだけど。


「おい、これからどうする気だ!!」


 急ブレーキをかけた僕に続いて、椿が狼狽するのも無理はなかった。樹海を探索していてキッチリ場所は分からなかったが、いつの間にか崖まで来たようだ。正面の鮮やかな空が目にまぶしい。


「どうするっていったって……」


 右は見通しのいい平地、左は草が生い茂ってる下り坂。真後ろは言わずもがな、樹海である。熊がいるのでこっちに進むのは論外。

 どこにいっても不利だ。

 右は熊への妨害がなくなり、視界も広くなる。小回りは人間の方が聞くから障害物がないのは困る。反対に左は草が生い茂ってる。しかし、そういう足止めは小柄な人間が不利だ。

 どっちにしてもダメ。まさに八方塞り。


「さっきの鎖は?」

「って言ってもなぁ、ここじゃ使えん」


 ここは低い木がたくさん生えていた。さっき使った場所ですらもう少し枝が高かったから、威力は下がっても振り下ろしが出来た。ここでは枝に引っかかってまともに出来ない。かと言って短く持てば、間合いと威力が落ちる。


 しかし、他の武器では対抗できない。

 手に嵌めて戦うメリケンサックは範囲が狭い、対人間の武器である。手の長い熊に効く道理はない。

 予備に持ってきていた杖も無理だ。余裕で木の枝を折りながら進んでくる熊は、杖で叩いて気絶するほどヤワな体はしていないだろう。

 ナイフも致命傷には成り得ない。こんな料理ようの小型ナイフで内臓まで届きそうにないし、何度も刺せば分からないだろうけど、倒すまでに何回刺すことになるやら。


 さて、どうしたものか。


「おいっ、どうすんだよっ」

「待て、思案してる」

「もう目の前だぞ」


 目測15mぐらいだろう。近い距離ではないが、走って2秒程度か。ちらりと、崖を覗き見る。高さは大してなさそうだ。マンションの7階辺りぐらい。崖と呼ぶには貧相なほど、低い。


 まぁ、この距離で落ちれば死ねるが。


「おっ、おいっ」


 椿がパニクって、辺りを見渡す。普段は頼りになる椿だが、こういう事態で使えない。いや、普通の人間ならそうなるか。

 この距離ならどこに逃げても変わらないだろう。だからといって、やはりこの装備で戦うのは危険すぎる。防具のひとつもないし。ということは…………、残るは崖の下。


 バッグを下敷きにすれば、即死はしないだろう。

 テレビで、飛び降り自殺しようとして植え込みで助かったニュースがあったはずだから、コンクリでなければ即死はしないはず。その間に110番通報をするしかない。万が一にも地面がぬかるんで、無傷で助かるとも限らないし。


「飛ぶぞっ!」

「え? えぇぇぇぇぇぇぇぇぇええええええええええええ!!!!」


 どうせ、椿には崖を飛ぶ勇気なんてなかっただろうから、手をつかんで一緒に飛ぶ。熊も、まさか崖を飛び降りるとも思えない。もし飛び降りたとしても、あの重量でクッションなしでは、即死のはずだ。


「バッグを下にしてクッションにしろ!」

「うぁぁぁぁぁあああああああ!!!!!」


 悲鳴はあげているものの、指示は聞こえたようだ。僕がやっているようなバッグを持って下にするやり方ではなく、背中から落ちるようなポージングだったが。


 落下に対する恐怖感が襲う。この高さからとんだのは初めてだ。エレベーターとは桁違いの落下速度に体が身震いしている。叫ばないのは、絶叫コースターに慣れているわけでもない。単に叫んでも無駄だからだ。


 ふと椿の方を見ると、バンザイをしていた。何か……遊んでないか…………?

 確かに椿はジェットコースターが好きだ。そして、ジェットコースター愛好家の間では、バンザイをして絶叫する話も聞いた。……それを、今やるか?

 まぁ、それを気にしてる場合ではないだろう。地面に落ちる直前――


「壁を蹴って、落下のベクトルを斜めにしろ。バッグをクッションに着地して、回転すれば多少は和らぐ!」


 壁を蹴って、足に衝撃がかかる。しかし、下というよりは横に蹴っているので、怪我をするほどではない。バッグを下に押し付け、回転したところで――

 そこで目の前が真っ白になり、意識が反転する。その瞬間に脳裏に浮かんだのは、なぜか飛び込んでいる途中でわずかに見えた遠ざかっていくビル群。それはまるで、現代日本から別れを告げられているようだった。

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