表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/2

後編

「どういうことだこれは……」

「ほ、ほんとに来ちゃった……」


 え、人の声ってか、


「君もいるのか!」

「ええ、なんか私もついでに飛ばされたみたいな……」


 隣に彼女が立っていた。明るい場所で見る彼女はまた違った印象を受けるが、今はそれを語っている場合ではない!


「き、君実はマジシャンだったのか。なんて大がかりな」

「こんな大がかりなマジック出来る人いたら世界がひれ伏します」


 的確な指摘、意外に冷静だなおい。


「これがあれか、最近聞くメタバースという奴か。なんて大がかりな」

「そんなマシンどこにもないです。そうだったら良かったんですけど……」


 これも違うのか。ではなんだと言うのだ!


「こうなるかもって、だから嫌だったのに……」


 その口振りは、彼女の占いが現実と化したと言わんばかりのものだ。そんな馬鹿な、こんなことあっていいはずがない。

 というか、さりげに俺へと責任転嫁してるようにも聞こえる。大人である以上今は責任を取るが、いやどう取れというのだ。俺の中の大人が音を立てて崩れていくぞ。


「本当の本当に異世界とやらなのか」

「本当みたい」

「なぜそう言い切れる! 夢かもしれないだろう!」

「二人して?」


 ないか、ないな。あるなら一人だ。


「どうしてこうなった!?」

「ああもうっ、これが見えてたからやりたくなかったのに!」

「見えていたのか?」

「見たままだよ、これが水晶に映ってた!」

「君もいた?」

「正直いた」


 じゃあ、ついでじゃないじゃん。当事者じゃん。


「これはさすがにまずい……」

「まずいって次元じゃないよう……どうするの? 大人なんでしょう? どうすればいいの?」


 うぐ、こんな時どうすればいいのかなんて、学校で教わってないぞ。

 ネットで「異世界 飛ばされた時の対処法」と検索したって、まともなものが引っ掛かるはずない。出てくるのはきっと乱造されたweb小説だけだ。

 というか、大人とか関係なくないか。


「まず、携帯が繋がるか確認しよう」


 これほど意味のない行為はなさそうだ。繋がったとして、どう伝えてどうしてもらえばいいのだ。


「繋がらないし、意味なくない?」


 分かってるならそんな冷たく言わなくても。

 営業トークの閉店だけは早いな! 帰れとずっと言っていたのに!


「待て、解決策はあるはずだ……」

「ここで新たな人生歩むとか? 私、ここで生きていく自信ない」


 今度は凄い落ち込みだ。どんな世界か分からないが、とりあえず転生ボーナス的なものは見当たらない。

 というかこれは転生ではない。

 聖女でもなければチートでもない。

 追放もtsも、勇者も魔王も今のところは見当たらない。


「ああっ! イケメンだからって口車に乗るんじゃなかった! 私の馬鹿! あんたの馬鹿!」


 ぐぬぅ、好き放題素になりやがって……大人だからと遠慮なしに!

 頭を、頭を使うのだ。現実を受け入れ解決策を導き出す。

 大人である以上避けては通れない!

 その時、


「ん?」


 と、何が(ひらめ)いた。いや、引っ掛かった。


「これは、そもそも占いなのか?」

「占いの結果。私に文句言わないで……」

「占いというか、呪いではないのか?」

「呪いは精度が下がるもの。異世界とか関係ないもん……」


 また今度は幼くなりおってからに。


「違う、呪いの占いの結果飛ばされたのではないか、と訊いているのだ」

「いやそうだけど、それがなんですか」


 察しの悪い。


「つまりだ、日本に戻る占いの結果を得れば、四分の一の確率で戻れるだけの話ではないのか?」

「あ……」


 ポンッと手を叩き、彼女は言う。


「お客さん、それだ!」

「な」

「やだイケメン! 中身もイケメン!」


 どうやら加害者からお客に戻れたらしい。あと彼女の主観によるイケメン枠にも戻れたようだ。そっちは正直どうでもいいが。いや違う、気になる異性でなければこの呪いは成立しない、発動しないのだ。

 となると、大人というかイケメンを演じねばならないのか。どうやって? やったことないぞ?


