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犬神歩めば呪いに至る  作者: 白海幽漣
平安時代編
15/18

15.代償

 無限にも思える時間。朽花(くちばな)は何故かまだすぐ側にいる。


 左腕の痛みは、感情を塗り替えるには十分であった。


 身体中の体毛が抜け落ち、人であった時の姿に戻っていく。変化してしまった時、カンナの肉体が完全に変わってしまうのではと、少し心配していた。心配が杞憂に終わり、その点は安心したと言っていいだろう。


 だが、現状は絶望的だ。左腕は刀で貫かれ、背後の樹木ごと固定されている。刀には封印術を仕込まれた(くさび)を打ち込まれ、引き抜くことはできない。




 朽花は、私の手が届かない位置に立ち、目線を合わせてくる。そして、おもむろに懐から木片を取り出し、それを割った。


「今、控えさせている一人を呼んだ。来るまで時間がある。話せなくする前の、最後の話だ。

 本来であれば、持ち帰るのはナズナだけの想定だったんだ。

 お前たちが普通の妖怪であれば、私は無視して殺していただろう。

 だが、人妖であれば話は別になる」


 千歳から、離れた場所に情報を伝える結界術があると聞いたことがある。朽花が使ったのはそれだろう。


 今の私には抵抗できる余地はない。大人しく話を聞くしかなかった。


「人はなぜ、妖怪に変化することがあるのか。

 数多の恋文を破り捨てた結果、恨まれ、酒呑童子(しゅてんどうじ)となった伝承がある。

 妬み続け、恨み続けた結果、橋姫(はしひめ)となった伝承がある。

 故に、自他問わず、強烈な感情が溜まることが切っ掛けなのではと、考察している。

 呪いは感情。であるが故に、呪いを取り込み続けるナズナの肉体は、強烈な感情を後付けできる可能性がある。つまり、妖怪を人為的に作る切っ掛けにできると、私は考えている。

 蠱毒(こどく)も、似たような要領で呪いの濃度を高めるには便利だった。だが、生物を集め、共食いさせる工程は、如何せん効率が悪すぎる。

 そんなわけで、実際に人妖となったお前たちを調べたい」


「……どうやって? 私たちは何も知らない。いつの間にかなっていたものを、どうやって調べるというの?」


 痛みから汗が噴き出る。出血のせいか視界が少し霞む。それでも、意識を保つために口を動かした。意識を失えば、状況が完全に詰んでしまうから。誰も救えない状態になることは、避けないといけない。


「とりあえず、来歴を確認する。強烈な感情が発生した要因の確認のためだな。

 そこからは、片方を解体し、内臓を人間と比較してみる。何がどう変わっているのか、妖怪化の切っ掛けとなっていそうな部分はどこか調べる。ただ、これをやると殺してしまうことになる。もったいないが仕方ない。

 あとは、あの人狼の姿になった仕組みについても調べないといけないな。今回は戻ったみたいだが、次もそうとは限らない。

 ……さて、そろそろ無駄話はやめようか」


 朽花が懐に手を伸ばし、万事休すかと思った矢先、朽花の様子が少し変わった。


 懐から取り出した物を見ながら、何かを地面に捨てる。


 それは、(くさび)であった。落とした物は全て、折れたり曲がったりしている。とてもではないが扱える状態ではない。曲がった物を戻せるか試したが、それでも曲がった部分があったためか朽花は諦めたようだ。


