インストール
まだ冷えの抜けきらない2月の夜、夜道を歩くのはどこにでもいそうな大学生だった。
「先輩も始めた方がいいっすよ。」
地方から出てきた彼の唯一の知り合いとも言える後輩は鍋をつつきながらそう言った。
「俺は、いつも言ってるだろ。普通の出会いをして、自然な流れで恋をしたいわけ。」
熱い厚揚げに苦戦しながら彼は答える
「でもそんなこと言ってもこの生活じゃ出会いなんかないじゃないですか。学校も通えないんだし」
後輩の言うとおり、大学に進学か決まった途端に夜に蔓延った流行病のせいで彼らは素敵なキャンパスライフどころか、教授の顔でさえ電波越しにしか見たことが無いのである。
「先輩のバイト先はパッとしないおっさんとパートのおばちゃん達しかいないですし。無理ですよ無理。」
サークル活動も、同級の学生の名前も顔もしらない。夢にまで見た都会でのキャンパスライフはバイト先との往復とパソコン越しの講義のみだった。
「まあでもお前の言うことも一理あるよな」
唯一の頼みの綱のバイト先の人間は誰も、合コンを開いてくれるような甲斐性もなかった。
「そうですよ、だから先輩も始めましょマッチングアプリ。同世代はこれでみんなウハウハな思いしてるんですから、波に乗らないと」
夢を膨らます後輩を冷めた目で見ながら彼の心は少し揺らいでいた
「てかさ、なんで厚揚げなわけ?鍋は普通豆腐じゃない?」
「うちの地元じゃ豆腐じゃなくて厚揚げなんすよ」
「いや、地元一緒だろ…まさかうちだけ違うのか…?」
たわいも無い会話が続くと、鍋の中と安い発泡酒の缶がいくつか空になる
「俺、そろそろ帰るよ」
皿を片しながら立ち上がる
「え、今日泊まっていかないんすか?」
「なんか少し酔っ払っちまってな。今日は帰るよ」
「そうっすか、気をつけて帰ってくださいね」
「あいあい」
ほかほかと温まった身体をコートとマフラーで包み、彼は家を出た。
「やってみるかあ。マッチングアプリ」
インストールをし、簡単な初期設定を済ませたあたりで家についたが満腹感とほろ酔いの波に飲まれて眠りについた