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犬神歩めば呪いに至る  作者: 白海幽漣
平安時代編
3/18

3.靈山家

「お帰りなさいませ、神流(かんな)様」


 門をくぐると空気が重く、粘っこい感覚に襲われる。頭を下げる下人(げにん)たちが、一斉に出迎えてきたからだ。下山した私が敷地内に入ったことをいつ頃からか検知したのだろう。靈山(りょうざん)家の次期当主候補、靈山神流(りょうざんかんな)としては立場上仕方ない。だが、こういった扱いをされるのが本当に苦手だ。堅苦しく、息苦しさを覚える。


 そうしていると、奥の方から大柄な人物が近付いてきた。濃紺の狩衣(かりぎぬ)を着流しているその人を、私はよく知っている。


 髭を蓄え、髪は年齢を積み重ねたように白髪が混じっている。髪はきっちりと()い上げており、前髪は額の上で分けられている。顔は皺が多く、いくつかの古傷がくっきり残っていた。目は切れ長で強い威圧感を覚える。


「父上、ただいま帰宅いたしました」


「神流、帰って早々だが話がある。着いてこい」


 父、靈山家現当主である靈山道慶(どうけい)は、私と顔を合わせるなりそう告げる。すると、急いでいるかのようにすぐに(きびす)を返して移動を始めた。何事かと思ったが、父は歩きながら咳き込み始める。それはだんだんと強くなり、そして唐突に止まった。


「病状は、よくなりませんか」


「昨日からな、悪化した。体感だが一年持つか怪しいと思っている。これの話は後でやる」


 父は数ヶ月前から病にかかっていた。最初はそこまで深刻ではなかったが、最近になって外出を控え療養することが増えた。かつて屈強であった彼の肉体も、今はやや痩せてきている。


 部屋に入るなり、父は下人に指示をした。どうやら兄弟を呼びつけたようだ。こうして家族を集めていることから、いい話題ではないと感じた。


 父が座り込んだことを確認してから、私も腰を下ろす。帰り際に衣類や肌の汚れはある程度落としたが、一部の汚れは落とし切れてはいなかった。少々薄汚れてしまっているのが気になってしまい、このまま座ってしまうのが憚れる。急ぎの用とはいえ一度着替えさせて貰うべきか迷ったが、必須ではないので特に言うことはなかった。


「時に神流、昨日帰れなかった理由は何だ?」


 当主、靈山道慶の鋭い目が光る。当主として私に問うてくるその声は、病からしゃがれてはいるものの威圧感は変わらない。聞かれたことに淡々と答えるだけなのにも関わらず、緊張から背筋が伸びた。


「妖怪が山奥に逃げ込みました。それを追ったところ、土砂崩れが起き、行きに使った道が使えなくなりました」


「ほう。遠方で轟音がしたと思ったが、災難だったな。妖怪の始末の首尾はどうだ?」


「何も問題なく」


「うむ、後ほど記録を取って、私室に置いておけ。確認する」


 やはりこの人は、父である以上に当主だ。僅かに汗が流れ、息をすることも負担になる。


 そうして父と共に二人で部屋に座りながら時間が経つ。そうしていると、兄弟が二人とも同時に入ってきた。


 兄の行影(ゆきかげ)は細身で高身長。淡紫の直衣(のうし)を着込んでいる。その体格からは肉体を鍛えているような印象はなく、肌も傷もほとんどない。


 対して弟の宗定(むねさだ)は行影よりは背が低い。薄灰色の直衣を着込んでいる。体格は中肉中背で、兄よりは鍛えているようである。見えている手の皮膚は厚く、戦いの痕跡が残っていた。顔はどこか不機嫌そうであるが、理由は何となく察せられる。


