前編
最近のマイブームは、大人びたことをする、だ。
理由は来年投票権を得るからである。
十八歳ともなれば一応大人扱いだ。無論、シルバーデモクラシーに一石を投じる覚悟は出来ている。たぶん死に票になるが笑える候補に入れたい。選挙はお祭りだ、報道を見ていれば一目瞭然だろう。カーニバルは楽しんでなんぼという姿勢を忘れてはならない。
その他の法的な成人年齢は二十歳からだが、無事大学を卒業すれば晴れて社会人ともなる。
今から準備しておくのも悪くはないだろう。
我が家の近くには寂れたシャッター商店街がある。少し離れた場所に複合商業施設が出来たのはいつだろうか。結果ここは寂れに寂れ、ご丁寧にシャッターまで錆びている。現代の侘び寂びかもしれない。
そのシャッター街の一角に珍しいものを見かけた。
ポツンと木製のテーブルが置かれ、一人の女の子がマスク姿で腰かけている。見たところ占い屋のようらしい。
年はいくつくらいだろう。少なくとも俺よりは幼く見える。このご時世、例の世界的流行り病の影響で皆マスク姿だ。かくいう自分はといえば今から装着するわけだが。寂れたシャッター街でマスクを付ける理由は特にない。
時刻は午後六時を過ぎた頃だった。
「ここは占い屋なのかい?」
スマホを睨み付けていた女の子に話しかけると、ハッとした顔で見上げてきた。やはり幼い、どこ中だろう。意外と中学の後輩かもしれない。
「あ、はい占い師です」
「ほう、その年で占い師とは珍しい」
「そうですか? 別にそうでもないような」
声もなんだか幼い印象だ。中学生で占い師、家業を継いだわけでもあるまいし、やはり珍しい。というより不自然だ。部活、いやサークル活動や趣味だろうか。
「ううん、ところで君は一人か? 師匠がいて店番してるだけとか」
「あの、すいませんちょっと待って下さい。今話しかけないでもらえますか」
む、商売っ気のない子だ。やはり趣味の類いだったか。
「なんでだい。不審者にでも見えるのかな」
こちらは学校帰り、堂々たる制服姿だ。
「いえ、今ちょっと目が話せなくて」
「何見てんの」
「占いサイトです」
自作の占いサイトだろうか。なるほど、アクセス数やら相談内容やら、目を通したくもなるだろう。
まあそういうことなら待つしかない。彼女よりは大人である。大人びた者は急かしたりしない。
立ったまま眺めていると、
「ううぅ」
と彼女は言葉にならぬものを漏らした。
「塩梅は、よくなかったのか」
「はい、ここずっとダメです」
先ほどから、とても素直に応じてくれる。警戒はされていないようだ。ならばと続ける。
「何がダメなんだい」
「占いの結果です」
ふむ、結果伴わずということか。苦情でもきたのかもしれない。
「何を占ったんだ」
率直に尋ねると、彼女は年齢を感じさせる拗ねた顔を見せた後、つまらなさそうに言った。
「このお店がうまくいくかどうかです」
うん? どういうこと?