「じゃ、じゃあ、水晶もテーブルあるし占いますね!」

「うむ、そうしてくれたまえ」


 なんか違うが、とにかく占ってもらおう。

 四分の一の呪われた占い、正直時間はかかるだろう。


 --彼女の顔つきは大自然の中、真剣そのものだ。

 この場所でなければ、熟練の占い師に見えたかもしれない。

 だが草原の中、稜線をバックにしているとなんとも間が抜けている。

 しかし、それを指摘する余裕はないし失礼というものだろう。


「ふぅ、よし出た」


 最初の占い結果が出たらしい。ここは大人しく聞いてみよう。


「うんっ……あれ……」


 彼女の顔が険しくなる。


「悪役令嬢にざまぁ? ううん、ちょっと待ってこれ実現したら、誰が何をすればいいの?」


 君が俺に超ド級のざまぁを食らわせてくる感じになりそうだから、それはやめてくれ。


「聖女だけど中身は少年? 転生マイナスから始まる異世界奴隷戦線?」


 タイトル付け始めるのもやめよう。

 聖女なのか奴隷なのかも分からない。

 そんなの大人でも対処出来ようはずがない。


「これはアフリカっぽい……」


 国境というか海越えるのもやめて欲しいが、え、それでよくない?

 ーー飛ばない、ダメか。大使館に逃げ込めば野生の王国生き抜いて脱出、みたいな苦労はないんだが。ただどうやって、と経緯を説明するのが難点なだけだ。


「これは……これ見たことあるけど……」


 困惑を漂わせているが、今度はなんだ。


「戦争してるかも……」


 誰かウラジミョールを止めろ。正直近いんだ、そこで妥協したかった。


「あの、凄く疲れてるんですけど……」

「君がそれでいいなら休みなさい。ただ、もう十時過ぎてるからな」

「はい……学生は家にいる時間だよね」


 君は風呂入って寝る時間だ。中学生め、早寝早起きも学生の務めだぞ。


 ーーなかなかうまくいかない、腹も減ってきた。

 とはいえ中学生をこれ以上酷使していいものだろうか。いや、これは本人のためだ。というかさっきから、なんか野生の臭いがする。獣的なのに対抗する術はないし、どこに逃げればいいのかも分からん。


「これって、これ日本かも!」


 きたか!


「うん、うん日本だ、これ日本だと思う」


 思うでは困る。凄く似た別の異世界だった時、ちょっと場馴れしてるだけに過ぎない。


「すまんが、これは私も見ていいものなのか?」

「ダメっ! 仕事中です、ご遠慮願います」


 キッと睨まれては、そういうものなのかと納得するほかない。


「ああ! ほんと良かったー、これ大丈夫だと思う!」

「思うではなあ」

「ごほん、日本です。四分の一引けたら、帰れます。だって、通天閣があるもん」

「またガラの悪いところに……足代どうするつもりだ。というか、一泊だろそれは」

「しようがないんです、帰れたらいいの! イケメンなんだから、文句言わない!」


 イケメンは文句を言う権利がないのか。知らなかった、世のイケメンに不満はないのだろうか。いつか爆発して、暴動とか起こしそうだが。世界のイケメン達の忍耐には感服するほかない。


