二回目は婚約維持で
ふと目が覚めて寝具から、怯えるように跳ね起きた。
確かに僕は死んだはず。どうしてそれが私室にいるの?
内装は、僕が王子であった頃、懐かしいほど記憶も薄れたあの頃の。
一体なにが? 夢だったのか?
朝餉を摂って、教師を呼んで、それから昼に茶を飲んで……。
何気ない、この日常を失って、どれほど時間が経っただろう。
「あの、殿下……。セシル侯爵令嬢を、お呼びになってはいかがです?」
侍従に言われて思い出す。月に一度はサンドラと、お茶を一緒にしていたな。
十数分ほど過ぎた頃、彼女は見事な所作で来て、やはり見事な礼をした。
「調子はどうだい? 元気にしてた?」
「日頃より、殿下の未来の妻として、恥じないように過ごしております」
そう言って、微笑む彼女は美しかった。
きっと君なら僕を正しく、導いてくれる――そんな気がした。
つつがなく、僕らは夫婦の契りを結び、国王の地位を継いだんだ。
「少しだけ、よろしいでしょうか」
「どうしたの」
「わたしの叔父は博学で、事務能力にも優れています。大臣として、いかがでしょうか」
「君が勧める――それだけで、確かな人だと分かるから、いいよ。そうして」
「……伏して感謝を申し上げます」
「堅苦しいなあ。僕らは夫婦なんだから、もっと砕けていいんだよ?」
彼女の言うまま、勧めるままに、登用し、政策を決めて国を動かす。
流石セシル家、アレクサンドラだけでなく、親戚すべてが優秀で、
立派に職を勤め上げ、国を支えてくれるから、怖いものなどないと思えた。
だけど困ったこともある。
反セシル派のグレイ家が、こともあろうかサンドラを、
「彼女は王の権限を、奪って王になろうとしている!」
そう言って、弾劾しだした。
「僕にもなにかできないか? 君の助けになりたくて――」
彼女に乞われて冠を授けた。彼女に乞われて叙勲した。
けれども歯止めは掛からずに、グレイの一派が蜂起した。
「なにも心配ありません。陛下はわたしを信じてください」
「心強いね」
表はそうは言ったけど、
胸になんだか残るかの ような不安が過ぎってた。
彼女の顔を、横顔を、なんども見上げて、縋るように、視線を遣った。
彼女はこちらを見なかった。
僕はその時、違和に気付いた。
――君は今、僕より国が大事なんだね。
「さあ陛下、わたしを信じてくださいな。きっとわたしはこの国を、命に代えても守ってみせます」
ああ君は、僕のことなど どうでもいいんだ。
だからあの時婚約を、破棄して罪を暴いても、
ちっとも心を乱さずに、僕を見下げていたんだね。
静かに僕は頷いて、すべて諦め、椅子に凭れた。
それから僕は《傀儡の、物言わぬ王》――王として、座り続けた。
彼女は勝った。国は続いた。
僕もこのまま朽ちると思った。
けどそれも、そんなに長くはつづかなかった。
サンドラの身に 命が宿った。長男だった。
彼女はその時 公務を退いた。
光が差した ような気がした。
僕も彼女の仕事を貰って、活躍しようと頑張ってみた。
けれどもそれは、うまくいかない。「陛下はなにも、しないでください」
その一言が、僕を貫き、刺し殺す。
僕はなんにもできなくなった。
彼女が産んだ息子に会って、また別の、思いが浮かんだ。
――僕が無理なら、せめてこの子に、彼女を凌ぐ力を付けたい。
はじめは手ずから僕が教えた――この子に懐いてほしかったから。
すぐに我が子は僕よりずっと、強く賢くなったので、
国いちばんの教師を呼んで、多くのことを学ばせて、
応えるように我が子は育った。僕によく似た目を輝かせ。
自分によく似た あの子が妻を、いつか凌駕し 超えてくれると、
そう思うたび嬉しくなった。
けれどもそれは、うまくいかない。
育つにつれてあの子は母に――つまりは妻にそっくりになる。
あの子も僕にこう言った。「陛下はなにも、しないでください」
その一言が僕を殺した!
ああそうだ! 僕の子だったら出来の悪い、グズな子供になったはず。
所詮は彼女が親なんだ。所詮あの子は敵なんだ!
僕のことなど蔑んで、なにもできない――そう見下して!
今はもう、すっかり老いて枯れはてて、なにもできずに死んでいく。
妻は未だに健やかで、そんなことすら妬ましい。
一方僕の体など、骨が浮き出て、薄汚れ、とうてい王とは言えなくて。
こうして僕はまたしても、惨めな姿で死んでしまった。