「……さっきの攻防で壊れたか。安全を確保しながら動きを止める本数が残っていない。……仕方ない、倒れている奴に持たせた分を回収するか」


 朽花が背後を見せ、私から離れていく。それを見て思った。きっと、好機はここしかない。


 出血で頭がぼやけながらも、拘束から抜け出す方法について、一つだけ考えがあった。


 朽花は、『引き抜けなくなる封印術』と言った。それであれば、自分の腕を切り裂けば、脱出できるのではと言う発想が浮かんだ。


 刀は刃物だ。指が切れることも確認している。切れ味に影響が出ていないのであれば、不可能ではないだろう。


 強引で滅茶苦茶なやり方だとは分かっている。だが、今は他に何も思いつかなかった。


 刀は引き抜けないが、腕を改めて動かす。動かす方向は、上向き。下向きの刃が食い込み、更なる熱と痛みに襲われる。思った通り、自分の腕を切ることはできそうだ。


 だが、これは覚悟が必要な選択。


 痛みだけじゃない。カンナの腕を、自ら切り裂かないといけない。恩人の肉体を、私が傷つけることになる。


 一瞬カンナの顔が脳裏に浮かび、左腕を動かすことをやめた。カンナに頭を撫でられた記憶を想起する。無意識に、涙が溢れ出した。


 だが、それ以上に千歳が危ない。ナズナを救えない。今生きている友人を助けられない。苦しんでいる子供を救えない。


 千歳の日常的ないたずら。村の仕事帰りで、迎えてくれるナズナ。思い出が次から次へと浮かんでくる。それが、私のカンナへの執着を、一時的に振り払わせた。


 歯を食いしばる。体勢を維持するために、右手で刀を握る。足を伸ばし、左腕をより持ち上げやすくする。


 そして、刃は腕を切り進んだ。痛みで意識が飛びそうだ。火で焙られているのかと思うほど、断面が熱い。血がボタボタとこぼれ落ち、足元には血だまりができた。


 一度進めたのであれば、もう後戻りはできない。今は何も考えるな。雑念が手を止める要因になりかねない。何よりも、この拘束からの脱出に専念しろ。


 噛み締めすぎて、奥歯から血が流れた。うめき声が思わず漏れてくる。切り進めた影響なのか、もう左手は動かない。力も入らないが、もうそれで構わない。


 どれだけ時間がかかったのか、分からない。血と涙と様々な苦痛で顔はぐしゃぐしゃになっている。


 そんな状態で、最後の皮一枚が切れる。




 私は、拘束から抜け出すことに成功した。




 左腕は、もはや皮一枚で繋がっている状態。断面から血が噴き出す。きっと長く動くことはできないだろう。


 次にするべきことは、分かっている。


 痛みは無視する。雑念もない。私の足は、真っ直ぐ朽花の元へ向かっていた。




 朽花の姿を視界に捉えたとき、何かを叫んだと思う。多分、朽花の名を叫んだ。


 朽花はこちらに振り向き、ようやく普段と違う表情を見せた。驚いているかのような、状況を理解しきれていないかのような。


 朽花は私の腕を取ろうと構える。だが、準備ができていなかった影響か、私の動きに対応できなかった。


 朽花の手は空を切る。私は朽花の手首を掴み、思い切り引っ張った。力任せのその動きに、朽花の身体は耐えられない。


 ブチブチと音を立てながら、腕はそのまま引き千切れた。ダメ押しで手首を握り潰し、私はその腕を捨てた。


 片腕を失った朽花は、後ろに下がろうとする。だが、突然片腕をなくした影響か、朽花は体勢を崩した。そのまま地面へ仰向けで倒れた朽花に対して、私は追撃を行う。


 怒り、悲しみ、苦しみ、そして使命感。あらゆる感情が混ざりながら、拳を固めた。


 握り込んだ拳を振り下ろす瞬間、朽花が言葉を発する。その表情は、やはり無表情であった。


「なるほど、次に活かそう」


 その言葉を最後に、朽花の顔面に拳を打ち込まれる。地面に亀裂が入るほどの威力。地響きすら起きるそれによって、頭部が完全に砕け、血飛沫が周囲に散った。義眼は割れて、顔の外に飛び出している。頭が破壊されたためか、朽花の動きは止まった。




「……千歳と……合流……しないと……」


 ほとんど繋がっていない左腕の断面を押さえながら、私の足は千歳の元へ急いだ。


 片腕である今、私にはナズナをどうにかする手段がない。千歳と合流して、止血。それから3人で逃げる。そうするしか思いつかなかった。




 出血が止まらない。足元がふらつく。目も微かにしか見えていない。呼吸も荒く、自分でも生きているのが不思議だ。


 朽花を倒したことで、緊張が切れてしまったのも影響しているかもしれない。


 フラフラしながらも歩み続けていると、千歳が、起き上がろうとしているのが見えた。なんとか間に合いそうだ。そう思った矢先、全身の力が抜け落ちる。倒れたのに、身体の痛みを感じない。私の体力が、完全に尽きてしまった。


 そのまま膝が崩れ、うつ伏せに倒れる。指一本動かせない。あとちょっと、頑張らないといけないのに、私の意識は薄れていった。


 消えゆく意識の中、千歳が、私の名前を叫んだ気がした。

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