 ーー結局大阪には飛べなかったが、散々苦労した結果元の場所に戻れそうになった。


「よ、四分一ですから、次は大丈夫だと思う」

「大丈夫だ問題ない。野生な奴も危険ではないようだし」

「良かった……私足遅いから」


 速くても獣には勝てない。それはともかく、


「もう零時になってしまってる。君には本当に申し訳ないことをした」

「いいですよ、大丈夫。次こそ飛べます。私達は飛べる! きっといつか飛べるから!」


 やばい宗教にハマった奴みたい。いや、クスリかもしれない。やばい呪いなのは間違いないんだが。


「しかし、ご両親にどう顔合わせすればいいのやら。私が心から謝罪しよう。分かってもらえるまで謝るよ」

「いいですって。というか、私子供じゃないし……」


 いつまでその設定でいくつもりなのだ。働いている時点で、誤魔化したくなるのも分からんではないが。


「無理するな。年などいずれ取る」

「あのですねぇ……」


 と、彼女は膨れっ面をつくってみせた。

 それから胸を張り口を開く。


「私、二十歳です」

「精神年齢?」

「肉体です」


 生々しい言葉をチョイスするな。身体と言え身体と。いやこっちも大概だ。社会的構成員として、とか? うーむ、迂遠(うえん)で伝わりにくいな。日本語は難しい。

 今は置いておくとしよう。問題は別にある。


「馬鹿言ってはいけない。こんな二十歳どこを探してもいない」

「いますよ目の前に」


 全く、どうして年上に見られたいのだ。

 年齢が上だとマウントでも取れるというのか。

 うん、取れるな、散々やっていたような気がする。

 これはダメな教訓を与えたかもしれないが、事実を塗り替えるのはよろしくない。


「君、そういう嘘をついていると地獄で閻魔様に半殺しにされるよ」

「なんで閻魔様そんな厳しめなんですか……」

「日本ではそういう教えなんだ。だからみんな嘘をつかない」

「つきまくってます」

「文句は政治家に言ってくれ。少なくとも私はつかないよう努力している」

「はいはい、分かりました。お客さんは中身もイケメンです」

「大人と言ってくれたまえ」


「はぁー」と彼女は今日だけで何度も見たため息をつく。


「どうしたら信じてもらえるのか」

「占い師などという怪しげな職業から足を洗えば考えよう」

「職業否定しないで……」

「すまない、大人はずばりだ。心理カウンセラーと占い師のどっちを信じる」

「出来ればどちらも」

「資格が必要ないと言ったのは君ではないか」

「結構持ってる人いますよ、占い師で心理カウンセラー。似たような仕事だし」

「しかし君は持っていない。そもそも取れる年齢でもない」

「もーっ、お客さんほんとしつこいっ!」


 なんでキャバ嬢に迫る迷惑客みたいな扱いされてるんだ。全く、近頃の中学生は。


「身分証を見せるんだ、信じて欲しいというのなら」

「出た倒置法」


 そういうつもりじゃない。


「ていうかですよ、身分証なんて軽々しくーー」


 --また突然のことだった。

 景色が一変し、見慣れたシャッター通りがはっきり見て取れる。なんと薄暗くみすぼらしい、格段の差だ。


「帰れた……」

「うん、帰れたな」


 元の場所からほんの少しずれているだけ、素晴らしい精度だ。彼女の占いもかくあって欲しい。

 疲労も不安もあったろう、ホッとするのは当然だが、彼女は泣き出してしまった。

 感情が爆発したように、涙を流し大声で泣いている。


 静寂に包まれていたシャッター街に、彼女の泣き声が延々と響く。

 俺の制服を掴み、声を詰まらせる女の子を見ているのは辛い。

 それでもひとしきり泣いて落ち着くまで、俺は待った。

 早く送らねばならないと考えはするが、心の整理も必要だろう。


「あの、すみません、ほんと、私のせいなのに……」


 どうだろう、俺のせいでもある。何にせよこういう時、責任を取るのは大人の役目だ。

 意図せぬこととはいえ、娘さんを異世界に連れ去るなどという危険を犯した。大人としてご両親に詫びねばなるまい。

 洗い流すよう涙を流し、彼女も落ち着いてきたようだ。急かさぬよう先に伝えたことを再度告げると、


「いいですいらないです! 混乱するだけというか信じてもらえないです!」


 だろうな、とは思っていた。

 参った、とすれば送り届けるぐらいしか出来ない。

 涙を拭う彼女を前にしてなんだが、こちらが泣きたい気分だ。いや大人は泣かぬ。

 泣くのは脛をぶつけた時と「栄転だおめでとう」と言われ、治安が中世レベルの国外に飛ばされた時だけだ。いくら大人の私でも、豊田市の元社長のように成り上がれる自信はない。


