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気まぐれな神が寵愛する箱庭

玉子の国の転生令嬢

作者: すずき あい

他の話を作っていたら派生で出来てしまったお話。


乙女ゲームに異世界転生したありがちな設定。多分。

自分の好きなものをあちこちに散りばめました。


ゆるいお話をゆるゆるお楽しみください。

ヴァリシーズ王国、ルーミナ学園。


将来の国を支える人材を育成する為の学び舎。国王に仕える貴族達は勿論、優秀な頭脳、希有な才能を持つ者は平民でも入学することが出来、自由に学問に触れることを許されている場。

その尊き機会を存分に活かせるよう、学園内では身分や出自による垣根は取り払われている。…と言うのが一応建前の教育理念だった。


「貴女が聖女マリエール様かしら?」


その声にマリエールが顔を上げると、まるで後光が射しているかのように太陽をバックに背負った美少女が立っていた。日に透けるプラチナブロンドの巻髪に、南国の海を思わせる鮮やかな青い瞳。整った顔立ちは、どんな名人が精巧に作ったビスクドールさえも凌ぐであろう完璧な配置だった。

マリエールに声を掛けて来たのは、レミアンヌ・ユリアネ公爵令嬢。王族に継いで身分の高い貴族だ。そして現在、この学園に通う女性王族は在籍していないため、紛れもなく学園一高位のご令嬢だった。


マリエールは、平民出身だった。しかし幼い頃に希有な聖魔法が発現し、教会より聖女候補と認定され身分的には貴族と同等の扱いとなった。そして更なる強力な聖魔法を扱う為の知識と経験を得るよう命を受けて、このルーミナ学園に通うことになったのだった。


この時間、教師の急病により自習時間になってしまったため、マリエールは図書室で借りていた本の続きでも読もうと人目に付かない中庭のベンチに来ていた。教室から出るのはあまり推奨されてはいなかったが、禁止されている訳ではない。蔑むことを隠しもしない貴族のクラスメートに囲まれて教室にいるよりは、一人で本を読んでいた方が何倍も良い。


学園内では身分の差はない、とされてはいるが、実際は確実に存在している。聖女候補で貴族と同位と周知されてはいるが、やはりマリエールへの周囲の対応は厳しい。マリエールに限らず、ほぼ貴族ばかりで1割にも満たない平民の学生は、常に好奇と侮蔑の目に晒されていた。


「まだしがない聖女候補でございます」


そんな中で、クラスも違えばこれまでに話したこともない公爵令嬢が声を掛けて来たのだ。マリエールは不安な様子を押し隠して、深々と頭を下げた。


「わたくし、貴女に聞きたいことがありましたの」

「…はい」


マリエールは頭を下げたまま、グッと腹に力を入れた。


高位貴族のご令嬢は、実家の派閥に属したご学友という名の取り巻きを連れていることが常だ。しかし、チラリと見たところレミアンヌは一人のようだった。そしてここは人目のない場所。


何をされるのか分からず、マリエールはとにかく穏便にこの場をやり過ごすことに徹底するつもりだった。


「貴女…」


「貴女、転生者でしょう!」

「…へっ?」


レミアンヌの口から予想もしなかった言葉が飛び出し、マリエールは思わず顔を上げ、その場にそぐわない間の抜けた声を出していた。



-------------------------------------------------------------------


「そのぅ…レミアンヌ様は…」

「アンヌでいいわ。わたくしもマリさんとお呼びしても?」

「あ、そっちに略すんですね」

「…だって『レミ』だと、テンション高い爆走料理研究家が浮かぶんですもの」

「どうやら転生前の世代も大体同じみたいですね」


マリエールことマリは、流行りの異世界転生者だ。転生した経緯や細かいことははっきり思い出せないが、きっかけは聖魔法が発現した時だった。とは言え、今世と前世の性格がどうとか、魂の存在がどうとかの混乱はなく、単純に前世の記憶や知識は便利だなーくらいに考えてのんきに暮らして来た。


