一回目は婚約破棄を
「アレクサンドラ=セシルとの、婚約を、ここに破棄する!
この者は、王宮に、毒を持ちこみ ここにいる、エミリアという少女を狙った。
決して許されない罪だ! 」
「いえ殿下、わたくしは、そんなことなどしておりません。
いったいどんな証拠があって、わたしが悪だとおっしゃるのです?」
「エミリアが、倒れたときはいつだった?
お前が渡した皿から食べた、ちょうどその時だったじゃないか!
だがそれも、医師の努力で防がれた。彼曰く、毒は鈴蘭。
お前の部屋の花瓶の中に、いくらかあったな?」
「ただそれだけでわたくしが、毒を盛ったと?」
「他にいったい誰がいる? 嫉妬に狂った人間が、彼女を狙う存在が!
まさかここまで浅ましいとは。見損なったぞ。
詭弁は要らぬ。ただ真実を!」
「もう結構、ほとほと愛想が尽きました」
「観念したか。もう言い訳はないのだな?
――この者を、捕らえて牢に!」
そうしてアレクサンドラは、衛兵に、連れていかれた。
恐らく彼女は斬首刑、もしくは絞首――どれにせよ、死刑になるはず。
怯えるようにエミリアは、震えて僕にすがりつく。
――大丈夫、僕が守るよ。
彼女を庇える場所に立ち、去りゆくアレクサンドラを、睨みつけると、
気付いたように振り返り、視線を返したその瞳、
さげすむような瞳には、惜しむ色など見えなくて、――怯えてしまった。
だがこれで、すべて解決したはずだ。
父が彼女に下した罰は、追放刑――それだけなのか。
けど誰も、死なずに済むならいいのかな。
やがて僕らは大人になって、僕は国王、王妃はエミリア――そう決められた。
世間は僕らの恋を祝った。“悪を挫いた真の愛”と。
なにひとつ、憂いはないと思ってた。
けれどだんだん綻びが、覗いて露見し僕らを襲う。
豪奢な暮らしが災いし、王家は力を失った。
エミリアに、節制するよう頼んでも、聞く耳持たずに宝石を買って、
新たなドレスを仕立てさせ、髪の支度に金を溶かした。
当然みんなが真似をして、余計に苦しくなっていく。
気付いた頃には腐敗して、不正が蔓延り浪費する。
王宮を、歩く人らは目が曇り、
花を煮詰めた香水の、澱んだ匂いが鼻を突く。
書類を見ても、なにがなんだか分からない。
仕事を任せた官僚は、きのう賭博に興じてた。
警備を任せたはずなのに、娼婦と遊ぶ近衛兵。
どうしたらいい? 分からない……。
思えばアレクサンドラは、僕を思って助言して、正しいことを述べていた。
それなのに、僕はどうして……?
事あるごとに意見して、僕を否定し修正し、そうして彼女が正しくて。
それを嫌って捨てたんだ。――僕は彼女を捨ててしまった。
もう戻れない、後悔ばかりが胸を突く。
しなだれかかるエミリアも、今ではどこか怖かった。
――彼女は僕を騙しているのか?
とうとう終わりが来たようだ。衛兵たちが雪崩れ込み、僕らに槍を向けて立つ。
人心さえも離れはてて、誰も僕らを祝福しない――神でさえ。
死にたくないな、痛みが怖い。
けれどそこでは死ねなくて、僕らは市中を引き回された。
石を投げられ罵られ、体がガタガタ震えだす。
こうして僕もエミリアも、惨めな姿で死んでしまった。