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9.あなたがいてくれて嬉しい


「本日よりお世話になります、ベアトリーチェ・マクシスです」


 完璧なカーテシーを披露したベアトリーチェに向けられる冷たい視線は多い。それだけで、ここでのベアトリーチェの認識は『姉の婚約者を奪った悪女』であるのだと察した。覚悟していたというか、想像通りである。姉は本当に、色んな人に慕われていたから。


「お待ちしておりました、ベアトリーチェ様。私がこの屋敷の筆頭執事、セバスチャンと申します。ようこそ、カプリコス宮殿へ」


 美しいお辞儀で出迎えた老紳士は、彼の背に控えている者達の視線全てを振り払うかの様に柔らかく、そして優しく笑って見せた。それはまるで孫を見守る祖父の様な慈愛を湛えていて、きっと長く、長く、この大きな屋敷で子供達を見守ってきたのだろう。


「色々とご案内したい所ですが、まずはお部屋の方へお連れ致しましょう。お荷物は先にお運びしてあります」

「ありがとうございます。お願い出来ますか?」

「こちらです。足元にお気を付け下さいませ」


 イヴが幼い頃から住居としているこの宮殿は、国で三番目に大きいらしい。何代目かの皇帝は気分に合わせて御殿を変えていたらしいが、イヴにその趣味はなかった。現皇帝である父も、仕事で必要な時以外に別邸を使う事はしていない。今ではいくつかの宮殿を国民や観光客に開放する計画もあるそうだ。

 ヘリンボーンで整えらえた長い廊下を進み、白い大きな扉の前で止まった。可憐な花の意匠が施された美しい両開きの戸が開かれて、清い香りが漂う。洗濯されたシーツと、摘まれたばかりの生花の匂いだ。大きな窓から沢山の日を取り込み、太陽の温もりに満ちた部屋。


「……素敵」


 白と淡い水色で整えられた家具、絢爛さには欠けるが、静謐な美しさが心を落ち着かせる。色合いだけでなく、何処か昨日までの自室を思い起こさせた。初めて来た場所なのに既に居心地の良さを感じさせる。


「イヴ様のご指示で、出来るだけベアトリーチェ様のご実家と雰囲気を似せる様にと」


 立場や年齢、他にも様々な重圧がベアトリーチェの肩に圧し掛かっている。それはベアトリーチェ本人だけでなく、イヴにだってよく理解していた。理解しているからといって、出来る事がない事も。

 圧し掛かる重圧を取り除く事も、分け合う事もしてやれない。ならせめて自分が手を出せない部分“以外”を整える。眠りに落ちるその場所くらい、力を抜いて身を任せられる様に。少しでも、息を吐き易い様に。


「えぇ……とても、似ています。初めて来たはずなのに、ずっと前から知っていたみたい」

「それを聞いて安心いたしました。レトランテ様にご協力いただきましたが、好みの変化と言うのは予想が出来ないものですから」

「ふふ、お兄様は私の好みをよくご存じですわ」

「そのようですね。とても仲の良いご兄妹だと聞いております」


 白い猫の足が可愛いカウチソファは、ベアトリーチェが寝転んでしまっても余裕があるくらいに大きい。セットになったテーブルの上には薄紫の花と、メッセージカードが一枚。指先でなぞった文字は読みやすく美しい、強く跳ねる様な書体は、書いた人の性格を表している様だった。


 ──君が来てくれて嬉しい。


 まるで恋文の様な甘い言葉だが、きっと彼はそんなつもり欠片も無いだろう。ベアトリーチェを慮り、心を寄せてくれている事は分かるが、そこに色付いた感情を誤解する程、ベアトリーチェは自分の立ち位置を見誤ってはいない。

 味方がいる、君を歓迎する者がいると、きちんと言葉にして伝えてくれた。


 カードから視線をずらすと、丸い花瓶に生けられたラベンダーがある。硝子の花瓶も花も、素朴で清楚だが華やかさはない。婚約者に渡す花としては不合格の部類だろう、一般的には。

 爽やかな香りがベアトリーチェを鼻腔をくすぐって、確かラベンダーの香りにはリラックス効果があったんだったか。イヴがそこまで考えてくれたかはともかく、ベアトリーチェには最高の心遣いだ。


「イヴ様は、いつ頃お帰りになるのでしょう」

「暫くは遅くなるかと……ご用件があれば私の方でお伝えいたします」

「ありがとうございます。でも……お顔を見て、直接お伝えしたいから」


 素敵なプレゼントのお礼は、メッセージカードと綺麗なお花。帰ってきたイヴをおかえりなさいと出迎えて、ありがとうと一緒に渡す。カードを読んだ彼がどんな表情をするのか……きっと、穏やかな顔をしてくれる。


「……ふふっ」

 

 あぁそれは、なんだかとっても嬉しくて、幸せなんじゃないかと思った。


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