そんな顔で聞かれたら何もできない!
それは高校卒業前のこと。
「祐治さんは、私とこういうことをしたいとは思わないの?」
突然だった。
二人の目の前にあるのはスケベな……なんてものではない、生々しい女性たちの写真の数々が映し出された、とてもじゃないが年頃の女の子と二人で眺めたくはないスクリーンである!
うっかり手元のキーボード操作を誤り、本当に選ぶはずだったリンクではなく、いかがわしさ満載の広告をうっかり選択してしまったという事故によるものだ。
もちろんそんな広告が出てくるというのは、そのスクリーンにそういうものをたくさん映しているということになるのだが。高校生男子なら自然なことかもしれない――しかしそれを堂々と異性に公開する者などいないだろう。
そう、これは事故である。
誰も望んでいない事故である。
とりわけ祐治が一番望んでいない事故なのである。
だが現実は変わらない。絶対に隠したいものを一番見せたくない相手に見せてしまい、祐治は固まった。
そして一瞬前までは軽蔑の視線や拒絶を予想し、あまりにもあんまりなものを見せてしまった自分への怒りやその他の様々な感情がない交ぜになり、逃げ出したかったのだが。
雪からの言葉は、祐治の想像を遥かに越えた衝撃的なものだったのである。
(そういうことって、それって……)
その言葉を聞いた瞬間、祐治の思考は完全に違うことに支配された。小学校に通っていた年齢で知り合い、この時には高校卒業も間近となっていた二人だが、これまでの最大の接触は小学生の時に抱き合ったことがあった、くらいのもの。
周囲の付け入る隙のないほどに行動を共にしつつも、手すら握らない清らかな関係性だった、そんな彼女に。
そんなことを言われてしまったら。
一瞬で、その服の下のことを考えてしまうのも。
その体温を想像してしまうのも。
その一瞬の情報処理が終わるどころか頭に血が上る前に下がっていくのも。
仕方がない。何しろそんなお年頃。
だが、祐治をまっすぐに、ただただ不思議そうな顔をして見てくる雪に、祐治は何もできない。雪の部屋で二人きりで、しかもなぜか普段はつけていないはずの香水の匂いすら雪から漂ってくるという、心底悩ましい状況であっても何もするわけにはいかなかった。
(……これってそうなのか? いや雪が? そんなはず……いやまさか……でもこれって……?)
混乱と、緊張と、その他にも少々表現するのが憚られるあれやこれやが頭の中を巡る。自制心や理性を一瞬で使い果たしてしまいそうになりながら、それでも、生唾を飲み込んで祐治は耐えた。
雪の質問であった「思うのか、思わないのか」であれば、「思う!!!!!!」なのだが。祐治の本音はそうだったのだが――
――子供ができるようなことをしてみろ。お前がずっと言い続けている婚約とやらは一切認めん――
雪と結婚するという祐治の言葉を、父親はずっと否定してきた。祐治はここで父親に格好の口実をやるわけにはいかない。絶対に、それだけはするわけにはいかないのだ!
――いかないのだが、祐治は悩んだ。とても長い時間悩んだ。長い時間に感じられただけで短い時間だったかもしれない。だが悩んだ。真剣に悩んだ。どうにか抜け道はないかと悩んだ。含むところがあってそう言ったわけではなさそうな雪を見て我に返った。なんとか雪から目をそらしてスクリーンからも広告を消し去って――
「………………………………」
ちゃんと作れた(はず)の笑顔を顔面に張り付けて、
「……そういうのは……結婚してからな……」
今時の若人にしては渋い回答を選んだ。
(……なんとか……言い切った……)
そんな安堵よりも、とてつもなく悔しかった……。
祐治自身にとって残酷なこの言葉を言うのにも、全ての気力を全身から絞り出す必要があった。しかし、祐治は勝った。自分自身に。
大悟と祐治のやりとりなど何も知らない雪は裕治の葛藤に気付かず、「そうなんだ」と呟く。
どうしても(本当は今すぐがいい)とは言えない裕治であった。