「しかし、よく唐突に『転生者でしょう!』なんていきなり本題から切り込みましたね〜」

「貴女ねえ…別名『こたつの聖女』って呼ばれてて転生者じゃないとバレないとでも思いましたの?」

「それは言わないで!」


この世界は、中世ヨーロッパ風異世界だった。なので、建築様式は基本的に石造り。


「だって石って冷えるじゃないですか…まさか石造りの家があんなに底冷えするものだなんて…そして憧れの暖炉があんなに役立たずだなんて…!」

「そこは否定しませんわ」


さすがに異世界だけあって本当の中世よりははるかに便利な世界ではあるけれど、現代日本で暮らしていた記憶があったマリは少々不便さを感じていた。特に前世からの影響か今世も極度の冷え性であった為、石に囲まれた生活は堪えるものがあった。

そこで、せめて足元だけでも冷えを解消しようと前世の記憶と今世の魔法の知識を総動員してこたつを発明してしまった。小さな魔力だけで火を使うよりも安全且つ効率の良い暖房器具、と画期的な発明にまたたく間に評判になり、発明者のマリは聖女候補だったことも相まって「こたつの聖女」という二つ名を冠するようになったのだった。


「だけど、アンヌ様の『あんこの女王』だって大概ですよ?」

「うっ!そ、それは、わたくしはせめて『スイーツの女王』にして欲しいと言いましたのよ?」

「さすがに洋菓子は既に存在している世界でそれは無理でしょうよ…」


レミアンヌことアンヌは、数年前に庶民の間で爆発的に流行り始めた暖房器具「こたつ」に触れた瞬間、前世の記憶を思い出した。反射的に「あ〜コタツには緑茶と大福が欲しい」と思ったことがきっかけだった。

そこから、領地であまり使い道がなくて保管されていた小豆に似た豆からあんこを作り、公爵家の人脈をフル活用して数々の和菓子を開発した。バターやクリームをふんだんに使った洋菓子が主流の中、総じてカロリーが低めの和菓子は王侯貴族の女性の心を掴んだ。そこから広まり、近年では庶民にも手軽に手が届く商品も売り出されている。そして和菓子は国外でも評判がよく、貿易品としても相当国の経済を潤していた。

成人前の令嬢が表立って活躍するのは色々と政治的に不都合もあるということでアンヌの事は秘され、和菓子の開発はとある高位貴族の女性とだけ公表されている。そして世間はその開発女性に敬意を表して「あんこの女王」と呼んでいた。


「こたつの聖女」も「あんこの女王」も、この世界では素晴らしいものを開発した二人への賞賛の二つ名であったが、前世の記憶が残っている当人達からすると、もうちょっとどうにかして欲しかったというのが本音だった。


「でも、このあんみつとどら焼き、絶品ですねぇ」

「そうでしょう?我が家のシェフ達は優秀ですのよ」


本日二人は、学園が休みのためユリアネ公爵邸の庭でお茶会を開催していた。


転生者として衝撃的な(?)出会いをしてからすっかり意気投合し、こうして良く二人で過ごす間柄となっていた。


正式に聖女と認められた場合王族と並ぶ地位になる聖女候補のマリと、現在王太子の婚約者候補筆頭のアンヌ。この両者の急接近に、様々な思惑や推測が渦巻いてはいたが、今のところ周囲は静観を決め込んでいるようだった。


もっともそんな思惑は周辺の貴族達だけで、ここ公爵家では、完璧なご令嬢として名高く幼い頃から傾国の美女になるであろうと絶賛されているアンヌが、肩の力を抜いて柔らかな表情で談笑している姿を引き出したマリを全力で賞賛していた。

大人びて少々冷たく見えてしまうこともある整った容貌のアンヌに対し、栗色のフワフワした髪に翠玉を思わせる大きな瞳の愛らしい顔立ちをしたマリ。二人の美少女の周辺はまるで花が咲き乱れるように華やかで、遠くから見守っている使用人達は心の中で手を合わせて尊さを噛み締めているのだった。



