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城山祐治はモテていた

 約十年が経ち、城山祐治は今日も大学で女の子たちに囲まれていた。


「祐治くん!」


「あっ、祐治くーん!」


「これおいしいよ! 一緒に食べよう!」


「ちょっと、私が最初に声をかけたのに!」


「そんなのよりこっちの方がおいしそうでしょ!」


 モテモテである。新進気鋭の医療研究会社、城山研究所の御曹司という肩書きは伊達だてではない。


「ああ、おいしそうだね」


 本人も顔立ちは悪くないし、こうして笑顔で応えてくれる好青年なのだ。女子たちの目にはちょっとどころではない熱意が見える。


 しかし――


「でもごめん。雪を待たせているからもう行かないといけないんだ」


 祐治は毎日同じセリフを言って去っていくのである。


「えーまた? たまには私と食べない?」


「いや私と食べよう? ほらこれ、デザートにと思ってせっかく用意したのに……」


 そう言って一人が取り出すのは有名菓子店のケーキである。女子たちの視線は祐治から外れきらきらと店名が輝く箱に集中した。

 金持ち息子よりもケーキの方が人気ものになった瞬間である。


「今日も雪がお弁当を用意してくれているからね、婚約者を優先させてもらうよ」


 しかし祐治の口から放たれるのは、これまたお決まりのセリフである。そのやりとりを近くで見ていた祐治の友人たちは苦笑いするしかなかった。


「あんな美人さんが婚約者だっていうんだし、もう無理だって諦めればいいのにな」


「毎日懲りないよなあ」


「まああれだ、断られてもおいしいものは自分で食べればいいもんな。そのうち誘いに乗ってくれればいいって気楽なものなんじゃないか?」


「あれじゃたぶん一回も誘いに乗らなさそうだな……」


「というか婚約者の宮元って優秀で、祐治の会社でもう仕事を手伝っているんだろ? のろけみたいな話もなんだかすごかったし」


 そう友人たちが好き勝手に話しているうちに現れた黒髪の美人と共に、祐治はあっさりと女子たちで出来た囲いの中から去っていった。


「毎日あんなに仲がいいのを見て、よく割り込もうと思うよ……」


 憎々しげに見送る女子たちを見て、友人の一人はそう呟くのだった。




 十年以上前に決まった「婚約者」の二人は、成長してからもうまくやっていた。雪は外見ではなく、その実力で祐治の婚約者の座を不動のものとしていた。


 例えば、祐治の好きな飲み物の情報から始まり、スケジュールの把握、天候や体調に合わせた昼食の用意、些細(ささい)な気配りをする。


 これらは真似しようとする女性も現れ、裕治に「ありがとう」と人好きする笑顔を向けられて、自分こそが好かれていると思い込む者が後をたたない事態も起きた。おかげで現在の祐治は雪以外の女性からの誘いは一つも受けないようになったという経緯があり、横恋慕する女子たちは成すすべなく二人を見守るしかなくなっている。


「今日のもうまいな……」


「それならよかった」


 お弁当を囲む二人はとてもリラックスした様子だった。

 先ほどまで祐治を囲んでいた女の子たちも二人を取り囲むように付近の席に座っている。それぞれが持ち寄った自慢の逸品を食べながら、ギラギラと目を光らせて(すき)(うかが)っている。


 彼女たちは精鋭である。すでに婚約者という「特別に扱われる存在」になっていた雪と祐治の姿を目の当たりにして、今もなお後釜を狙う者たちだ。

 当初は廊下を埋め尽くしていたほどに存在していたのだが、雪に張り合おうという者は今やごくわずかになった。彼女たちのにらみ合い、もとい豪華料理たちの交換会が彼女たちの心を支えている。


「ゆっくり食べていられないのが残念だな」


「まだ時間の余裕はあるからそんなに急がなくてもいいんじゃない?」


「あんまり遅くなると親父の小言がな……」


 二人は昼食を食べたら大学から家に帰る予定なのだ。祐治の父親が二人を呼びつけたためである。それを知らない女子たちはお互いに視線をぶつけ合い、火花を散らしながら食事後の祐治に声をかける機会を探っている。


 二人はすでに祐治の父親の興した会社の仕事を一部とはいえ担っている。この呼び出しもまた仕事に関係するものであった。


 こうして公私ともに、他の女子たちと宮元雪の差は開き続けているのであった。


 とどめに二人が高校生の時、御曹司である祐治の誘拐を企んだ悪漢たちを叩きのめし、警察へ引き渡したという逸話まである。そんな婚約者との間に割り込める人間はどこにもいない。


 ――最後の事件は祐治自身としては、女性に守られて何も活躍できなかったというとても不甲斐ない出来事ではあったが、それはそれとして――婚約者にケガもなく「箔がついた」ことだけは喜ばしかった。


 もう雪を押しのけられる女性は現れないのだ。

 他でもない、人生の半分以上を過ごした宮元雪との未来を彼はつかみたいのである。

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