「自分の占いサイトだろう?」
「いえ、有料の占いサイトです」
「君の」
「違います」
「じゃあ誰の?」
「当たるって評判の。だから当たるかもしれません。きっとそうです」
ごめんちょっとわからない。
「ええっと、君はこの店の行く末をどこぞの有料占いサイトで占って、結果待ちしていたと。そういうことか」
「はい、そういうことです」
それは自分で占えよ。
真っ直ぐな目でこちらを見ているが、なんだろうこの頼りなさ。いかん、占い師が同業他社を頼ってどうするとか説教したくなってきた。
いやしかし、最近始めたばかりで先行きに不安があったのかもしれない。商売を始めるとはそういうことだろう。
「あの、ところでですけど、どうして待っててくれたんですか?」
ふむ、根源的かつ本質的問いかけだ。
占い屋を見かけて声をかけたら待てと言われた。
そして待ったらなんでと問われる。
哲学的かもしれない。
頭を捻り、脳をフル回転させ出てきた答えは、
「客だからじゃないかな」
である。
「え……それはあの……」
彼女は驚きいったのか、
「すいませんこちらにおかけ下さい!」
慌てた様子を隠せずにいた。
「本当にすいません本当にすいません!」
何度も何度も頭を下げるが、その必要があるだろうか。
こちらは大人びているのだ。
終始余裕しかない。
勧めに従い木製の椅子に腰かける。
やはり一つ、気になることはあるがそれはこれから話せば分かるし、分かってもらえるだろう。
彼女はぺこりと頭を下げ、口を開いた。
「本日はご来店いただきありがとうございます」
ショップの店員みたいだ。
「いやなんの、占い屋とは珍しい。人通りも少ないから驚くのも無理はない」
鷹揚に応じ問題ないと伝える。
「それで、今日は何を占えばいいですか」
話し方はやはり頼りないが、ようやく本題に入れそうだ。マスク越しだが営業スマイルの努力も垣間見られる。こちらも相応に振る舞うとしよう。
「正直言うと特にない」
「へ?」
「いや、冷やかしではないので占ってはもらうつもりなんだ」
「ああはい、それは良かったです」
うん、と頷き先を続ける。
「占いには興味ないが、君には興味がある」
「え……」
「違う、ナンパの類いでもない」
「ああはい、そうでしたか」
些か期待外れといった空気を醸し出している辺り、出会いでも求めているのだろうか。恋に恋する年齢とも言える。
いや、容姿も一つの武器だ。そこに惹かれた客も、彼女にとって都合悪くはないだろう。
「重ねて正直に言うとあなたは随分幼く見える」
直接的な物言いに、彼女は「はあ、まあ」と曖昧に言葉を濁した。
「その年齢で占い師という職業は務まるものだろうか」
「えっと、務まると思います」
「ふむ、しかし風に聞くに占い師には資格が必要なはずだが」
「あの、それは間違いです」
「そうなのか、それは失礼した」
過ちは素直に認めねばならない。すぐ頭を下げる。
「いえ大丈夫です。資格はあった方がいいし、学校で勉強するケースもあります。どこかに所属するなら、必要な場合もあるかもしれません。占いも技術ですから」
はっきりとした口調、プロ意識はあるようだ。
「実はこれらは本題ではない」
「ええ……じゃあなんでしょう」
「その年で働くのは立派だと思う。私などバイトもしたことがない」
これに、彼女は不思議そうな反応を見せた。確かに、いきなり自分語りする奴はそう思われて仕方ない。
「あなたのビジネスプランに口を挟むつもりはないんだ。こんな人通りの少ない場所で儲かるもんなのか、とか」
「おもいっきり口挟んでますね」
「地元民ゆえご容赦願いたい」
「地元ならなんでも許されると」
「失礼、そこまでは言わない。問題はあなたがやはり、若すぎるということなんだ」
「ええっとですね……」
言わんとしたことは伝わっているらしい。彼女も察した素振りだ。
「時刻も六時を過ぎている。我が県の条例では保護者がいた場合でも十一時以降の外出が禁止されている」
「我が県ときましたか」
「保護者がいない場合は午後八時までだ。確かにまだ七時にもなっていない」
「日は暮れてしまいましたね」
彼女はそう言って、アーケードの外に視線を向ける。初夏とはいえもう六時は過ぎたのだ。薄明も近い。
「今日は何時まで続けるつもりなのだ」