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「ところで、今日は例の乙女ゲームの話でしたっけ?アンヌ様はどのくらい覚えてます?」

「わたくし、あまりゲームは詳しくなくて…ただ『君の白き頬染めし時、我が身にこの愛を誓う』というタイトルくらいで」

「いや、その長いタイトルをキチンと言えるだけで大分詳しくないですか?私なんて、略した『キミシロミ』、ネット上の検索避けの呼び名が『玉子』ってくらいしか覚えてないですよ」


乙女ゲーム「君の白き頬染めし時、我が身にこの愛を誓う」は、少々毛色の違う恋愛ゲームとして話題になった。まずヒロインが2人いて、プレイヤーは好きな方を選択出来る。そして選択しなかった方がライバルキャラとなってストーリーが進んで行く。そのヒロインのデフォルトネームが、マリエールとレミアンヌだったのだ。


このゲームの大きな特徴として、公式には攻略対象のメインヒーローは4人…なのだが、実はメインだけでなく登場人物全員が攻略可能というシステムがあった。たとえばチュートリアルで登場するクラスメイト(モブ)や、入学式に挨拶をする学園長(老人)、攻略アイテムを売っている購買部の店員さん(おばちゃん)に至るまで、老若男女全てのキャラが恋愛的な意味で落とせる。ただメイン以外は好感度を上げるイベントがほぼないので、攻略難易度は異様に高かったが、やり込み系のプレイヤーにはかなり受けたようだ。しかも全キャラにエンディングスチルが用意され、それが極めて美麗という謎の拘りように、コンプリート勢の魂に火をつけたとも言われていた。


更に話題になったのが、ヒロインの行動や会話の選択次第で、ヒロイン以外のキャラ同士の好感度を上げることも可能というシステムも採用されていたことだ。乙女ゲームの登場人物だけあって、各キャラ達は大変麗しく、タイプも各種取り揃えられていた。ゲームの展開によっては、ヒロインがキューピッドとなり、攻略対象同士、つまり展開によっては()()()()()()()()()()()()という物語が発生…それがある界隈で大評判になった。

そしてネット上では、検索避けの為のワードの「玉子」タグや、鍵付きアカウントなどで日々大層盛り上がっていたのだ。


「マリさんはゲームはされてましたの?」

「まあ一応ゲームオタクだったんで、話題になってたし、システムが面白くて一通り嗜む程度には。でもどっちかと言うと、戦略ゲーム『伝説のオグリス戦記』とか航海冒険ゲーム『ネオ・パンゲア』とかの方が好きで」

「ごめんなさい、ゲームは詳しくなくて」

「あ、すみません、つい」


うっかり好きなものの話題だったので早口になってしまい、マリは照れ笑いをしながら肩を竦めた。(その仕草が会話の聞こえない離れた場所にいた使用人数名のハートに被弾したのだが、それには全く気付いていなかった)


「で、まあ私は前世の記憶を思い出した時に『キミシロミ』のことも、自分がヒロインの片割れだってことも思い出したんですが、ストーリーは平和そのものだし、魔王復活!とか断罪によるライバル処刑!とかはなかったんで、放置しててもいいかなあって」

「それは良かったですわ」


アンヌは心底ホッとしたように胸をなで下ろした。


「んんん?アンヌ様、この世界が乙女ゲーの世界ってのは気付いてらしたんですよね。それなのにご自分がヒロインの片方だってことの自覚はなかったんですか?」

「わたくし、興味はあったけどゲームには詳しくなくて、友人が操作しているのを後ろから眺めていたのよ…」

「ああ!そのご友人がプレイしてたヒロインがデフォルトネームじゃなかったから気が付かなかったんですね!」

「ええ。確か『ああああ』で」

「雑!すごい雑!!」


アンヌがヒロインのグラフィックを見ていながら自分に気付かなかったと言うことは、その雑な友人がプレイしていたのはマリの可能性が高い。自分の知らないところでそんな雑な名付けをされて「ああああ」の名前で攻略対象に甘い台詞を囁かれていたのかと想像して、マリは思わず脱力してテーブルに突っ伏していた。