「家はどこだ。場所によってはタクシーを捕まえねばならない」

「あ、それは近くなんで大丈夫です……それより」

「ん?」


 それよりなんだ。大人の責務より勝るものなどないはずだが。


「えーっと、支払いお願いします」


 いたずらな目をした彼女に、俺は何を言えばいいのか分からない。異世界への移動代とか請求してこないだろうな。


「いくらだ、お試し料金以上は払わんぞ」

「頑張ったのに……」

「む、ぼるつもりか。ならんぞ、評判を落とす」

「また武士みたいな話し方して」


 大人なだけだ。


「で、いくらだ」

「だったらなんですけど」

「だったらなんだ」

「ちょっとした提案があって...」

「ちょっとした提案とな」


 どんな提案だ。そもそも財布にいくら入っていただろう。大人として手持ちを把握していないとは迂闊に過ぎる。であるなら問題は提案だ。体面を保つには一端聞くほかない。些か警戒していると、


「お客さんの連絡先、教えて下さい」


 目を腫らした女の子が、そんなこと言うとは。

 うむ、完全に常連客にしようとするキャバ嬢のやり口。

 なんというマセ方。

 これが令和、Z世代という奴か。

 世代格差、こればかりはどうすればいいのか皆目見当も付かない。

 何せ私もZ世代。格差も何もなかった。


「支払いはそれでいいのか」

「そうですね、なんか色々ありすぎてお代いただくのも気が引けますし」

「しかし、常連客になったところでだ」

「ああ、そうか……」


 意識してしまう異性相手では、また呪いが発動してしまう。


「変装でもするかな?」

「あ、来てくれるんだ!」

「なんというか、心配で仕方ない」


 俺程度で心乱され呪いが発動するようでは、先が思いやられる。ここを通る男子学生はそれなりにいるのだ。全て門前払いしていては、女性しか相手出来ないではないか。

 その方向でいくのも良いが、まだ客を選べるようには思えない。というか、この仕事自体どうにも応援出来ない。俺がいなければ日付が変わるまでやるつもりだったとか、危なっかしいにもほどがある。