「うーん、日付が変わる頃?」
「それは困る、大人としてそれは見過ごせない」
「制服着てるじゃないですか……」
確かに、学生ではあるがそれは来年でも変わらない。制服で投票する時代なのだ。
「つまり、あまり遅くなるようなら通報しなければならなくなる、大人として」
「ちょっと待って下さい!」
彼女は手を広げ制し、若干の躊躇いを見せながら二の句を繋いだ。
「あの、私いくつに見えますか?」
「申し訳ない、その手の合コン飲み会トークは初めて経験した」
「経験はどうでもいいです、私は慣れてるので」
「合コンに?」
「違います見た目です。やっぱり幼く見えるんですね……」
彼女は零すように言って、ため息をついた。
「よく間違われるんですよ」
「主張はなんとなく伝わってくるが、嘘はよくない」
「嘘じゃないですよ、なんで嘘って決めつけるんですか。それにマスクしてたら分かりにくいでしょう?」
なるほど確かに。だが第一印象は拭えない。
「心配しなくても私は嘘をつかなくていい方の大人だ」
「嘘を必要とする大人ってなんですか」
「甘い言葉を駆使したり、恐怖を煽って壺を売りつけようとしたりする奴らだ」
「それ成人年齢に達してないと払えない奴じゃないですか」
「今晩泊まるとこあるの? なんなら家来る? とか言う奴らもだ」
「パパ活してないです、今あなたの目の前で働いてます」
ぬぅ、なかなかに頑なだ。どうすれば彼女の心を開くことが出来るだろうか。
「分かった、身分証を見せろと言える立場でもない」
「分かってもらえましたか」
「チラッと見せてくれたら納得しよう」
「今持ってないしその言い方なんか嫌です。違う意味に聞こえます」
マスク越しだが睨み付けているのが分かる。そういう意味ではないが不快感を抱かせてしまった。これでは大人失格である。
「失礼、そこまで年齢を誤魔化さないといけない理由があなたにはあるんだね」
「ないです。というか私のが普通に大人ですよ?」
「子供は背伸びしたがるものだ」
「そっくりそのままお返します」
「生活費を稼ぐため、ある種感心するが我が県の治安は特別いいというわけでもない」
「そこは気を付けますから。ていうか困窮してやむを得ず働いているのではなく、普通に働いているんです」
誘導尋問にも引っ掛からない。なるほど、占い師が話下手ではそれこそ話にならない。
「うん、これ以上は商売の邪魔になる。さりとてこのまま放置しておくわけにもいかない」
「一応お客さんですよね……」
「無論そのつもりだ。だから占ってもらうとしよう」
そう言うと彼女は「よかった」と呟き先ほどと同じ問いかけをしてきた。
「で、何を占えばいいですか?」
「すまない、やはり浮かばないのでそちらの得意分野でお願いしたい」
「得意分野……」
「美容院のお任せみたいなものだ。シェフの気まぐれサラダだと思えばいい」
「人の占いを気まぐれサラダと同列にされても……」
む、かなり失礼だったか。悪気はないが、悪気がなければ問題なし、は子供の言い分。言葉足らずは誤解の元である。
SNSで4000文字のツイートが出来るようになれば、ある種世界は変わるだろう。頑張れマスク。
「すまない、そういうつもりではない」
「大体、気まぐれな占いって無責任過ぎます」
ぐぅ正論。だがこちらにも言いたいことはある。
「失礼を承知で言うが、占いとはそういうものだろう。外れた場合訴訟を起こされ負けが確定するというなら、占い師は全員失職だ」
「そりゃそうですけど……」
顎に手をやり思案気な彼女を見て、少し気の毒に思いはしたが、しかし占ってもらいたいことがない。そもそも信用していないのだ。
今一番気になっているのは、これ一回いくらなんだろう? ということぐらいなのだから。
「ではシンプルに運勢を占いますね」
「よかろう、かかってこい」
「占いはバトルじゃありません」
「しかし歴史を鑑みれば、戦争の勝敗を占ったという記録は山ほどあるぞ」
「誰と戦うつもりなんですか……」
「大人としての責務と戦っている。これは絶対逃げられない戦いなんだ」
「いやですから……」
と彼女はまたため息をついたが、頭を切り替えることにしたらしい。
「じゃあ占いますから、まずマスクを外していただけますか」
と彼女は言った。