「でもねえ…」

「?何か気がかりなことでも?」

「わたくしが友人にゲームをしてもらったのは、見てみたい登場人物がいたからでしたの」

「お!推しキャラですか!」

「ええ…まあ」


そう言いながら、アンヌはほんのりと頬を染めた。(その様子に、離れたところにいる使用人のうち特に視力の良い使用人が数人倒れたが、即座に回収されて気付かれなかった)


「いいですね!コイバナっぽい。乙女ゲー感ありますね!」

「マリさん、はしゃぎ過ぎですわよ」

「いやあ、前世はこういう会話とは無縁だったんで、何かワクワクしちゃって」


はしゃぐマリとは対照的に、アンヌの表情はすぐれなかった。


「ですが…その方が見つかりませんの…」



-------------------------------------------------------------------



アンヌ曰く、自分が異世界転生したことには気付いたものの、ここが乙女ゲームの世界であることに気が付いたのはかなり後だった。前世で自分が眺めていたゲームのヒロインと名前が違っていたことと、そこに出ていた攻略対象者達に見覚えがなかったことが理由だった。


「ようやく気付いたのは、マリさんに声を掛けるひと月程前に従弟…いえ、弟のヴァイスとの顔合わせの時でしたの」


ユリアネ公爵家は子供が一人娘のアンヌだけだった。本来なら婿を取る筈なのだが、もし彼女が正式に王太子の婚約者に内定して王家に嫁ぐことになった場合に備えて、公爵家を継がせる為に従弟を養子に迎えることになっていたのだ。そしてその義弟となる人物はメインの攻略対象の一人であった。


「ヴァイスと会った時、どこかで見たような気がして…そこでゲームのことを思い出したのです」

「王太子殿下の顔に覚えはなかったんですか?婚約者候補ですし顔合わせはしてたと思うんですけど」

「殿下とは王家主催のお茶会で何度かお会いしているのですが、印象が違うと言うか…ゲームで見たお顔もうっすらとしか」

「うっすらかい」


マリはうっかり素で突っ込んでしまった。


「だって!だって、ゲームを見てた時は、その…後ろの方が気になっていましたから…」

「ああ…推しが後ろにいたんですね」

「ええ…」

「それは仕方ないですね!推しがいたらその他はもはやこの世に存在しません!」


マリも大概酷かった。


「王太子殿下の後ろにいたってことは、騎士団長ご子息かな?一応メインの攻略対象だし。それとも近衛騎士の誰かかな。あの辺もイケメン率高くて人気だったし。あ、ところでその推しの方のお名前は?もしかしたら出現場所分かるかもしれませんし」

「レ…レンドルフ・クロヴァス様…です」

「レンドルフ…様?」


マリは名前に聞き覚えがなくて、首を傾げた。


「ええと…もうちょっと手掛かりを下さい」


「レンドルフ様は辺境伯の三男でお若いのに王太子殿下直属の近衛騎士団副団長を務めてらっしゃるほどの腕前でありながらその容貌は細身で優美な出で立ちに加え社交界の白百合と呼ばれた母君にそっくりの麗しいお顔立ちなので大抵のご令嬢すら敵わないと言わしめる美貌であるにも関わらず父君譲りの強い魔力に気高い騎士道精神を持ち合わせ女性に対しても常に紳士的でありがならどこか慣れていない少年のような初々しさと大人の色香を持ち合わせたような微笑みが魅力の一つでありしかしながらお仕えする王太子殿下に害なす者には容赦のない冷徹さとあつい忠誠心と部下に慕われる頼りがいのあ」


