病院と研究所はにらみ合う
二人は昼食後、すぐに帰路についた。女子たちはにらみ合いに、あるいは美食に気をとられすぎて置いていかれた。
城山病院の敷地内にある宿舎に、二人それぞれの家がある。まず立ち寄った雪の家では、雪の母親がいつもよりは明るい顔色で出迎えてくれた。
「こんにちは、祐治くん」
「こんにちは。ああ、今日は父に呼ばれているのですぐに雪と出かけてしまうんです」
祐治が上がっていくだろうと思って一歩下がった雪の母親に、慌てて声をかける。
「私の荷物を置きに戻っただけなの」
「あら、いつものお茶を用意したかったんだけど残念ね」
雪の母親は雪ととてもよく似ている。二十歳になった娘と並んでも姉妹のように見える美人だ。二人の違いはほぼ服装と髪型、そして顔色だけだった。
「今日は調子がいいから少し残念だわ」
そう言う雪の母親に見送られ、それぞれの荷物を家に置くと、宿舎の奥に建つ城山研究所へと向かう。この国で最先端の技術を持つと言われる医療研究会社であり、二人にとっては日常の一部であり、これからも長い時間を過ごすだろう場所。
祐治の父親、城山大悟が作りあげた「城」である。
そこへ向かう二人とは逆方向へ、交代の時間なのか白衣の医者や看護師たちが歩いてくるのが見える。
(木村先生だ。顔色は悪くないから、今日は院長が研究所に行ったりはしていなさそうだな……)
祐治は安堵しつつ、顔見知りには会釈をし、立ち話はせずにすれ違う。二人は子供の頃、健康診断の度に城山病院に通っていた。しかし、今は彼らとは壁ができてしまっている。
城山病院は、産婦人科を中心に高名な病院である。長い歴史と、経営一族からの医者の多さも同じく知られている。医者ではない、工学の道を選んだ城山大悟と息子の裕治は異端であった。
だが城山大悟の立ち上げた研究所は十数年で急激な成長を遂げた。雪と裕治の二人が病院よりも、最新の機械が揃う研究所で過ごす時間が増えるのに合わせるように、世間の認識も変わっていった。今や「城山」と言えば、城山研究所のことを誰もが思い浮かべるようになったのだ。
おかげで祐治は特にありがたくもないモテ期に少々悩まされることになったのだが。
この結果に大きく関わったのが、病院の前院長であった大悟の父親。祐治の祖父にあたる人物である。彼が病院の敷地内に研究所を建てさせたおかげで、病院と研究所は互いに協力して発展し続けている、――はずだった。
だがこうして医者たちと、研究所の人間たちは互いに口もきかずにすれ違うばかりというのが現状であった。
何が問題なのか。
それは、この名門病院における現在の院長である城山光一と、その弟の大悟の兄弟仲が最悪であったことである。
――城山の医者の才能は兄、だが開発の才能は弟。足して割ればちょうどよかったのに、それぞれの才能を独り占めして生まれてくるほど仲の悪さは筋金入りらしい――
そう陰で言う者もいるくらいには、歴史と信頼を積み上げてきた病院も、今の社長が初代である研究所も大きく成功し、仲の悪さも広まった。
……そして険悪ながらも、ぎりぎりのバランスを保ちながら、両組織の名を轟かせていた。
国を代表するとまで言われるようになった研究所の始まりが十年ほど前の小さな山の中だったとは、誰ももう侮らない。病院の歴史を誇る院長ですら。
それでも二大組織のトップたちの険悪ぶりに変化はない。院長と社長の更なる兄弟ゲンカを恐れてあえて互いに干渉しない人々の姿は、この場所ではごく普通の風景だった。