「このご時世でマスクを外せとか、新手のテロリストかね」
「私がマスクしてるので問題ないですし、話す時着けて下されば問題ないでしょう。お願いしますよ、もぅ」
ふむ、一理ある。パーテーションの一つもないのは気になるが、大人であるならそれを想定すべきであったかもしれない。
大人なら不意に備えパーテーションの一つも持ち歩くべきだ。
素直にマスクを外し、占い師の彼女と向き合う。
何がしたいかはすぐ分かった。人相を見たいのだ。人相占いがどれほどのものか、見せてもらおう。
「へ、へー」
何か関心しているらしい。しかしこちらは話せない。そういう条件で外したのだ。約束を反古にしては大人になれない。
「うっ、うん……そうですか、はいなるほど」
一人で納得しているが、それを説明して欲しい。だが話せないし、手順というものもあろう。
「あ、えっと着けて下さって大丈夫ですよ」
素直に従うが、大丈夫ですよ、とは不思議な日本語だ。マスクの着脱は自由に選ばさせて欲しい。TPOを華麗に使いこなすのが大人というものだ。
「で、どうだろう大凶か大豊作か」
「ご実家農業なんですか?」
「いや全く。父親はしがないサラリーマンで、母親は職を転々としている」
「しがないとか転々とか、そういうのいいです」
「確かに、占ってもらうのは私だ。で、どうだった」
「はい、キレイな顔されてるなあって」
今「そういうのいいです」がこっちの台詞になったよ。
「いや、顔面偏差値の話をしているんじゃないんだ」
「でも男の子なのにキレイだなあと」
「なんだ、ビジネススキルのつもりかもしれないが、ショップ店員の「よくお似合いですね」で似合ったことが一度もない私には通用しない。やめるんだ」
「え、あ、はいすみません」
シュンとしてしまったが、更に続ける。
「昨今で言えばルッキズムだなんだとうるさい輩もいる。商売上触れない方がいいのではないか」
「え、でもキレイなものはキレイですよ」
全く同感だがどう言えば伝わるだろう。
「うん、所詮主観だし別にいいと思う」
「はい、主観なのでお気になさらないで下さい」
面倒なのでこの主張は曲げた。そもそもルッキズムに興味がない。
「で、どうだろう。宝くじが当たったりダンプカーが突っ込んできたりするだろうか」
「そんな具体的に指摘する人いたら詐欺師です」
やってる奴いそうなのになかなか辛口だ。それだけ自分の仕事と真摯に向き合っていると言いたいのだろう。まだ幼いというのに健気だ。多少ぼられても払うとするか。いや、そういうテクニックか?
「で、どうだろう」
「あの、実は難しくて……」
ん、ここまで話を伸ばして広げた挙げ句に言い渋るとは。さては時間制なのか。なかなかしたたかである。
「難しいとはどういうことか」
確認すると、彼女は覿面に狼狽えた。
「いえあの、私特有の問題で、こういう場合どうしたらいいのか分からなくて。違う、分かっているのにどうすればいいのか分からなくて……」
顔を赤くしてなんだか辛そうだ。問題を抱えている?
家計を支えるため、身バレしないようこんな地方都市まで足を伸ばさざるを得なかったであろうと推測されるのに?
それは放っておけない。
俺は大人びているのだ、無視出来ない。
「君は問題を抱えているわけか」
「はあまあ。あの、君、と呼ばれるとなんだか奇妙な感じがします。距離感というか、初対面というか、なんというか……」
「それは気にしなくていい。大人は頼るものだ」
「そういう話じゃないんですが……」
「大丈夫だ、その点は何も問題ない」
「それをお客さんが決めるんですね」
首肯すると、彼女は首を傾げて見せたがこちらは大人である。あなたと君に大きな違いはない。
「さて、問題を抱えているなら話すといい。占ってもらうためマスクを外したのに、出来ないでは君も私のマスクも行き場がない」
「お客さんのマスクは口元にしっかりありますよ」
「使い捨てなので帰ったらゴミ箱にいく運命だ。運命には抗えない」
「マスクの運命はどうでもいいです、話広げてごめんなさい」
「一向に構わない。問題解決の糸口になるかもしれない」
「なりません」
「そうか。さて問題とはなんだろう。解決の手段と称して、壺や霊験あらたかな護符やスマホを売り付けたりはしないから話すといい」
「そんなスマホあったら買っちゃいますよ」