「ストップストップ!!分かりました!分かりましたから!」


いつ息継ぎをしているのかと思う程の早口で捲し立てるアンヌを、マリはどうにか押し止めた。


「あの…誰か分かりました」

「本当ですの!」


思わず、といった風情で、アンヌが立ち上がって身を乗り出して来る。


「その方…この世界が舞台ではない、続編『キミシロミ2』の攻略対象者です…」


「2?」

「…はい」

「では、ここの世界は…?」

「無印…一般的には『1』とカウントされますね」


ストン


次の瞬間、アンヌは椅子の上に崩れ落ちた。


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「謎は全て解けた!とかカッコ良く言えたら良かったんですけどね…」

「現実は残酷ですわ…」


アンヌの推しレンドルフは、システムだけは継承された別世界が舞台になった続編「キミシロミ2」の攻略対象者だった。

もしかしたら推しに会えるかもしれないと思っていたアンヌは、事実を知ったお茶会以降すっかり意気消沈していた。公爵令嬢として他の者に気取られないように淑女の微笑みを貼り付けてはいるが、内面のダメージは計り知れないことをマリは理解していた。


「月並みなことしか言えませんが、どうか元気を出してください」

「ありがとう…でももう少しだけレンドルフ様のことを偲ばせてくださいませ…」


違う世界線で生きているのだから偲ぶもなにもないのだが、マリはそれ以上かける言葉が見つからなかった。


「…ねえマリさん。わたくしが好きだったレンドルフ様…前世で好きだった方の話、聞いてくださいます?」

「はい!聞きます聞きます喜んで!今度は止めたりしませんから、思う存分萌え語らって供養しちゃってください!」

「ふふ…萌えって言葉、久しぶりに聞いたわ」


「わたくしね、レンドルフ様…というより、レンドルフ様役の、西司光希(にしつかさこうき)様の大ファンでしたの」

「に、しつかさ…様?あれ?声優さん、そんなお名前でしたっけ?」

「違うわ。舞台よ、舞台。宝玉歌劇団で上演された『ミュージカル君の白き頬染めし時、我が身に愛を誓う』よ」

「あ…ああ〜。アンヌ様、そちらの沼の方だったんですね…」


話題になったこのゲームは、後日様々な媒体で取り上げられた。テレビアニメ化からの長編劇場版はゲームの世界観を丁寧に表現し、評判も上々だった。その勢いに乗って実写化の企画も持ち上がったが、色々な事情があったのかいつの間にか話が消滅してファンの間で密かに万歳されたとかされないとか。

そして舞台化もされ、そちらもまた違った方面のファンを多数獲得して、何作か上演されていた。


マリの知っている知識はここまでだったが、アンヌが言うには続編の「2」に当たる話が、女性だけで構成されていることで有名な宝玉歌劇団で上演されたそうだ。その辺りの記憶がないのは、転生時期に差があるのか、単にマリの興味の問題なのかもしれない。


「光希様は、立ち回りに定評のあった方でしたの。キレ、スピード、どれを取っても一級品で、その上動きに気品がありましたのよ。お歌は…歌によっては少々残念な時もありましたけど、観る度に上達しておりましたし、合う歌の時は存分に個性を発揮してらして、一度聞いたら必ず夜眠る際には頭の中でエンドレスリピートされる程の独特の歌唱でしたわ」

「それはすごく聞いてみたいですね」

「でしょう?それこそ数え切れないくらい耳にして参りましたが、わたくしの素人物真似程度では到底再現出来ないことが悔やまれますわ。光希様はその時のレンドルフ様役で三番手に昇格しておりましたから、今頃は二番手になってらっしゃるかもしれませんわ」

「トップスターではないんですか」

「トップになれたのでしたらそれはそれで喜ばしいことですけれど…どちらかと言うと主役のライバルやバディのポジションでこそ輝く方でしたからねえ。最高のポテンシャルを発揮していただきたい一ファンとしては複雑な心境ですわね」