 この二人も、靈山家の次期当主候補であった。


「そこに座れ」


 父の低く重厚な声。行影と宗定は驚くほど即座に座った。


 緊張を紛らわすためか、行影は私の腕を見てから鼻で笑う。そして、腕を組みながら妙な笑みを浮かべ、こちらに話しかけてきた。


「神流、腕に泥がついているぞ。外で泥遊びでもしていたのか?」


 下山途中に川で泥を落としていたのだが、どうやら取れていない部分があったようであった。確かに右腕に泥が僅かに残っている。


 それを確認した私は兄の目を見て口を開く。


「兄様は今日も傷一つ、汚れ一つありませんね。檻から出ない飼い犬は羨ましいものです」


 その言葉に行影は青筋を立てる。それに対して宗定は私たちをなだめ、一瞬張り詰めた空気を押さえた。


「ここに呼んだ理由は、後継ぎの話だ。無駄話をするな」


 不機嫌な父の声から全員が表情を切り替えた。それを確認して、父は口を開く。


「全員にもう伝えているが、この病はおそらく治らん。だから兄弟が揃っている今話させてもらう」


 そう言うと父はまた大きく咳き込んだ。咳き込みが大きくなり、また唐突に収まる。


 そうして息を整え、話を再開した。


「お前たちは次期当主候補として今まで活躍して貰った。ワシはお前たちの活動をよく見てきたつもりだ。それを踏まえて、次の当主は神流が相応しいと考えている」


「待て、長子(ちょうし)を差し置いて神流が当主? しかも女だぞ」


「お前は他の有象無象と同じ事しか言えんのか行影。最低限態度を改めなければお前に当主は無理だ。全く、甘やかしすぎたな」


 反発する行影に対して、父は呆れながら返す。行影は立ち上がりかけながらも、父の言葉から硬直し、奥歯を噛み締めて言葉を飲み込んだ。


 対して弟の宗定は、何も反応することなく、膝の上で拳を握りながら床を静かに見つめてうつむいている。


 私は、父から認めてもらったようでうれしくはあるものの、今後の重圧を考えれば少し億劫になる。父の手前、それを表情に出すことはなかった。


「宗定、お前は意見はあるか?」


 父の問いかけから、ようやく宗定は顔を上げる。真っ直ぐに父と私を交互に見て、口を開く。


「姉上が当主になるのは当然でしょう。それに対して何も言うことはありません。姉上は僕らより余っ程努力もしているし、それに相応しい実力もある。ですが、もし、兄上を当主にすると言い出されたら、僕は全力で反発しました」


「どういう意味だ、宗定」


 行影が宗定の言葉に反応するが、宗定は行影の方を見ることなく続ける。


「貴方が当主なんて冗談じゃない。実力不足で、傲慢。妖怪退治にもろくに行けない。甘やかされた貴方は、対外的にも家の印象を下げそうだ。そうなったらこっちも困る」


 宗定はあえて行影を見ることのないまま、しかめっ面を浮かべる。宗定の言葉には若干の怒りが籠もっているように感じた。行影と宗定は仲が悪い。特に宗定は兄である行影を毛嫌いしている。


 行影は呆れたように質問を投げかけた。


「女が当主になることに何も思わないのか?」


(はえ)と蜘蛛のような虫同士が組んだとして、猛獣に勝てるとでもお思いですか? あと、僕はまだまだ未熟で当主の器じゃない。それに、貴方が当主になったとしても、僕が当主になったとしても、どうせ争いになるでしょう?」


「それは、俺が相手なら勝ち目があると言いたいのか?」


 行影から殺気が漏れ出す。そこで宗定がはじめて横目で行影を視界に入れた。


 しれっと猛獣扱いされた気がするが、この際どうでもいい。


 一触即発な状況に対して、父は静かに諫めた。


「お前たち、もうやめておけ。神流、ワシが死んだ後は頼めるか?」


「はい、当主の意向であれば、それに従うまでです」


 その言葉を尻に、空気が一旦収まる。そして、この会合は解散となった。


 当主の采配について、私は内心、兄弟での殺し合いを防ぐ目的がありそうに思えた。私が間にいないと、最悪この兄弟は共倒れするだろう。こんな調子であれば私が当主になるしかない。


 この二人を相手にするのも、当主となった後に他の呪術士との交流を考えるのも、それだけで疲れてしまう。


 未来の当主としての重圧を考えると、無意識にため息が出た。




 清潔な直衣に着替えた後、自分の部屋で記録を付けながら頬杖を突いていた。


 記録を付けるのは次の世代のためだ。些細な情報でも同じような種類の妖怪を相手にする際には参考になることがある。だが、今回のものは本当に何の特徴もないただの妖怪退治だった。そんな記録が、何の役に立つのかと考える。疑問が浮かんだ影響で、退屈な事務作業としか思えなかった。


