六回目は誠実に対話を
ふと目が覚めて寝具から、確かめながら起き上がる。
――戻ってきたんだ、あの頃に。
彼女にちゃんと謝らなくては。彼女にちゃんと向き合わなくては。
昼が来て、茶に誘うため彼女の部屋を、訪れて、ノックを三回。
「どなたでしょうか?」
「僕だよ。君と、話がしたい」
「まあ、殿下? いったいどうして」
少しだけ、待つと彼女は 見事な所作で、部屋から出てきて礼をした。
何度見ても、きれいな姿と思ったよ。
サンドラの手を、取って歩いた。
エスコートなどいつぶりだろう――僕にとっても、彼女にとっても。
「まず第一に、謝罪がしたい。……君にはすまないことをした。
謝ったってもう二度と、君には届きはしないけど。
――申し訳ない」
「いったい、何を」
「そして第二に、君と向き合う覚悟ができた。
こんな僕でも君の隣で、愛し合えるよう努力をしたい」
すると彼女は俯いて、心細げに小さく言った。
「……そんなこと、できないくせに」
「サンドラは、僕が嫌いか?」
「ええ、嫌い。大っ嫌いです。それでもわたしは――」
「そうだろう。 そうだよね、こんな僕など……。
君は国へと忠誠を 誓ってこんな婚約に、耐えて文句も言わないで、
――頑張ってきた」
すると彼女はボロボロ泣くので、僕は困った。
困ってなんにもできなくて、泣くのを黙って見つめてた。
やがて彼女は息を整え、語り始めた。
「――初恋のひとがいたのです。
屋敷に仕える少年でした。
わたしより、一つ年上、優しくて、いつも一緒におりました。
笑うとお日様みたいに見えて、格好いい、男の子です。
いつしか互いに意識し合って、けれども未婚の男女ですから、
間違えないよう、自制し、耐えて……
殿下と婚約することになり、わたしは彼を諦めました。
なにを支えに生きろと言うの?
彼を忘れてしまうため、殿下と愛を育もう、そう考えて……
けれどもあなたはわたしのことを、放置して、顧みもせず、
――それがどうして今になって?」
「何度も罪を犯した挙句、
今更己の愚かさに、気づいたんだよ」
「もう遅いです。
あなたを愛することなんて……」
「彼なら君を、救えるだろうか」
「“彼”とは一体?」
「君の初恋」
「……この婚約は、両親も、名誉なことだと喜んでます。
それに陛下が決めたこと、覆すのは難しいかと」
「僕と君との婚約が、少し形を変えるだけだよ。
悪く言うなら愛人だけど、君が心を許せる人を、側に置くのが一番だろう」
「それは不貞じゃないですか」
「君の名誉は守って見せる。
婚約に――愛と公務は別である――そういう言葉を付ければいいさ。
世継ぎは流石に必要だけど、君が嫌なら弟に、できた子供を任命するよ」
震えて涙をこぼしつつ、それでも彼女は見事な所作で、
「……伏して、感謝を申し上げます」
僕らは共に国を支える 誓いを結び、王位を継いだ。
サンドラを、大事な臣下と喧伝し、周りの者へ牽制をした。
彼女は彼と、僕はエミリア――恋人たちは睦まじく、
憎み合わずに、月日を過ごした。
こうしてアレクサンドラと、必死に考え、議論して、
公務を務める日常が、尊く思えた。
今となってはこの白髪も、地面に垂れた鬚さえも、誇らしかった。
僕はもうすぐ死ぬけれど、もう悔いはない。
――もう少し、この毎日が続けばいいな。
そんなことすら考えるほど。
なんだか眠い。椅子に凭れた。
ああ僕は、幸運だった――ようやく正しいことを成せたよ。