「あ、それ何か分かります。ジャンルの沼は違っても、我らの推しには最高の場で最高に輝いていて貰いたい気持ちは変わらないですね」

「そうですわね」


こうして、二人は暇を見つけては推しに付いて語り合い、半年も過ぎた頃には元気のなかったアンヌも自分の中で気持ちの整理を付けたようだった。


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「マリさんは卒業後はどうなさるの?」


学園卒業まで三ヶ月を切ろうとしていた。

もう殆ど授業はなく、卒業生は卒業後の支度に日々忙しくしていた。


そんな中、本日はもう数え切れない程繰り返されて来た公爵邸の庭園で二人のお茶会だ。

少しだけ大人びた顔立ちになって来た二人は、相変わらず公爵家使用人達の目の保養となっている。当人達には知らされていないが、実は使用人だけでなく公爵夫妻も時折本邸の窓から遠眼鏡でこっそり愛娘と親友の微笑ましい談笑を覗き見していたりする。


「私は何とか上位聖魔法もマスター出来ましたし、教会でしばらくは聖女業でもしようかと思ってます。ほら、魔獣討伐の辺境の騎士達と合同訓練にも後方支援という名の作戦参謀で同行出来ますし」

「相変わらず戦略を立てるのがお好きですのね」

「如何に被害ゼロにして相手を殲滅させるかが腕の見せ所です」


マリは、公爵令嬢の親友ポジションとなったことで、学園生活がグッと楽で自由になっていた。アンヌを介して身分に拘らない友人達も増えた。入学当初の目的であったより強力な聖魔法も身につけることが出来、卒業と同時に正式な聖女として認定されることが決まっていた。


「アンヌ様はしばらくこの国には戻られないのですよね。寂しくなります」

「そんな顔しないでくださいませ。お手紙を書きますから、貴女も書いてくださいね」


アンヌは、早い段階で王太子の婚約者候補を辞退していた。あんこの開発から始まった食糧品の貿易に興味を引かれ、卒業後はもっと高度な知識を身につけるべく、学術研究が最も進んでいる学園都市を擁する他国への留学が決まっていた。


「せっかく乙女ゲームに転生したのに、恋愛経験値ゼロな学園生活でしたねえ」

「その気はないのに、残念そうに言わないでくださいまし」

「ごもっともです」


二人は顔を見合わせてコロコロと笑った。


キミシロミのゲームの期間は、学園の入学から卒業までだった。その間に誰かと親しくなり好感度を上げて、卒業後に婚約や婚姻となるエンディングもあった。恋愛メインのゲームなのだから、むしろそちらの可能性が高かったかもしれない。だが二人は、そういったイベントを綺麗に回避して、誰とも恋愛関係にならないエンディングを迎えようとしていた。

申し合わせた訳ではないのだが、前世の感覚からすると学園生活の中で将来を決定してしまうのが勿体無い気がしたのだ。


「マリさんはヴァイス(おとうと)と上手く行くかと思ったのですけれど」

「仲が良いのは否定しませんけど、あれは友情パラメーターが高いだけですよ」

「それは見れば分かりますわ」

「まさかのツンデレ属性インテリ眼鏡枠と見せかけてワンコ属性脳筋枠に育つとは思いませんでしたからねえ」


アンヌの実家ユリアネ公爵家に後継として養子になったヴァイスは、ゲームでは分かりやすく銀髪に青い瞳で眼鏡をかけたクール系で、理屈っぽい性格だった。ヒロインと好感度が上がるに連れてデレて来るツンデレ担当…の筈が、何故か見た目はそのままに中身は素直で人なつこい脳筋に仕上がってしまった。そして前世は戦略ゲーム大好きだったマリに効率的な戦略を教えてもらいに来るため、顔を合わせる機会は男性の中でダントツに多かった。