 警察に補導されるのも目に見えている。地方公務員の仕事を増やすのは心苦しい。

 大人として、他の大人に配慮するのは当然のこと。子供を守るのは更に優先される。


「連絡先で良いのだな」

「うん、ちょっと待って。スマホ同じかな」


 そんな気にすることだろうか、やはり子供らしい。スマホの違いなど、二者択一な現状だ。フルーツとロボの違いがなんなのか。

 とにかくと出して見せれば、


「あ一緒! じゃ、送って」


 笑顔になっている。ことのほか好評、同類を見つけた気分かもしれないが、やはり二択だ。


「うむ、繋げば良いのだな。いやちょっと待った」

「はい?」

「端末の名前、きちんと設定しているかね」

「ええっと、きちんとバレないようにしてあります」

「ならばよかろう」

「心配性ですね」

「当然、大人は慎重を期すから大人なのだ」


 はいはい、と彼女は苦笑するが、用心を説くのもまたこれ大人の役目なり。

 交換し終わると、なぜか彼女は目を見開いている。


「あの、これ、実名っぽい偽名ですよね」

「何、名を隠すほどの者でもない」

「それ普通逆じゃないですか」

「隠した大人な客を信用出来るのかね。まあ、私が客になれるかは君次第なのだが」

「そ、そうですね。うん分かった。ありがとう!」


 常連客候補を捕まえて嬉しそうだ。本当に大丈夫なのだろうか。俺は心配しかないぞ。仕事も呪いも、とても真っ当とは言えない。


「仕事の日は毎日連絡するといい」

「ま、毎日? ほんとに、いいの?」


 ちょっとタメ口になってきているが、気の緩みと見逃してやろう。もう仕事は終わった。占い師と客の関係になれるとも限らない。


「毎日来れるとは限らない。しかし、見守っているという事実があれば少しは安心出来るのではないか」

「なんだ、毎日会え……来てくれると思ったのに」


 露骨な拗ね方、隠そうともしない。全く、最初から子供らしくしておればいいものを今更。


「努力はする。どうせ通り道だ」

「うん、そうだね、毎日待ってる。ここにいるから」


 目を輝かせているな。微妙にプレッシャーがかかるぞ。

 スマホを眺めるだけの日々が続いたら「久しぶりに占ってみない?」とか極悪な無邪気さを押し出して来るかもしれない。

 それだけはなんとしても阻止せねば。また異世界に連れていかれるのは困る。次は逝ってしまうかもしれんのだから。


「では送ろう」

「いいってば! すぐそこだって言ってるじゃん!」

「じゃんもジョーもない、子供一人帰宅させる大人がどこにいる。そんなに信用ならんなら、通報せねばならなくなる」

「またそれ!? もう……ちょっと心配性過ぎるよ」


 なんか姪っ子と話してる気分になってきた。完全に他人だが、実は親戚かもしれない。


「分かった、近くまでね」

「素直でよろしい。玄関まで見送る」

「それはダメ。いいけど、それは早い」


 どっちなの。

 女心と秋の空。移り変わりの早さをそう言う。

 乙女心と初夏の夜。矛盾していることを堂々と言う。

 うむ、辞書で調べてみる価値もなさそうだ。子供の特性であろう。


「ついこないだまで私も中学生だった」

「はいはい。どーせ童顔ですよ。マスクしてても」

「中二病に罹患し生死をさまよったこともある」

「マジで!?」

「高熱にうなされ、敵は本能寺にあらず! とか口走っていたいたらしい」

「本能寺の変が、光秀心変わりの変に変わっちゃうね」

「うむ、あの時実は転生しかけていたのかもしれない。今思い出しても恐ろしい作り話だ」

「そう思ってた」


 よろしい、これぐらい真に受けていては占い師など務まらない。


「ブルータス、お前もじゃん? とかはなかったの?」


 む、なんかよく分からないがシュールでいいかもしれん。万人受けする小粋なジョークを磨くべきで、そっちに行ってはいけないのだが。

 しかし俺はこちらが好みだ、それ用に取っておいてもらうか。


「ではいくぞ」

「うん」


 二人、深夜の寂れたシャッター通りを歩む。

 静けさがやかましく、先ほどまでの会話の忙しなさを際立たせる。俺は今日、いい出会いをしたのかもしれない。ふとそんな思いが頭をよぎる。


 角を曲がり、平凡な道をまっすぐ進む。

 彼女の家は近いらしい。本人が嫌だというのでご両親には会わないが、大人としての課題が残ったと思えばいい。一足飛びでなれるものでもない。


「なんか、今日は無茶しちゃったなあ」


 零れるよう、彼女は呟いた。


「初めてお客さんが来て、なんかイケメンで、あり得ない占い結果が出て、四分の一引いちゃって……」


 さぞ疲れたろう、明日学校を遅刻したとて誰が責められようか。責められるは俺と呪いだ。というか呪いってなんだ。どういう経緯かいずれ確かめねば。


「うん、やっぱりフェアじゃない」


 うむ、中学生に呪いなど不要である。もし犯人がいるとればいかがせん。成敗つかまつりたいが、ご法に触れる。むぅ、大人としてどうすればよい。


「私は仕事だけど顔も見たし、連絡先も本名だって知ってる」