 そんな中、人狼の彼女の事が脳裏によぎる。あの子は今どうしているだろうか。無意識に彼女の事を執筆しそうになり、直前で筆が止まった。彼女の事は下手に書くと退治対象になりかねない。余計なことを考えたせいか、筆が進まない状態が続いた。


 書いては筆を置くことを繰り返していると、庭先に何かがいることに気付く。それの正体が分かった私は、直衣の懐にしまわれている予備の札を取り出した。


 ため息をつきながら縁側に出る。そして、手に持った札を、木の方向に投げた。すると、痛みに苦しみながら一体の妖怪が木の後ろから倒れ込んだ。


「カンナ、これは、新しい術なん?」


 そう言ってきたのは人型の妖狐(ようこ)。体躯としてはかなり小さい。何も知らなければ子供と認識してしまうだろう。決定的に違うのは耳。大きく頭部に出たそれが、彼女が人ではないと証明する。


 彼女の髪は、焦げ茶で雑に切られた短髪。肌は陶器のように白く、薄紅がかった頬をしていた。服装はどこで調達したのか、くすんだ紫色を基調とした狩衣風の着物を着込んでいる。どうにも改造しているような形跡があり、古布をいくつも継ぎ合わせているようだった。


 その妖狐は、呪符の影響で全身をピクピクと痙攣させている。今回使った術は対象をしばらく痺れさせる術だ。殺傷能力はないが、無理に剥がすと本来ゆっくり来るはずの痛みが一気に来るようになっている。


「また結界に穴を開けたのか。千歳、ここに来るのは辞めろと言っただろ」


「カンナ以外だと危なくてちょっかいかけられへんからね。というか、今回ウチ何もしてないと思うんやけど……?」


「結界に穴を開けただろ。あと、気まぐれで作った術とはいえ、簡単に解除して呪符を剥がされるとちょっと腹が立つ」


 千歳というこの妖狐は、痺れに堪えながらゆっくり立つと、身体に付いた呪符をあっさりと剥がして丸めて捨てた。それを術者本人の前で簡単にやってのけられると自尊心が少し傷つく。こんな芸当は術解析に長けた者でないと不可能だ。


 千歳との関係は、山奥で蔦を使って足を引っかけられたことから始まる。彼女は当時からこの体躯だった。そのいたずらも命を奪われるような行為ではなかったのが理由に入るだろう。私は封印術で千歳の両腕両足を拘束した後、そのまま殺すことなく放置して立ち去った。直接手を下さなかった理由は、朧気で思い出せない。子供に見える妖怪は数多くいる。それなのに、何故彼女に対しては甘かったのだろうか。


 千歳は本来であればそのまま野垂れ死ぬはずだった。それなのに、彼女は自力で封印術を解除して、また私の前に立っていた。呪術士でもないのに封印術を自力で解除するのは、ほとんどあり得ないことだ。千歳がやったことは、全く知らない言語で書かれた書物を手がかりなしに解読することに等しい。妖怪がそれをできるだけで危険視してもいい……。だが、私は何故か千歳を殺すことはなかった。今となっては、殺意を抱こうにも抱けない状態が続いている。


「半年ぶりぐらいか? それで、今回は何をしに来たの?」


「いや、見てもらいたいものがあるねん。面白い術ができたんや」


 そう言って千歳は懐から手のひらに収まる大きさの二枚の木片を取り出した。妙に綺麗に整った木片の片方を私に渡してくる。一見何の変哲もないが、少し眺めて気付いた。これには結界術が仕込まれている。


「何これ?」


「これは、片方に傷を付けるともう片方も同じ傷が入るんや。名付けて同期結界!」


 そう言って嬉しそうに自慢する千歳に対して、私は冷ややかな目線を送る。こいつは私を暇つぶしの遊び相手としか思っていない。今回もその延長だろう。そして、千歳はおそらく、私が今から話すことをきっと知らない。私は表情に出さないようにしながら、しゃがみ込んで彼女と目線を合わせ、静かに伝えた。


