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犬神歩めば呪いに至る  作者: 白海幽漣
平安時代編
16/18

16.朽ちながら咲く花

◆◆◆


 飛び散った血肉が、ひとりでに動き出す。それは、片腕を失った、顔面が潰れた遺体に集まっていく。徐々に集まりながら、顔が再構成されているのが分かる。


 その遺体の側には、一人の男。朽花(くちばな)の配下の一人だ。術による招集(しょうしゅう)で着いた頃には、もう既にこの惨状であった。元々遺体についていた腕を持ちながら、遺体の様子を見る。


 男が近づくまでピクリとも動かなかったのに、残った腕が突然動き出す。それは顔面を押さえ、状況を確認しているかのような素振りを見せた。


 そして、遺体の顔が修復されていく。耳を塞ぎたくなるような生々しい音。それとともに遺体の口元が復元されると、それは言葉を発した。


「……人妖は元々人間。かつて痛覚は人のままという話を聞いていたんだがな。腕を切れるほどの度胸はないと思っていた。だが、想定が外れた」


 遺体は顔が完全に直りきっていない状態で身体を起こす。修復は進んでいるが、それでも直りきる様子が見受けられない。


「朽花様、これを」


 男は千切れた腕を差し出す。だが、朽花はこれを、突っぱねて拒絶した。


「いらない。無理矢理引き千切られて断面が滅茶苦茶だろう。そうなれば、修復に時間がかかる。修復術は、かけた時点の物体の状態を維持させようとする結界術だ。だが、修復速度には限界がある。今回のように破損が酷ければ尚更だ。この肉体はもう捨てる。元々、運用限界が来ていたからな。人妖2体の様子はどうだ?」


 配下はその言葉を聞き、確認すると言いながらこの場を後にした。


 朽花は考える。


 この場で時間をかけすぎたのと、戦闘で騒ぎすぎた。この一帯は裏宰(りさい)の呪術士が多い。その内様子を見に来られても不思議ではない。


 そして、この肉体の状態で、3体も持ち帰るのは無茶だ。配下に狐とナズナを持たせたとしても、犬神(いぬがみ)を運ぶのは片腕だと時間がかかりすぎる。


 自身が五体満足であれば、配下の一人を無理矢理起こしてしまうこともできたであろう。命令外のことをされたばかりに、計画を変えないといけない。人間の面倒さを朽花は痛感した。


 今優先するべきは自身の安全と、ナズナの確保。それは配下が一人いれば足りると朽花は判断する。


 そうした考え事をしていると、早足で配下が戻ってきた。


 律儀に朽花の前で(ひざまづ)き、報告を始める。


「狐の方は目を覚ましています。もう片方は、片腕から出血し気絶している状態でした。狐が応急処置しており、仮にここに来るとしても時間がかかるでしょう」


「そうか、ならば気絶している配下は使えそうか?」


「いえ、いずれもまだ動けない状態でした。二人とも生きていることは確認しています。起きるまで時間がかかるかと」


「ならば捨て置け。そのうち裏宰(りさい)が来る可能性が高い。動かせるようにするほど時間は残っていない」


「あの人妖たちはいかがいたしますか?」


「放っておけ。私をここまでにした方は、もう片腕がない。万が一、再度対峙したとしても、大した脅威にならないだろう。それであれば、無理に殺す必要はない。


 何より、知っての通り、ここは裏宰(りさい)の縄張りだ。裏宰(りさい)が来れば、奴らは始末されるだろう。裏宰(りさい)の呪術士は執念深い者が多い。陰陽寮(おんみょうりょう)から枝分かれした、荒事専門の実働衆(じつどうしゅう)だ。いくら結界術の知識があったとしても、あの状態で見つかれば、只で済む訳がない」


「承知いたしました。それでは、あの実験体の回収と、朽花様の神体を移送させていただきます」


 それを聞いた朽花は、上着をはだけた。胸元に大きく縫い合わされた生々しい傷痕が露わになる。


 朽花は残った腕で、縫った糸を引き千切った。そして、胸の中に手を突っ込む。


 肉をかき分ける音が周囲に響く。その音もすぐに止み、胸の中から一つの物体が取り出された。それは、赤黒い木箱。ちょうど手のひらに乗る大きさの、正四面体。体液にまみれたそれを、朽花は配下に渡した。


「必ず、代わりの器をご用意させていただきます」


 配下は両手で木箱を受け取る。朽花は、木箱から手を離した瞬間に、糸が切れた人形の如く力尽きた。


 胸元に大きな穴を開け、身体はほとんど直る様子を見せない。遺体は完全に動作を停止していた。


 それを見届けると、配下は大事そうに懐に木箱をしまい込む。


 そして、矢が刺さったままのナズナを担ぎ上げた。




 そのまま立ち去っていく男の行方は、誰も知るよしもない。


◆◆◆

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