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異世界恋愛【短編】

魔王「望め。そして、俺に食われろ」

作者: 猫じゃらし

挿絵(By みてみん)

黒森冬炎さまにいただきました★




 世界は混沌としている。



 境があるはずの国々は己の利益のために侵略し、入り乱れ、武力を持って争いを始める。

 話し合いの場は国の安全が約束された上層部だけで行われ、現地の被害は数だけで報告される。


 自国に転がる武装した他国兵士の亡骸。

 決して自らの意志ではない死に同情し、埋葬する。せめてもの思いで遺品を預かる。

 繰り返される戦闘の毎日の中で、明日は我が身とも知れず、若い兵士の抜け殻に憂いを隠せない。


 誰も望まぬ争いは、国の為だと謳う上層部だけが指示を出し進めている。


 便乗して、蚊帳の外でも他国同士が牽制し合う。

 まったく関係がないのに飛び火し、被害の出る国もある。争いの種が飛び散る。

 発芽を前に話し合い、また牽制する国が増える。対立し、一触即発の空気が張り詰める。


 普段通りに生活する国民たちの中には「もしかしたら」という不安が募り、心の内に暗雲が立ち込め始める。

 不安は恐怖に、恐怖は恨みに。守るものが多いほど、人は攻撃的になる。

 血の繋がりのない隣人程度ならば、罪悪感を覚えながらもあっさり裏切るだろう。



 世界は混沌としている。

 世界が混沌としているから、人も混沌としている。


 優しさを隠しきれない者ほど、簡単に騙され散ってしまう無情な世界だ。





 だから私は祈っていた。

 戦闘で崩れ落ちた教会で、祈る対象も何もない瓦礫の中で、膝をついてただ祈っていた。


 終わらない戦争。

 広がる戦闘地、増える戦死者。

 一触即発で武力を見せつける遠いはずの近い国。

 巻き込まれ、恐怖に慄く国民たち。


 すべてが終わりますように、と。

 太陽の下で汗を流し、隣人と笑顔をかわし、その日の食べ物に感謝をする。

 何気ない日々が戻ってくることを、私は願っていた。



「祈ることになんの意味がある? 俺という存在をそばに置きながら、お前はなぜ居もしない神にすがるのだ」



 背後で、ふわりと気配をあらわす。

 召喚したわけじゃない。そばに置いたわけでもない。

 戦争の最中(さなか)で偶然出会った彼は、人間の争いがおもしろいと魔国から物見遊山でやってきた不謹慎者。


 私の何を気に入ったのか、その日から付きまとわれていた。



「私はあなたには何も望みません」

「なぜ望まぬ。俺に叶えられないものはないぞ」

「あなたは神の(ことわり)から外れた存在。私はあなたを認めません」

「俺を否定するか。魔族でも高貴なこの俺を。――――魔王を」

「神の子でないあなたがどんな身分だろうと、私には関係ありません」



 祈りを続けたまま言い放つと、鼻で笑う気配を感じた。

 自身を魔王だという彼は、私がこうして突き放し否定するほど愉快そうにする。



「俺に恐怖しない人間はおもしろい。屈させ、震え乞わせたいものだ」

「私は決して乞いません」

「いつまで強がれるものか。お前だって痛感しているだろう、祈りなど通じないことに」



 彼は弾む調子のままで言葉を繋げる。



「戦争の終わりは見えたか? 争い、流れる血は止まったか? 必要な男手は奪われ、作物は尽きていく。日々の暮らしの中に、わずかにも光はあるのか?」



 祈り続ける私の背中に、静かに問いかける。



「神は、存在するのか?」



 負けず、手を合わせる私の祈りの中に邪念が混じる。彼はそれをお見通しだ。

 忍び寄る気配は静かに私に触れ、不鮮明な神とは違う存在感を露わにした。


 神の子ではないはずの彼の体温を背中に、背後から伸びてきた手が私の顎をつかまえた。

 ぐいっと持ち上げられ、肩越しに私を見下ろす妖しさを灯した瞳と目が合う。



「強がり、涙を流すくらいならばさっさと俺に望めばいい」

「…………」

「何を迷う? お前が一言、俺に乞うだけで世界が救われるのだぞ」

「……――あなたは」

「なんだ」



 鋭い瞳で、彼は私の声に耳を傾ける。

 最初から勝利を確信しているかのような余裕さ。傲慢さ。

 魔王だからこそなのか、覇者しか持ち得ない溢れた自信に、私は声を震わせる。



「あなたは、なぜ私に付きまとうの? 私に何を望むの……?」



 私など簡単に捻り潰してしまうだろう彼は、にぃっと口角を上げた。

 私の頬に彼の鋭利な爪が食い込む。



「お前が先に俺に望んだのだ。俺はお前の口から()()、またあの望みを聞きたいだけ」



 あの時のお前は闇を抱え、人間らしく良かったぞ。そんなことを囁かれ、私の瞳は丸くなる。



「望め。そして、俺に食われろ」



 間近な彼の口に、人にはない牙がちらつく。


 そう、人とも神とも違う。

 畏怖なる彼の存在を目にした時、私は無意識に望んだ。彼の存在に期待した。



 すべてを壊してくれたらいいのに、と――……。



 掴まれ逃げられない私はただ彼の思うままに吸い寄せられた。

 「助けて……」とかろうじて発した言葉は、彼の中にくぐもって消えた。




 すべてが壊される。

 混沌としたこの世界で、混沌とした人間達の中で。


 私の望み通りすべてを壊した魔王は、満足げに私を貪り食らい続ける。







挿絵(By みてみん)







※イラストは汐の音さまのフリーイラストをお借りしています。

https://ncode.syosetu.com/n1877hx/

素敵なイラスト満載!«\(*´꒳`*)/»




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― 新着の感想 ―
[良い点] ゾクゾクしました。 ダークな世界観が汐の音さんの美麗絵と不思議にマッチしていて、破壊を願ってしまう女性の胸の内を想像させられます。 早く落ち着いた世の中が戻ってきますように……
[良い点]  ゾクゾクさせる素晴らしい物語でした。 [一言]  私は比喩的な意味で食われたと思いたいです。  多分溺愛ルートだと。
[一言] 食われたのは人間的な意味でと信じたい…… せめて魔王らしく(?)血みどろでない方向で…… でも牙はえてるもんなぁ、魔王様((( ;゜Д゜))) なんとなく現代の世界情勢をうつしたかのような世…
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