「千歳、あのね」


「何? 独学でこれを構築できるウチの才能が怖いか?」


 明らかに調子に乗った千歳。彼女は私を挑発するような発言を続ける。


「褒めていいんやで? 尊敬していいんやで?」


「同期結界だったっけ?」


「そうそう。独創的やろ? どんな術も発明できそうやわ! ウチは自分の発想力が怖いわ」


「これ、全く同じ術が既にあるよ」


 この一言で、千歳は完全に固まった。今にも踊り出してしまいそうな雰囲気だったのが葬儀の如き空気にすり替わる。


 そうして千歳は言葉を振り絞った。


「……え?……嘘? また……?」


 またと言うとおり、千歳が開発した術を見せてくるのは初めてではない。気軽に持ってきては既にあると明かされて落ち込んでくることがたまにあった。知らない術を作ってきたこともあるが、大抵実用性がないようなものばかりだった。


「応用的な術ではあるけど、本当に既にある。正式名称は双写結界(そうしゃけっかい)。同じ大きさかつ、同じ材質の物体に使用できる。けど、大きい物体は同期が難しくて結界がそもそも成り立たない。この木片の大きさでも結構難しいんだよね。射程距離はそこまで長くなくて、長距離になるとほぼ機能しなくなる。使われ方としては、同じ敷地内で高水準の術士が使う情報伝達方法としてぐらいかな。

 そもそもこれ、本当に機能するの?」


 術の詳細を話し、本当に知っていることを伝える。そして木片を人差し指と親指でつまみ、眺めながらこの術が本物か聞いてみた。そうすると千歳は慌てながら答える。


「い、いや、機能するからな! こうやって傷を付けたら……」


 そうして千歳は爪で木片を削る。その瞬間、私が手に持っていた木片が高い音とともに破裂した。


 再度訪れる沈黙。千歳は血の気が引き、冷や汗をとめどなく流す。何かを声に出そうにも声が出なかった千歳は、静かに後ずさりをする。


「まあ、こうした不具合は術の開発にはよくある。私でも扱いが難しい術だから、結界として成立できている時点でよくやっているよ」


 その言葉から千歳は機嫌を直したのか露骨に笑みを浮かべてくる。こうだったらとことん蹴落としておくべきだったか。


 そこで、不意にあることに気付いた。彼女を最初に殺さなかった理由。それがなんだったのか、この場なら聞けるだろう。私は彼女の笑みを無視して問いかける。


「昔、何故殺さなかったのか聞いてきた事があったな?」


「え? ああ、あったかもなあ」


「私はその時どう答えたか、覚えてる?」


 その言葉で、千歳はしばらく考え込む動作をする。本気で思い返しているのかは分からないが、次第にまた露骨な笑みを浮かべて私に返した。


「忘れた」


 ただ、その一言。だが、彼女の心が透けて見える言葉でもあった。本当は覚えているのに、ただ面白そうという理由だけで私に嘘をついたのだ。


 それも、隠そうとする気もなく、わざと嘘だと分かるようにしている。


 千歳はいつもそうだ。何事も面白くなりそうな方向で受け答えをする。冗談で済まない時だけ、流石に嘘をつくことはない。嘘をつく場面はかなり選ぶ質であった。


 この性質上、千歳の普段の回答は信憑性がほとんどない。


 私は懐に手を伸ばし、札を出そうとする。だが、それを察知した千歳は全力で屋敷から逃げ出した。


 そもそも、懐の札の予備が一枚だけで、追撃などできなかったことに気付いたのは、千歳が逃げきった後であった。




 そこから数日後、私は農村を訪れていた。朝焼けは消え、日は曇り空に隠れている。


 明け方の日が昇り始めた頃、靈山家に農民が一人訪れた。慌てた様子から事情を聞くと、異常事態が起きていることが聞き出せた。だが、その農民は過労の状態で、詳細を聞くのに時間がかかりそうであった。一刻も争うと判断した私は、急いで馬を走らせた。