「買っても契約してもいけない。大人の忠告は素直に受け取るべきだ」
「私、占い師なんですけど……」
「まだ何も占ってもらってないんだが」
「正直すいません……」
本当に申し訳なさそうにしている。違う、俺は解決を欲しているのだ。少なくも手助けはしたい。困った者を捨て置くなどおよそ大人の所業とは言えぬ。
「そんなに話しづらいことなのかい?」
じっと見つめると当然目が合うわけだが、彼女はサッと視線を逸らした。そんな露骨にしなくとも。少しだけだが傷つくではないか。しかし口には出さない、それが大人というものだ。
「もちろん無理強いはしない。そんな権利も資格も私にはない」
「はい、ありがとうございます」
「しかし通報することにはなるだろう」
「それは話せということですね」
「困った時は素直に困ったと言うものだ。そうすれば自然と誰かが助けてくれる」
「今目の前のにいる人に凄い困らされているんですけど」
「これはしたり。私も困っている。さてどうすればいいものか」
「したりってリアルで聞いたの初めてです」
「何事も経験だ」
「……それで押し通すのどうかと思いますよ」
ふむ、見解に相違はあるようだが、やはり見過ごせない。
「何も全て正直に話すことはない。仮の話ということでもいい。例えばなしでもいい。きっかけさえくれれば少しは手助けも出来るだろう」
何かしら妥協点を見つけなければ。そう思い告げた言葉が彼女に届いたらしい。マスク越しだが表情に変化が見て取れた。
「じゃあ、じゃあ例えばですよ」
「うん、例えば」
「私が呪われているって言ったらどうします」
「なぜそう思うのかを確認する」
「今してますね」
「してるね」
同意すると、彼女はまた困った顔を浮かべた。あくまで例えばなしなのだ、気軽に続ければいいものを。
「例えば呪ってやると言われたとか、或いは呪われるぞと言われたのなら」
「なら?」
「そいつがどこにいるか教えなさい。逆に私が、そいつに呪いをかけてやろう」
「そんなこと出来るんですか」
「出来ないが努力はしよう」
「やめて下さい」
「冗談だ」
笑みを浮かべたつもりだが、マスク越しではそう伝わらないか。彼女はがっくりと肩を落としてしまった。これは困る、失望させるなど大人の道に反する。
「一体どうしたら呪われている、なんて例えばなしが出てくるんだい」
不思議でならない。占い師なのだから、その手は逆に使いそうなもので、自分がというのは合点がいかぬ。
彼女は三度目のため息をついてから、背筋を伸ばした。
「呪いは大げさでした。あんまり言いたくないのですが……」
「大丈夫だ、すぐ言いたくなる」
「なんでそんな自信があるのか不思議で仕方ありません」
「君より大人だからだな」
「それはないです」
うーん、やはりどこまでも頑固だ。育ちのせいだろうか。そもそも親御さんは、彼女がこんな寂れた場所で占い師を生業としていることを知っているのだろうか。否、まともな親ならまずさせないだろう。となると困ったことになる。参った、問題が増えたかもしれない。
つい腕組みしこちらが考え込んでしまった。見かねたのか、彼女から切り出してきた。
「言いたくないんですよ、本当は」
「一向に構わない」
「それ好きですね」
「たまたま重なっているだけだ。さあ、続けたまえ」
「はあ、ええっと……私、気になる異性の人を前にしてしまうと、占いの精度が凄く落ちてしまうんです」
ああ言ってしまった。と、彼女はそんな表情を浮かべ両手で顔を覆っているが、呪いの話はどこへいった。
「ふむ、気になる異性。初対面で何が気になったのか」
「本人がそれ言いますか」
「私以外に指摘出来る人間がいたら、君話してないだろう」
「正論というより難癖ですもう」
「大人は時にずばりものを言う。覚えておくといい」
「……忘れたくてもしばらく無理です」
いいことだ。教訓を簡単に忘れてもらっては、こちらとしても不安になる。それはともかく、改めて確かめる。
「なるほど、精度が落ちるから占いたくないと」
「ええ、そういうことになります」
「気にするな」
「はい?」
「精度が落ちたと今教えてくれたじゃないか。事前に知っていれば過度な期待をせずにすむ」
「それはそうですけど、私は占い師です」
「私もそう思って話しかけた」