だが残念なことに、そこで育まれたのは上司と部下のような関係でしかなかった。


「あれで、この世界はゲームに似た現実世界だとつくづく分かりましたけどね」


他にも、マリの記憶の中にあるゲームとは大分違う性格になった者や、起こらなかったイベントも多数あった。かつて前世で読んでいた物語の中にあったような、転生者を翻弄するゲームの強制力は欠片も見当たらない。なので、マリもアンヌも、前世の記憶や知識は便利な道具の一つとして、今の世界を自由に謳歌することが出来たのだった。


「アンヌ様こそ、ご一緒に留学する宰相様のご子息とはどうなんですか?何かこう、ロマンス的な?」

「ありませんわ」

「秒で否定した!」

「何と言いますか…面倒ですのよ、色々と」

「あー…頑張ってください」


メイン攻略対象の一人であった、宰相の次男である侯爵令息は、どこから聞きつけたのか「あんこの女王」の二つ名を持っているアンヌを崇拝していた。そのせいか、普通の会話をしていてもひたすらアンヌを褒めちぎる単語を挟んで来るので少々会話が面倒くさいのだ。

イケメンで能力も高い筈なのだが、マリとアンヌの中では「残念甘党」枠として登録されている。


「そうだ、アンヌ様。来週侯爵家で開催されるエリザベス様のお茶会で、煎餅の提供に成功しました!」

「やりましたわね!さすがマリさんですわ」

「侯爵家のシェフも腕は良いのですが、甘いもの尽くしな上に、エリザベス様の王太子殿下(婚約者)へのおノロケ攻撃のコラボはキツイですからね。醤油煎餅と塩揚げ餅が参戦することで、甘いのとしょっぱいの交互で無限に行けるようになりますよ!」

「そこは控えた方がよろしいのではなくて」

「ええ〜そこは食べましょうよ!思う存分!」

「わたくしを巻き込まないでくださる?」


二人の話題はいつだって尽きることはない。

出会いは通常とは違ったかもしれないが、こうして生涯の友と言ってもいいほどの親友を得られたことに間違いはなかった。


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学園卒業後は二人の道は別れ、会うのは数年に一度程度になるのだが、顔を合わせた際はまるで毎日会っていたかのように仲睦まじく笑い合っている姿が見られた。それは、生涯通して変わることはなかったと家族達は伝えている。



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実は、マリも、当然アンヌも知らなかったのだが、続編「キミシロミ2」には隠しシステムが存在していた。無印のエンディングスチルをフルコンプした後、ヒロインが誰とも恋愛エンディングを迎えないデータで最終セーブすると、続編でも前作のヒロインでプレイ可能になるのだった。本来は異世界という設定で接点のない筈の世界線が繋がり、前作ヒロインが次の舞台に留学して来るところから物語が始まるのだ。そしてその際、最終データで最もヒロインと好感度の低かったメイン攻略対象者も共に留学して来るというおまけ付きで。


そう、アンヌは全く予想もしなかった形で、推しと邂逅することになったのだ。


とは言え、やはりここもゲームに似た別物の現実世界。


アンヌの前世最推しであったレンドルフ・クロヴァスは、顔立ちこそ母親似の優美な美形であったが、それ以外は辺境の赤熊と名高い父親似のガチムチマッチョボディだったのだ。


あまりの衝撃に出会った瞬間うっかりアンヌが卒倒して、危うく国際問題なりかけたのはまた別のお話。



前世アンヌの雑な友人は、「ああああ」という雑な名前のまま三桁を越えるスチルをフルコンプして、そのままの名前で続編もプレイしたという強者でした。彼女が見ていたのは、ヒロイン「ああああ」と共に好感度が一番低かったヴァイス(正しくツンデレ)が留学するところから始まる物語だったので、ヴァイスの顔だけは見覚えがあったのです。


それから前世アンヌは、舞台の「レンドルフ」が好きなのであって、友人に頼んでプレイしてもらって見た元祖レンドルフはそこまでツボには入っていませんでした。やはり一番最初に摂取した推しが一番美味しかったということで。



お読みいただきありがとうございました。

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