 その村は馬を走らせて一時間ほどの距離にある。長い間走らせたため、この馬もだいぶ疲れたであろう。私は馬から降りると、手綱を握り歩き始めた。流石に馬は呼吸が荒く、汗を大量にかいている。農民に水辺の場所を教えて貰う必要がありそうだ。


 そうしていると、村人の一人がこちらに気付いて走ってきた。わざわざ呪術士の家に訪れるほどの、のっぴきならない事情があるのだ。あまりよくない話題であることは覚悟していた。


 男は私の前につくと、深々と頭を下げる。額から汗を流し、青ざめた表情をしていた。その表情から、何が起きたのかある程度察しが付いた。


「よ、よくぞおいでなさいました。呪術士様、こちらです」


「その前に、もう一人呼んでくれないか。この子に水を飲ませたい」


「わかりました。わかりました。おい、甚助(じんすけ)。呪術士様の馬に水を与えてやれ」


 男は少し離れたところにいる少年に声をかける。少年はそれに反応して、こちらに近寄ってきた。よそよそしくしながらも、馬の手綱をとり、移動を始めた。


 それを見送ると、男は口を開く。


「詳細については、使いの者からは聞いていますか?」


「いや、疲労で聞ける状態じゃなかった。現場に移動がてら教えてくれると助かる」


 そうして、事態の詳細を初めて聞く。


 男曰く、まず明け方に悲鳴があがったという。それを聞き駆けつけたところ、既に一人が殺され、身体を喰われ始めていた。


 妖怪の特徴としては、まず毛むくじゃらの人型。日が出始めた頃で影となりハッキリと姿を確認できたわけではなかったが、黒く見えたという。それは、こちらが近づくと、少年を一人攫って山奥に消えたという。


 男が話している間、声は震え、目線は山の方を向いていた。


 その山は、奇しくもあの人狼の妖怪がいた山であった。あの子に関係があるのかは分からない。ただ、疑いたくはなかった。


 男はあぜ道の途中で止まる。その先は、地面に赤黒い染みが広がっていた。染みの広さから恐らく被害者は確かに亡くなったのだろう。色は既に赤黒く、錆びた鉄の匂いが漂う。蠅や蟻がたかっており、少々鬱陶しい。座り込み、地面に手を伸ばす。血はまだぬめりがあり、完全には乾燥していない。


「遺体はどうした?」


「む、虫がたかり始めたから、もう共同墓地に運び込んであります」


 私は男に確認すると、村の奥の方を指さしながら答える。人だかりも見えたので、作業中なのだろう。


 私は立ち上がり、山の方向へ向く。


 木々の間をくまなく観察するが、怪しげな存在を見つけることはできなかった。その代わり、私に向けた視線だけはどこからか感じ取れた。


「呪術士様、もう山へ向かうのですか?」


「実害が出ている以上、放ってはおけない。確かめたいこともあるからこれからすぐに向かう。一つ確認するが、連れ去られた少年はどんな姿だ?」


「それであれば、私の腰ぐらいの背丈で、髪が切ったばかりで短くなっています」


「ありがとう」


 私はそれだけを告げると、振り返りもせずに山へ足を踏み入れた。




 人の通らない山道は、湿気(しけ)た土と朽ちた植物の匂いで満ちていた。それが胸の中に満ちると、思わず咳き込みそうになる。まるで私を受け付けないかのような印象を受けた。


 村にいたときから感じていた何かの視線は、今のところ絶えることはない。相変わらず視線の主はどこにいるのかが分からない。ただ、それは私を見ながら面白がっているように思えた。


 私の見た目から呪術士だと分かるはずなのに、視線だけで自分はここにいると主張してくる。逃げるような様子もない。余程の命知らずか、自信があるのかのいずれかだろう。


 そうして足を進めると、木々から鳥が一斉に飛び立った。何かから逃げるように、鳴き声を上げながら。


 そして、空から何かが前方に落ちた。周囲の気配を探りながらも、足元へ視線を送る。


 地面にあったのは、子供の腕。それは、何カ所も噛み傷がつき、肉が食いちぎられながらも、原型を辛うじて保っていた。




 一瞬の動揺と後退。山のどこかから、何かの笑い声が響いた。

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