「知ってるというか教えたし見せただけだな」

「年下君かあ……」


 それ、絶対押し通す予定なのね。


「これからもその大人設定に付き合うと思うと、こちらも少々気が滅入る」

「いやそれこっちの台詞かも」

「どっちなのだ、かもなのかそうなのか」

「知らない」


 むぅ、さすが乙女心と初夏の夜。早速使う時が来るとは。


「好きにすればいい。私は大人だ、終始余裕しかない」

「そっか、じゃあやっぱりフェアじゃないから今日すませる」


 フェアネス精神を持つのは良いことだ。ノーサイドの精神も持てば更に良い。君はいずれ、大人の階段をトントン拍子で昇るだろう。


「よしっ」


 と言って、彼女は立ち止まった。


「む、近くに着いたかね。玄関まで見送るべきと、やはり思うのだが」


 街灯の下、彼女は一人佇んでいる。


「どうした、軽妙なトークなら明日でも出来る。時間を考えれば会話より帰宅と充分な睡眠だ」

「話すのはね、明日でもきっと出来る。信じてるし、感じてる」


 なんか占い師っぽいこと言い出した。

 街灯の灯りに包まれた彼女はどこか、魔法使いを思わせる。異世界になど行ったからだろうか。俺も疲れているらしい。


「はい。今日は送ってくれてありがとう」


 彼女そう言うとぺこり頭を下げ、それから耳に手をやりマスクを外してみせた。

 手を伸ばせば届く距離、真っ直ぐな目でこちらを見ている。

 しばらく、見つめ合う時間が続いた。

 時間が止まっているのだろうか。その光景は静止画のようで、暗闇の中鮮やかに彩られている。

 さすがに間が持たなかったらしい、彼女はわざとらしく咳をして、


「そっか、感想はなしと」


 ついとそっぽを向いてみせる。思わず、


「いや、美しい」

「へ?」

「見とれていた。見惚れたのかもしれない」

「え、あ、いや、それは期待以上……というか想定越えてる……」

「む、気に障ったか。確かに、年下に美しいは適切と思えない。待ってくれ、今適切な表現を用意する。しばし待て」

「いい、いい! ありがとうございますお世辞でも嬉しいよ!」


 ぶんぶんとかぶりを振っている。

 せっかく美しかったのに、おてんばな奴だ。

 しかしやけに素直な言葉が出てしまった。


「世辞ではないのだ。可愛いと言うべきだった。中学生ならばその方が相応しい」

「いいってばもう!」


 深夜というのに大声を出し、慌ててマスクを着けている。

 それでも顔を赤くしているのが、街灯の灯り程度でも分かった。

 むぅ、やはり率直に伝えればいいというものでもない。多感な年頃の女の子を傷つけず、事実を伝えることの難易度がこれほど高いとは。

 こないだまで中学生だったクラスメートの女子に、どうすればよいか教えを乞う必要がありそうだ。


「で、本当に送らなくていいのだな」


 話をするっと変えるのが大人の技術。今重要なのは安全と睡眠である。


「もう充分送ってもらったよ」

「何、近所か。ならやはり送り届けたい」

「今日は絶対ダメ! 絶対無理だし、普通そうじゃない! もう!」


 今度は怒り始めた。送るのは今日だけにして欲しいのだが。先が思いやられる。


「致し方ない、気を付けるのだ」

「うん、そっちも気を付けて」


 優しい響きに寂しさが込められている。そんな印象を受けた。やはりこの時間一人で帰るのは心細いのではないか。

 そうだ、俺はとんだ勘違いをしていた。


「そうか……なんと気の利かぬ。私は大人失格だ。すぐに気付くべだった……」


 情けなくも自覚する。これでは大人になどなれない。


「いいってば、ほんといいから。今気付かれても、私もなんか申し訳ないし。だって、一応初対面じゃない」


 やはりそうか。


「うむ、その物言い実に良く分かる」

「はは、もうほんとそのノリ可笑しい」

「可笑しくともいい。そう、なぜご家族に迎えに来てもらうという発想に至らなかったのか」

「……へ?」

「ご家族と初対面になるが、それを避けるのは実に不自然。君の意見を尊重するようで、実は自分勝手な己の都合。会ってしまえば詫びねばならぬ。結局私は、謝罪を避けていたのだ。そう思わないか?」


 確認のため言葉にしたが、彼女は閉口している。

 やはり、ずばりであったか。


「むぅ、実に大人失格。大宰もあの世で嘆いておろう」

「太宰は心中未遂し過ぎだよ。あなたそんな酷い人じゃないから。あの世じゃなくて自宅まで送ろうとしていたんだから」


 なんと、彼女に気を遣わせてしまうとは。


 閉口していたのに、なんと滑らかなダメ男ディスり。いかん、すぐにでも取り戻さねば。大人の免停どころか国外追放される。治安が古代レベルのこの世の果てまで飛ばされてしまう。


「すぐに連絡するといい。遠慮はいらない。覚悟は今出来た」

「しても寝てるって」

「そんなわけなかろう。我が子が帰って来ぬのだぞ」

「まあ、一人立ちしてるからたまにしか帰って来ないよね」


 一人立ち設定まで追加されてしまった!

 なんでそんなに気を遣うのだ!