「外れると評判の! なんてことがSNSで広がったら困ると思いませんか?」
おう、実に現代的な悩みだ。確かに、俺が今日あったことを画像付きでアップしないとも限らない。なるほど一理も二理もある。だが見くびってもらっては困る。
「そんなことはしない。未成年の画像付きで、こいつの占いマジ当たんない。マジ役に立たない。陣笠議員並みに使えない、なんて私がツイートすると思うかい?」
「陣笠議員の件並みに分からないです。今日初めて会ったばかりのお客さんなので」
なんということだ、全く信頼されていないではないか。しかも内容まで分からないとダメ出しされた。
今俺は、大人の階段を下っている。かなりのスピードだ。速度違反で大人の免停くらいかねない。
「そうとなればこちらも本気を出すしかない」
「いやあの、それ私が逆に警察呼ぶ流れになりませんか?」
「ならない。むしろ学校で話したくなるだろう」
「卒業しちゃってるんですけど……」
「きちんと通いなさい。特別な理由がない限り」
「……は、はい」
うむ、学校には通ってくれそうだ。新しい問題が増えたかと一瞬不安になった。
では本気を出さねば。大人ならば言ったことは実行するものだ。
「君がなぜ、占い師などという世が世なら出世して権力者に重用されるか、異端審問にかけられるかの二択を選んだのかはあえて尋ねない」
「ストレートにディスりますね」
「なぜあえて人の少ないシャッター通りを選んだのかも問わない」
「ここしか借りられなかったんですよ……」
訊かないと言っているのに答えるとは、何か後ろめたいことでもあるのだろうか。しかし、人間一つや二つ知られたくないことはあるものだ。大人はそれを自覚しているから大人なのだ。
「精度が下がるから占いたくない、では客を選ぶことになる」
「そうですね、そうなります」
彼女の表情は曇るが大丈夫、対処出来るはずだ。
「しかし客を選ぶほど繁盛しているようには見えない。これは私のせいだろうか」
「いえ、普段からこんな感じです。というか始めたばかりで……」
「では、精度が下がるとは具体的にどういうことなのか。始めたばかりとはいえ、占い師として開業してから占いを始めたわけではないはずだ」
「そんなドンキホーテじゃありません」
「そうだろう。たかが大人の男一人に舞い上がる程度では、接客業もままならない」
「舞い上がるってご自分で言うんですね」
「精度が下がるを具体的に知りたい。試しに占ってみてはどうか」
「ああ、なるほど……」
呻くように言って、彼女は沈黙した。この様子だと、占うことで言いたくない中身がはっきりとしてしまうのかもしれない。
「申し訳ない、時間にも限りがある」
沈黙を続け伏し目がちな彼女に告げる。
「私はなんの問題もない。その代わりと言ってはなんだが、お試し価格でお願いしたい」
「あ、いえ、当たらない占いでお金は取れません」
ここは強く首を振った。
「商売だ取れ」
「容赦ないですね……懐痛むのお客さんですよ」
「私は一向に構わない」
「そうですか、そうですね……」
何度目になるか、またため息をついた彼女はようやくその気になったらしい。
「もしかしたら当たるかもしれないし、もしかしたらとんでもないことになるかもしれません。それでもいいんですね?」
当然首肯する。
「占い師を前に言うのもなんだが、とんでもないことが出来るなら世の中もっとひっちゃっかめっちゃかになってる」
「ですね、基本的に占い信じてらっしゃらないみたいですし」
「うむ、最初にそう言った」
ですね、と彼女は応じ唇を強く結んだ。
それから置いてあった鞄から水晶球を取り出し、机の上へとゆっくりと置いてみせる。
「ほう、水晶占い。なんか高そうだけど安そう。というか人相占いはなんだったのだ」
「あの、集中するので黙って下さい。あと人相を見てからやるものなので手順に間違いはありません」
これは失礼した。集中するらしいのでここは忍の一字だ。
彼女の表情は真剣そのものだった。一生懸命な女性は美しいということに、年齢は関係ないらしい。しかし見惚れるわけにもいかない。しっかりと見届けねばならないのだから。
「……なる、へえ、そうなるんだ」
なんか一人で呟いている。ここは高速で流れるSNSのタイムラインではないのだが。
