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五回目は勤勉で最低に


 ふと目が覚めて寝具から、怯えるように跳ね起きた。

 今回ばかりはこの部屋も、安心できる気がしたよ。

 あの牢獄から抜け出せた! そう思うだけで嬉しくて。


 朝餉(あさげ)を摂って、教師を呼んで、またサンドラと茶を飲んで……。

 落ち着いた頃に気が付いた。

 ――これってなにも解決してない?

 青ざめた、道が塞がるように思えた。


 だからと言って夜にまた、修道院へと逃げるのは、

 とうてい耐えられそうにない。

 ここにいるしかないだろう。


 どうしてこんな目に遭うの?

 考えたって答えは出ない。

 嫌われるのは、無能だからだ。

 だから知識を 得た三度目の、あの時に、活躍しようとしたのにな。

 うまくいかずに頓挫したんだ。


 どうしてアレクサンドラは、僕と違って凄いんだろう。

 ――羨ましくなる、(つら)くなる。

 性根の腐ったグズだから、何をやってもうまくいかない。

 それに反してサンドラは、清く正しく強かった。


 ふとした時に聞いてみた「どうして君は、そんなに強いの?」


「よく学び、よく働いて、恥じないように振る舞うこと。

 ――ただそれだけです。

 決して強くはございません。他に仕方を知らないだけです」


 それを聞き、真似してみようと考えた。

 彼女に教えた教師も呼んで、教えを乞うて、公務に励み、

 恥じないように振る舞うように。


 はじめはちっとも分からずに、眼前に、壁が(そび)えるような気がした。

 それはあの、修道院の塀に似ていた。

 だけれども、他に仕様はないのだし、耐えて学んだ。

 そのうちに、だんだん道理が分かってきたよ。

 世界が開けるような気がした。


 その日から、周囲の人が優しくなった。

 誰も(さげす)む目などせず、愛しむような目で見てくれる!

 これならアレクサンドラも、きっと、僕を見てくれる。


 ある昼下がり、彼女に尋ねた。


「サンドラは、僕を愛してくれるかい?」


「わたしは陛下の妻として、一生を、捧げるつもりにございます」


「違うんだ。君の気持ちはどこにある?」


「死が我々を分かつまで、あなたの側に」


「それは愛なの? 忠誠だろう? 王家に向ける――僕ではなくて」


 ――君はただ、困ったように微笑んだ。

「不敬になってはいけません。そのような、ご冗談などお止めください」


 ああ君は、僕のことなどどうでもいいんだ。

 だからあの時婚約を、破棄して名誉を汚しても、

 反セシル家の内乱が、起きて立場が揺らいでも、

 僕が飢饉に 間違えた 対策をしても物言わず、

 僕のことなど見ようともしない!


 そしてまた、僕らは夫婦の契りを結び、、国王の地位を継いだんだ。


 サンドラの手は、僕に触れない。

 サンドラの口は、僕を呼ばない。

 ――彼女の心に僕はいない。

 結局僕はたったひとりで、生きて死ぬのか?

 それがとっても怖かった。


 そんな時、またエミリアに会ったんだ。

 いつかのように清らかで、天使のように無邪気に笑う。

 僕らは逢瀬を重ねては、指を絡めた、名前を呼んだ。

 心の隙間が埋まる気がした。


 ある時アレクサンドラが、僕に苦言を呈したよ。


「妻がいながらあのような、外聞の悪い、愛人を……」


「いいだろう? 君だって、僕を愛していないのだろう?

 お互い様さ。

 ――僕は君ほど強くないから」


「いい加減、大人になって! いつも自分のことばかり!

 もう結構、ほとほと愛想が尽きました」


 それが最後にサンドラと、会った記憶だ。

 それからは、口も交わさず避け合って、

 僕は毎晩エミリアの、部屋を訪ねた。――逃げ込むように。


 やがて貴族の噂には

 「セシル侯爵令嬢が、陛下の寵を失ったとか」

 やがて彼女は軽んじられて、従うものは少なくなった。


 ――君が今、感じているのが、僕が感じてきたものだ。

   もう誰も、君を見ないさ。

   僕がどれだけ苦しんだのか、分かってくれよ。


 それでも彼女は気丈に立って、

 俯かず、嘆きもせずに立ち向かい、

 そんな彼女を見捨てずに、

 支える者が現れた。


 ――僕がどれだけ苦しんだのか、共感して(わかって)くれよ!


 自分のことが嫌になる。

 結局、自分のことばかり。

 ――正義は彼女にあると言うのに。

 それでも汚い衝動が、僕を駆り立て、僕は従う。

 彼女が孤立するように、噂を流した、煽動をした。


 僕こそが、どうしようもない悪なのに、

 言い訳を、考えてしまう。

 ――きっと彼女は強いから、僕を負かして正してくれる。

 ただそのことを願って暮らした。


 そうして暮らしたある夏の日に、知らせが届いた。

 『昨晩アレクサンドラが、自殺をした』と。


「……どういうことだ?」


「あれほど窮地に立たれていれば、

 もう二度と、返り咲くのは不可能でしょう。

 望みを絶たれて、お隠れに……」


 ――僕が彼女を殺してしまった。


 後悔ばかりが胸を刺す。

 「戻ろう」と、死のうと思った。

 けれども危うい王宮の、均衡はまだ崩れすに、

 謀反も蜂起も起こらなかった。

 これも、アレク サンドラが事前にしていた仕事の成果。

 ――最悪な、愚かな罪を犯してしまった。


 思えばアレクサンドラが、

 エミリアを、毒殺しようとしたことだって、

 僕が彼女をないがしろにし、

 追い詰めたからじゃないんだろうか?


 今となってはサンドラの、顔も記憶に残っていない。

 だけれども、この後悔は忘れはしない。

 老い枯れて、やっと彼女に会えると思うと、

 どんな顔して会えばいいのか――分からなくなる、いまさら君に。

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