果たす者、すくい上げる者
(やったのか……? 手応えがなくてわからない……)
その場の全員が戸惑っているのがなんとなく祐治にもわかった。まず間違いなく祐治の弾は本体に当たった。生物兵器の動きも止まった。呆気ない。あまりにも。
祐治はまだ悩んでいたが、国民守護部隊はもう大丈夫だろうと判断したらしい。邪魔をしないように少し離れていた防護服の人々が、紫色のマグマの中を歩きにくそうにしながらもゆっくりと祐治の元へと移動してきた。
それを見た祐治も、もう自分の仕事はほぼ終わったのだという実感が湧いてきた。
毒ガスが止まったのだから、マグマもそのはずだ。となれば、あとはひたすらこの紫色に染まった山を綺麗にするだけだ。それも、国民守護部隊がマグマをかき集め、研究所にて研究者たちに引き継ぐことになるのだから、祐治がすることはない。作業の完了まで残り、雪と研究所に戻って報告する。それで終わりだ。
「お疲れ」
雪は誰よりも早く祐治のところへやってきた。国民守護部隊の隊員たちよりもずっと近い場所にいたのだと想像がついた。
「ああ、ありがとう。これでもうおわ……」
――見られ――いや睨まれている!
そう思った祐治は一度背中を向けた生物兵器の本体を振り返った。
先ほどと何も変化はない、紫色のマグマに浮かぶ本体。だがそれに気をとられている祐治のすぐ目の前でマグマが揺れた。
その瞬間、雪が祐治を真横へ突き飛ばした。祐治の体があった場所に雪がよろめき、紫色のマグマが一気に膨らみ、弾け、大波となって勢いよく彼女に襲いかかった。
一瞬だった。その一瞬で雪の姿は祐治の前から消えた。
「雪!」
体の自由がきかないながらもなんとか立ち上がろうとする祐治の腕を一人の守護部隊隊員が掴み、支えた。しかし完全に立ち上がる前に、周囲の体液が一気に生物兵器の本体へと流れ始めた。
いや、すでに本体は姿を消していた。代わりにその場所にあるのは、大きな真っ暗な穴――
(あの穴を、生物兵器が埋めていたのか!? その生命力がなくなって、体液が全部あそこに向かって落ちているのか!)
すぐそこまでやってきていた国民守護部隊の隊員たちが近くの杭にしがみつき、祐治が流されないように腕を掴んでいた。そのおかげで、祐治は無事だった。離れたところにいた隊員たちも。雪以外は。
山肌か、大穴かに流れた紫色の体液とともに、雪の姿も消えていた。言いつけ通り、祐治を守ったのだ。
濡れていて滑りやすい地面に気を付けながら、祐治は大穴を覗きこんだ。
(……約50メートル下に、防護服がある……中の人間の反応……異常なし……)
顔の前に情報が映し出されているのを確認する。
(無事か。……結局、俺は助けられてばかりなのか)
雪の状況を知り、体を強ばらせる力は抜けた。だが、それでも思う。
落下したのが祐治ではなく雪だったのは、雪が祐治を庇ったから。
――ではない。祐治こそが雪を守れなかったからなのだと、祐治は思う。
大人になっても祐治は雪に何かをしてもらうことばかりだ。いつも祐治は雪に出遅れて、彼女に助けられている。
だが祐治は諦めてはいない。
「すみません。先に下に降りていますので、引き上げてください」
「は!? 待ってください、それは――」
祐治は大穴へと飛び込んだ。祐治と雪の防護服は、100メートルの落下にも無傷でいられる。自由落下ではなく、一メートルを一秒ほどのスピードを保ったまま、足先から降りていく。
雪は体液に巻き込まれて落下したが、それでも異常なし、つまり無傷だというデータが送られてきた。なんの障害もない祐治の降下も大丈夫だろう。
だが、宙に浮くような機能はない。つまり上に戻るには国民守護部隊の救助しかない。準備にどれほどの時間がかかるのかはわからないが、用意が整うまでは薄暗い穴の底でじっと待つしかないのだ。
祐治は知っていた。雪は一人で暗闇の中にいるのが苦手だということを。
かつて雪が一人で暗い場所にいたのを、迎えに行ったこと。それが唯一といっていいほどに、わずかな、彼が雪を助けた出来事だった。
(俺も行くから、だから、大丈夫だ、雪)
底はまだ遠い。