間章 奴隷少女
私は奴隷だった。どこで生まれたか、何が好きだったか、自分の名前ですらも、覚えていなかった。
それすら覚えていられないほどの痛みを与えられ、商品としての人間の形が作り出される程には、私という人間は壊れていた。あの日、彼女が現れるまでは。
その日、私はいつも通り檻に監禁されていた。いつも値踏みに来る男共の視線は今日も変わらない。下衆な笑みを浮かべるやつも、哀れみの視線をくれるものも、皆等しく、私を見下していた。
だが、今日は一つだけ違うことがあった。
いつもいるはずの見張りの姿がなく、いるのは値踏みに来た客だけしかいなかった。そしてその客の中に一人、私に特異な目線を向けるものがいた。
そしてその視線に気づいた次の瞬間、
_____辺りにいた男共は倒れ、一人の少女がそこに立っていた。
彼女は、何が起きたのかわかっていない私に向け、全く悪意のない笑みを浮かべる。
「やっぱり、ここに来て正解だった。面白い子がいるって話は本当だったんだね。…あ、君、大丈夫?」
私は縦に首をふる。痩せこけており、体中に痣はあるが、動けないほどではない。
「…丁度いいや。君、私についてくるつもりはある?」
私はその言葉に、少しだけ体が強張った。それは、奴隷として、という意味なのか、単純に善意なのかがわからなかったからだ。
「あ、奴隷として、っていう意味ではないから安心して。私はいま人手が欲しくてね。それに君が適任なんだ。まあ簡単に言うと、君にある力を私は利用したい。もちろん、その力を引き出せるようにするため協力はするさ。それで、どうかな?」
返答には少し困った。またここでの生活と同じことをされるのではないかと感じたからだ。だが、そこにある一縷の希望に、すがりついてみるのも悪くないと、同時に思ってしまった。まあいい。どう転ぼうが、ここより下はない。そう思い、私はその話を承諾した。
これが、私の師匠、影時との出会いだった。
・時系列的にはだいたい二年ほど前の夏の出来事です。
・この奴隷を売りさばいていた組織は、このあと影時一人によって壊滅させられました。その後、彼女がその一部の才能あるものを引き抜き、育てました。ただしこの二年で生き残れたのは影師、時羅の二人だけです。