広告のせいではなく自分のせいである
この事態を引き起こした罪な広告は、一種の宗教団体のものだった。その主な主張は「神から授かるに任せた妊娠をすべきである」というもの。
……それがどうしてそうなったのか、主に一定以上の年齢の男性たちが集まるサイトの運営に力を入れる結果となった。信者でなくともありがたみのある宗教団体なのだった。
信者以上の数の男性たちが崇めている団体であるとかなんとか――というのは、祐治はともかく雪には関係のない話であるので、これ以上は語らない。
この広告に関係があるのは、「城山の人工子宮装置」である。
この宗教団体からすれば悪魔的な発想から生まれたといえるこの装置が、城山研究所を大悟の一代で急成長させることとなったのだった。
あらゆる医療を行う総合病院である城山病院の、元から評判であった産婦人科をさらに有名にした研究成果。多くの夫婦が苦悩し、防ぐことのできなかった悲劇を積み上げてきた過去から、何十年も城山病院の医師たちが求めてきたもの。
それは、母体に何一つ負担をかけず、生命を誕生させるということだった。
人工子宮装置そのものは国や時代を問わず多くの議論を経て、多くの研究がなされてきた。しかしどんなに理論が組み立てられようと、多くの働きかけをしようとも、なかなか生命への干渉について世間に受け入れられないまま百年という時間がかかっていた。
それでも諦めなかった人々が様々な規制や反対を一つずつ乗り越え、ようやくその臨床実験も行われた。
そうしてついに子宮の役目を完璧に果たす装置が認められたのが二十年前。祐治の父親である城山大悟が、雪の父親である宮元修介とともに世界で初めて作り上げたのである。
そして雪は、その臨床試験で生まれた一人なのだ。
今も城山研究所しか国内で製造が認められていない専売特許なために、数が限られ、またその運用には繊細な管理が必要であったりする。そのせいでとてつもない金が必要になるものの、それは間違いなく「奇跡」と呼んで差し支えないものであった。
つまり、出産に耐えられない体であったり、子宮の病気や摘出によって妊娠の望めない女性たちにとって救いとなる画期的な不妊治療がようやく可能となったのだ。当時、大悟の父親が院長であった城山病院が研究所のスポンサーになったことで装置を確保し、病院の名声もさらに高まることとなった。
もちろん今でも、他国で同じ試みは行われている。しかし世界で唯一「誕生率百パーセント」を達成した城山研究所の装置は、どこよりも抜きん出ているのだ。
だがこの宗教団体はこの人工子宮装置について「生命への冒涜だ」と主張する。
この人工子宮装置を開発した城山研究所はもちろん、これをほぼ独占している城山病院にとっては非常に目障りな存在であった。
……雪と話の流れでその宗教団体についてスクリーンに映そうとしたのだが、ついうっかり、祐治はいつも選んでいたものを選んでしまったのだ。
結論だけを述べれば、どんな技術革新があろうと人間から失敗はなくならないのであった。
「なあ雪……」
「なに?」
胸に巣食う無念を押し退け、祐治は言った。
「もし俺がそういうことをしたいって言っても、ちゃんと止めてくれよ? 俺が言ったからって、何でもその通りにしてほしいわけじゃないからな?」
祐治は雪に言うことをきかせたいのではない。
祐治は、雪が大切なのだ。ずっと守りたいと思っていたのだ。……現実は守られて助けられているばかりだが。
「俺は俺なりに、あんまり……いや全然……何かが出来ているつもりはないけど、雪が嬉しいと思うことをしたいと思ってるから。だから雪も俺に雪の気持ちをちゃんと言ってくれ……」
消化しきれていない無念に頭を抱えながらでなければ、格好よく決まっていたかもしれない。
――パシャリ。
暗い穴の底で、静かな水の音が響いた。