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何の抵抗もない

 まず、「生物」の本体を確認する。


 それはまるで膨らませた風船のように見えた。妙な光沢を帯びた、歪な楕円のような形をした紫色の物体が、不自然にマグマから飛び出している。


 その楕円のような妙な形は一定ではなく、どこかがへこみ、と思ったら平らになり、上から潰されたように平べったくなり、縮んで真円に近くなり、と変化し続けている。


 大きさは人間一人で抱き抱えられそうな小さなものだった。しかし、紫色のマグマのようだと例えられたその体液は見た目だけではない。

 本体の大きさからは想像もできないが、生成する体液は山を一つ覆い尽くそうとするほどの量だ。さらに毒ガスも産み出すことを考えればとんでもない存在である。


 幸い、この個体からはあまり大した毒は出てこないようだ。しかしこれから先、強力な毒を発生させる生物兵器を隣国が開発してしまったら、かなりの被害がでるだろう。産み出す毒の量があまりにも多い。


 そうでなくても「生物」なのだ。もし何かのきっかけで、自ら強力な毒を作る存在に進化してしまったら、取り返しのつかないことになる。祐治はぞっとした。


(今ここで退治しないと)


 祐治は決意を新たに、社外秘の技術の結晶である、とある薬品を機器にセットした。機器とは麻酔銃のようなものだ。以前から国に調査を依頼されていた城山研究所によって、この生物兵器を無力化させるために行われた研究の成果である。

 この薬品を注入することで、この生物兵器の唯一の武器といえる毒の生成を止められる。上手くいけば、生物兵器の息の根をも止められるという話であった。


 研究途中であったため、毒の生成の阻止までしか保証しないと、出立(しゅったつ)前に話をした研究員たちには言われている。だが新たに体液がでてくることさえなくなるなら、生きていても大した問題はない。本体への対処も研究も、あとは研究者たちにまかせればいいのだ。


(撃つのは……もうここからでいいか)


 祐治は本体に一番近い位置に刺さっていた杭を追い越し、慎重に狙いを定める。本体からの距離は、大体2メートルといったところだ。出発前に少し試し撃ちしただけなので、風も雨もないよく晴れた日でよかったと思う。


 正直なところ、祐治はこれまで危険を感じていない。近づき、注射器で注入してもいいのではないかと思ったくらいだ。


 ただ用意されたのは注射器ではなかったためこうするしかない。不測の事態に備えてあまり近かずに処理するためと、書類にはあったが――


(こんなに近づいてもやっぱり何もないじゃないか。大袈裟すぎるだろ……。とにかく、今は正確に当てることを考えるか)


 いまいちすっきりしなかったが、祐治はやるべきことに取りかかった。


(この薬だけでも死ぬかもしれないが、手加減ができるものじゃないからな)


 祐治が読まされた書類にあった計画は、薬品によって生物兵器の動きが止まったら、そこから国民守護部隊に預けた捕獲道具で本体を確保し、残されるマグマを除去するというものだ。無限に(あふ)れ出る毒の生成さえ止まれば、研究所への運搬は難なくこなせるだろうということだった。


 大悟や部下の研究員たちも、生物兵器の生死にはあまり関心がないだろう。祐治はそう考える。

 大嫌いな親族たちの経営する城山病院よりも自身の研究所を盛り立てたいという野心を持つ大悟だ。生きていようが死んでいようが、他国の生物兵器が手に入れば、国内の多くの研究施設に対して優位に立てるはずだ。

 生物兵器という分野において諸外国に遅れをとっているこの国でますます成り上がる、大きなチャンスだとしか思っていないに違いなかった。


 ――しかしそんなことは祐治にとってもどうでもよかった。彼のやることは何も変わらないのだから。




 ごぽり、という音が聞こえる。それ以外は防護服を着た人々の声も何も聞こえない。


 そこに小さな発射音が響いた。紫色の膨らみが一瞬へこみ、緩やかな曲線を描いて再び膨らんだ。


 ……そのまま動かなくなった。形を変え続けていた生物兵器の本体は、歪な球体のままでマグマに浮かんでいる。


 ごぽり、という音が聞こえる。また、聞こえる。


 ……だがそれに続く音は、ない。

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