「いやちょっと待ってそれはまずいから!」
君のことかな。
「どうしよ……私、責任取れないかも」
もう話していいのだろうか。責任など存在しない。占い師に責任を取らせる時代は終わったのだ。散々いい加減なことを言ってはいい思いをし、外した時は散々殺されまくったのが占い師の歴史だ。
「あの、ほんと、どうしましょう」
「何、もう話してもいいのかい」
「あ、はい。というかこれは話さないとまずいパターンです」
話さなくていいパターンがあるのか。占って話さないのはほぼ反則なのだが。
「どういうことだい。今のところさっぱり見当もつかない」
「えっと、私の占いは巷で言われるよう当たるも当たらぬも、というものです」
「当然だね」
「でも精度が落ちたこの状況の場合、占った結果が現実になる可能性が四分の一あるんです」
「そりゃあ結構。四回に一回は当たる占いなら、二択問題みたいなものじゃない限りお金になる話じゃないか」
「そうかもしれませんけど、これ現実になったら大変だし、というか現実になるわけないし、どうしよう」
何を言っているのだ彼女は。なぜ冷や汗までかいているのだ。現実になるわけないなら、ならないのだ。
「なあに大したことはない。なるとして四分の一、そうなんだろう」
「そうですけど!」
ううん、もはや悲鳴のようだ。
「一体どんな結果が出たんだ。というか何を占ったんだっけ」
「お客さんの運命です」
「ざっくりしてるね。まあ私ぐらいにはそれが丁度いい。で、結果は」
「結果は……一つは……」
複数あるのか、どういうことだろう。しかし気持ちが入っている。仕方なく合わせ、身構えてみる。
「一つは?」
「一つは……」
たっぷり間を置いて、彼女の唇が動き出す。
「明日雨に降られます」
……ふぅ、思わず大人らしからぬため息をついてしまった。
正直、年下の女の子じゃなかったらこのシャッター通りを引きずり回しているところだ。大人なのでやらないが、こないだまでの子供な自分だったら危なかった。むしろその危険を占っておいて欲しかったぐらいだ。
とにかく相手は年下、調子を合わせるとしよう。
「なるほどそれは困る!」
「そうですか?」
そんなことないよ。
「で、他は」
「もう一つが大問題で」
「いいよ言ってしまおう。間を置かずサパッと頼む」
促すと、
「今から異世界に飛ばされます」
そうか……それは反応に困るな。
「なるほどそれは困る!」
「そうですよね……」
なんでそんな深刻そうなの。
ゲームや小説じゃあるまいし、異世界とはなんのことだ。頭が異世界になるのならちょっとした恐怖だが、飛ばされるなどあり得ないではないか。
「異世界の定義が分からない。それはあれか、最近流行り過ぎて食傷気味の例のあれかい?」
「そうです、ネット小説で乱造されている例のあれです」
彼女も読んでいるのか。私の友人も読んでいるらしいが、正直悪役令嬢とかざまぁとか異世界転生とか聞いていると、一体なんの大喜利大会なのかと不思議になる。
全く縁がないのでさっぱりだ。
「飛ばされるのかーそうか、それは参った」
「あ、あくまで四分の一ですから!」
「うむそうだな。その一を引かない限り問題なさそうだ! そしてまだ飛んでいない。つまり問題ない!」
「そうだといいんだけど、私の呪い本物っぽいから……」
っぽいのか。本物と言い切ったら医者を勧めるところだった。
「何も起こらない。呪いもない。万事解決したのではないだろうか」
「そ、そうですね。もう少し様子を見て、それから料金をいただくことにします」
「うむ」
金取るんだな。アドバイスした身だが、さすがにこれで懐が痛むのはちょっと抗議したい気持ちだ。なんの、大人は吐いた唾は飲まん。広島県民ではないが、それが大人の定義である。
「ところでだ、帰りはどうするのだ。時間も時間、親御さんも心配しているーー」
世間話ついでにさすがに帰った方がいいと促すつもりだった。
その時である、異変が起きたのは。
眼前に、大自然が広がっている。
見れば稜線、山々が連なり、白い雪が山頂を飾り輝いていた。
草原は遠くまで広がり、緑が映え日差しがとても明るい。
物憂げなシャッター通りとあまりに異なる、異なり過ぎる。
なんて眩しさだ。
しばし呆然と立ち尽くすことになったのは、言うまでもない。