「やめるのだ、私の立つ瀬がない」

「私も立つ瀬がないよ」

「なんと」

「なんと」


 むぅ、大人をおちょくりおってからに。同じ言葉を重ねるな、情けなさが際立つ。


「どうしてもというのか」

「うん、なんかもうどうしてもだよ」


 ダメだ、凄く嬉しそうな顔をしている。大人を手玉に取れたことが楽しいのだ。しまった、この年頃とはそういうものだ。


「世が世なら腹かっさばいてしかるべきところだが……」

「うん、じゃあ次失敗したら、考えてみよう」

「うむ、失敗の一つや二つで挫けていては、前に進めぬな。配慮いただき感謝する」

「私も感謝しかなくなってきた。ほんとに、私今嬉しい」


 そりゃそっちは満足だろうよ。こっちはどうなるのだ。

 しかし満面の笑み。

 守りたいこの笑顔。


「帰ったらメッセージを送るのだ。道中電話をかけるといい」

「かけても一瞬だよ?」

「そんなに近いのなら早く帰るのだ。見送ると言うておるのに」

「だから、それが……ほんと仕方ない人だなあ」


 呆れるのも仕方ない。しかしなんだ、これでは俺が指導されているようではないか。

 そうか、やはり俺はまだまだ大人になれていない。

 ただ、大人びたことをする、それだけの存在なのだ。

 なんてちっぽけであろうか。それに比べれば彼女は立派そのもの。素行はともかく、占いで食べていこうと行動に移している。

 お陰で異世界送りという現実離れした目にあった。

 ……うん、これ行動に移してはいけない奴だ。

 立派と思ったが全く話にならない。俺も彼女も、まだまだこれからだ。


「帰るのだ。話せば話すほど長くなる。反省会などいつでも出来る。時間は有限なれど、それぐらいの余暇は私にもある」

「そうだね、私もあるなあ」

「返事などよい。さあ行くのだ、背中を見守るぐらい悪くなかろう」

「私が見送りたいな」

「なんという死体蹴り、容赦の欠片もないな」

「そう? そうなんだ、ごめんね」


 やはり嬉しそうだ。くそう、いずれこの借りは返す。


「今日はほんとありがと。返事はいらぬ、私は帰るのだ。いや、帰るぞよ」


 おどけているが、言葉はもう必要ない。沈黙を返答とし、促す。

 ようやくのこと、彼女は背を向けて歩き出した。さて、その背中本当に見送るべきか。

 俯き迷っていると、スマホが鳴った。


[見てるぞー早く帰りたまえ]


 顔を上げると、マスクを外した彼女が手を振っていた。全く、どこまでもマイペースな。最初のキョドりはなんだったのだ。演じおって、これだから女というものは始末に終えぬ。

 見ていれば、いつまでも手を振っていそうな印象を受ける。仕方なし、(きびす)を返し俺も帰路に着く。

 さて、安全は確保されているのだろうか。不安で仕方ない。


 だが世の中には送り狼という言葉もある。


 マセた彼女が、それを言っていたことぐらい俺だって気付いていた。

 その警戒心は正しい。しかしこちらは大人びている。

 来年十八歳になる者と、およそ中学校を卒業せぬ者となら慮外してしかるべし。

 二十歳と三十路の関係とは天と地ほどの差があろう。年の差なんて話ではない、安全な環境を保つことこそ社会の大命題なのだ。


 もはや懐かしきシャッター街に入ると、再び彼女からメッセージが届いた。


[もう寝る準備してるー。今日はありがとう、また色々話そう。私はもう寝るね]


 続けて、


[正直ね、童顔って言われると思ってた。さあ寝るぞよ]


 寝るアピールし過ぎだろう。寝る寝る詐欺だ。

 童顔と、それで押し通すつもりだったのか。甘く見られたものだ。やはり分からせねば、呪いの件も含め彼女は放っておけない。


 今日は本当に反省だらけの一日だった。

 大人の階段きつすぎ、俺はまだ高校生さ。

 新鮮なのに懐かしのあれは、シティポップに入るのだろうか。節付きで呟きたいこの気持ち、どうすれば。

 頼りない自分を叱咤しつつ、歩を進める。

 もっと厳しい道を歩く人達が、世の中にはいるのだから。


 シャッター街を通り抜け我が家へ、もっと早く帰るはずだったのに、一体どうしてこうなった。

 きっと彼女はもう眠っているだろう。「力を使いすぎた」とか言ってばたりと眠り込んでるはずだ。ご家族がそれで納得するか、全く、心もとない。

 こちらは明日からの課題が山積みだ。


 せめて一日の心残りだけはなくし、整理を付けたい。

 歩みを止めてから携帯を取り出す。決して歩きスマホはしない。大人が見本とならねば誰がなる。

 そしてメッセージを打つ。

 文面はこうだ。


[童顔などと戯言(ざれごと)を。美しいものを美しいと評しただけのこと。次からは気を付けて可愛いと言おう。約束は(たが)えぬ]


