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みんな、いいこ

作者: 砂原翠

 サンタクロースの来ない家で、育った。

 だから子どもの頃は、クリスマスが近づくたびに憂鬱が募った。

 当日はもう、最悪だった。どうして自分にはサンタクロースが来ないのかと親に問えば、頬を張られるのが分かっていたので、家では息を潜めて過ごした。友達の喜びに水を差すのも嫌で、惨めな自分を知られたくもなくて、いつも独り過ごした。

 クリスマスにはそんな苦々しい思い出しかなかったので、いざ自分が親になり、子どもにプレゼントを用意する立場になって、戸惑った。

「どうして、サンタクロースからのプレゼントなんて言って渡すのかな」

 息子の六度目のクリスマスプレゼントの相談を妻としているとき、ぽつりとそう漏らせば、彼女は「ん?」と眉根を寄せた。言い訳するように、僕は言葉を重ねる。

「だってほら、知らない外国のおじさんからもらうより、パパやママからもらう方が嬉しいんじゃないかな」

 妻はくすりと笑い、「だって、夢があるじゃない」と言った。

「この世界には悲しいこととか残酷なことがいっぱいあるけど、小さいうちはサンタさんもいる夢のある場所だよって信じさせてあげたいもの」

 彼女の言葉に、そんなものだろうか、と僕は思う。サンタにプレゼントをもらえなかったと信じていた頃の方が、自分の価値を否定されたようで辛かったから、実は僕もサンタに夢を見てたのかもしれない。

 結局、息子へのプレゼントは流行りのアニメの玩具に決まり、僕らはクリスマスイブの夜を迎えた。

 無垢な寝顔の側にプレゼントを置けば、複雑な思いが胸に滲んだ。サンタクロースの来ない家に生まれた幼い頃の自分が、指を咥えてプレゼントの包みを眺めているみたいだった。

 翌朝、息子の喜びようは凄かった。

「やったー! サンタさんきたー!!」

 布団の上を跳ね回ってはしゃぐ様子に、ちくりと胸が痛んだが、それでもやはり誇らしかった。

 僕は、彼の夢を守れたんだ。

 ようやく落ち着いた息子は、隣に敷かれた僕の布団の枕元を指差して笑った。

「パパにもサンタさんきたのー?!」

 驚いて僕は彼の指差す方を見た。そこには、クリスマスカラーにラッピングされた、プレゼントが置いてあった。

 慌てて妻を見ると、彼女は「サンタさんからだよ」と微笑んだ。

 呆然とプレゼントを手に取ると、息子が無邪気な声で言った。

「パパもいいこにしてたもんね! いいこ、いいこ」

 愛おしい手が、僕の髪を撫でる。

 孤独なクリスマスを過ごした子どもが、数十年越しに、この小さな手に救われるのが分かった。

 胸の奥で凍りついていた悲しみが、手のひらのあたたかな温度で溶けていく。

 僕はつんとした鼻の痛みをこらえ、箪笥の引き出しから包みを取り出した。

「サンタさんからじゃないけど、君へ」

 アクセサリーの入った小箱を妻に手渡せば、息子が妻にじゃれついた。

「ママもいいこにしてたもんね! みんな、いいこ!」

 あどけない祝福に、胸を衝かれた。

 みんな、いいこ。屈託なく笑うこのまろい頬。

 この優しくあたたかい夢が、どうかできる限り長く、彼が大人になるまでずっと続きますように。幸福な光景が涙でぼやけるのをこらえながら、僕は祈った。

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― 新着の感想 ―
[良い点]  現実味が薄い夢を信じられるのは子供の特権ですが、現実で人に夢をみせられる奥さんは素敵な大人ですね。
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