進め 進め
紫色のマグマは踏めば足を飲み込み、それなりに固く、歩きにくくてとても鬱陶しい。しかし足首が隠れる程度の深さしかない。国民守護部隊が縄ばしごのような形をしたものをマグマに沈めてくれているお陰で、それに足をひっかければ強く地面を踏みしめることができる。
だがそれはそれとして、一歩踏み出す毎に足首に纏わりつく、どろどろしたものから足を引き抜くことを続けていれば、当然ながら普通に歩くのとは全く違う疲れが生じる。
一行は頂上が見えてきたところで一度足を止めて休むことになった。
一面が紫色に覆われているので、地面に座ったりする気にはなれないが、息切れして汗だくの祐治にはそれでもありがたい休憩だ。
雪も少し息づかいが荒い。だがその手にはすでにタオルハンカチがあり、まっすぐに祐治へと差し出していた。汗を拭いたいなどとはまだ口にしていない。修介の教育の賜物だ。
周辺の毒ガスの濃度は事前に聞いていた通り低い。短時間なら吸い込んでも平気だろうと判断した祐治は、防護服のフードを頭の後ろに下げると受け取ったタオルで乱暴に汗を拭い、またフードを被り直した。
フードからバイザーが首もとにまた伸び、再び毒ガスが遮られる。やはり大したことのない毒ガスの情報が、バイザーの端にうっすら表示された。
見た目は厚手のウインドブレーカーにしか見えないが、国一番の研究所で作られた防護服は国民守護部隊のように重量のあるヘルメットをわざわざ脱ぐような手間はない。こうして自然に違いを見せる――さりげなく宣伝しろという指令通りの行動だ。
どうやら国民守護部隊の隊員たちが荷物の運搬を担ってくれている中、雪はそのタオルだけは自分で持っていたようだ。祐治が返したタオルで雪も汗を拭っているので、自分自身のためでもあったらしい。汗を拭って少しすっきりした表情を見せる雪はまだまだ元気そうだ。
大きく呼吸している祐治が、この中で一番体力がないらしい。しかしそんなことよりも、雪はタオルの汗の匂いが気にならないのか、不安になる祐治だった。
頂上付近は、さすがにそれまでよりも毒ガスの濃度は高かった。時おり周囲からごぽりと大きな音が聞こえる。体液から毒ガスが大きな泡となって吹き出しているのだ。
禿げ山の頂上は広くて平らだった。マグマは膝近くまであったが、これまでとは違って非常に水っぽい。水の中を歩いているのと変わらない。
進行方向には山を登っている途中でみたものと同じ、二本ずつ杭が打たれた道標がたくさんある。これまで同様、その杭によって固定された縄ばしごが沈められているのだ。ジャバジャバと音を立てつつも、しっかりとした凹凸のある足場のおかげでなんとか進んで行くことができる。これも国民守護部隊のおかげである。
どろどろとしていて紫色のマグマのようだった体液は、この山頂では普通の水よりは重たい、という程度のものになっている。見た目はあまり変わらないが、歩くのは楽になった。
こうした変化は、いよいよこのマグマのようなものを生み出している「生物」の本体にたどり着くことを知らせていた。
そうして頂上で待機していた、国民守護部隊の隊員たちとようやく合流した。
この頂上にやって来るまでの足場は彼らが用意してくれたのだ。そして祐治たちが来るまで(ほんの少しのものとはいえ)危険な場所に留まっていてくれたのである。
是非とも彼らに当社の防護服を利用してもらいたい、と思う祐治であった。