 ふむ、これですっきりだ。


 再び歩を進めようとしたが、今俺何をした。

 おい、美しいとか可愛いとか素直に言えばいいってもんじゃないだろう!

 ただでさえ年頃の女の子、容姿ばっかり容姿ばっかり! と気にしたらどうする!

 最後の最後にまた間違いを!


 大丈夫、今すぐ削除すればきっと読まれたりしないーー既読付いてる。寝たんじゃなかったのか! 寝る寝る言うてたくせに!

 怒られてたのか、親御さんにこってり絞られていたのか!

 それでは俺が悪いということになる!

 いやそもそも悪いが、呪いってなんだ!


「ああ、もうなんてことだ……」


 嘆きの道が我が家まで続いている。

 俺は今日、己を知った。

 大人びたことをすると決めたのに、失敗を重ねただけだった。なんの解決もなく、いたずらに彼女の呪いを発動させてしまった。

 そして最後にこれだ。


 そうか、これがルッキズムの正体。

 全て外見で判断してしまう、なんということだ。

 奴らの言っていたことは、実はこういうことではないのか。ただの面倒な奴らではなく、人生訓を若人に示す立派な大人達……。

 むむ、面倒なくせに更に面倒な存在になりおって。


 失望に(あふ)れていた。

 暗い道路は、確かに暗い。

 深夜も深夜、俺の心も真っ暗だ。

 そう、そうかもしれない。

 それでも俺は帰らねば、また一歩踏み出すことしか出来ない。

 失敗を糧に、更なる成長を遂げるのだ。

 うん、少しだけ前向きになれた。

 こんなことで落ち込んでいては真っ当な大人になれぬ。

 そうだ、さっさと帰り課題は明日とするしかない。

 我、帰路に着くなり。


 その時、突然音がした。

 何か冷たい感触もする。

 どうしたことだ、ただの地方都市の道端で、何が起きているというのだ。

 暗がりを見上げるまでもなく、それは落ちてくる。

 よくある自然現象。

 雨が降っていた。


「雨、雨だと……」


 おかしい、彼女が最初に言った雨に降られるは、明日……違う、もう日付が変わっている。


「なんて精度だ! 君は神か! 占い界に突然現れたアイドル系占い女子か!」


 冗談ではない、なんだこの凄すぎる占いは。

 とんでもない逸材と出会ったのかもしれない……。

 やはりこの出会いには意味があった。

 そういうことなのか。

 まるで啓示のようだ。

 おお神よ! 占いの女神よ!


 ーーと、勘違いする輩が沼にはまっていく。


 たまたまだ。偶然はそう続かない。

 異世界だって、異世界と確定したわけじゃない。

 いやあれは確定してそうだったけど、ガチっぽいけどたったの一回。

 ふふ、稀によくあること。


「我々は真相を究明するため、再び出会うことになるだろう。アマゾンの奥地へと向かうかもしれない」


 我ながら苦しい解釈だが、今はそれでいい。

 なぜなら、


「俺はまだ大人じゃない」


 たったそれだけのことが、自分を救い肯定する。

 立ち尽くしたままスマホを取り出す。

 文面はこうだ。


[雨降るの知ってたなら、傘貸してくれてもよかったんじゃないだろうか。それともそれは、貸してくれと言わなかった私の責任だろうか。つまり今、雨に降られた。詳細は明日、いや今日話すことになるだろう。さっさと寝ていることを期待している]


 また会おう、占い師よ。

 俺は再び足を踏み出す。

 濡れて滑る道を慎重に。

 一歩一歩、それでも確実に歩み続ける。


 今日がもう、待っている。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