恥ずかしいサーブ 3
「どうしてって、いや別に…。深い理由はないけど。」
あれほど鋭いスパイクを打っておいて、何故今まで練習に関心のカケラも見せなかったのかと尋ねると、松永先生は大して悪びれた様子もなくそう答えた。
あの後、続け様に空気が裂けるようなサーブを2、3本打ち込んだ彼女は、ランニングをするのも忘れて唖然と突っ立っていた僕らに
「ほら、走れ。」
とだけ言うとまたいつものベンチに腰を下ろした。
当然、僕らが平然とアップを続けられるはずもなく。
こうして松永先生の周りに部員全員が集まっていた。よくよく見れば、なるほどどう見てもスポーツをしていた人間の体つきだ。いつも着ていたジャージもどきのパーカーではなくて、ちゃんとしたジャージを着るとそれが一層よくわかった。筋肉のついた体つき、バレーをするのに十分な身長。
「クミちゃんなんで今まで経験者なこと黙ってたんだよー。」
「隠してたつもりもないんだけどなぁ…。校長にも言ってるし、だからバレー部の顧問やらされてると思ってたんだけど。みんな知らなかったの?」
一同、揃って首を横に振る。そりゃそうだ。授業を受けているクラスの人ですら知らないことを、部活でしか接点のない僕らが知る由もない。
「頼むよクミちゃん、ちゃんとした指導をしてくれ。」
わいのわいのと口々に喋る中学生の集団に松永先生がたじろいでるのが見えた。あなたそれでも中学校の先生ですか。
「オッケーわかった、君たちがそんなに指導者に飢えているとは知らなかったよ。」
肩で息をしながら松永先生が言う。
「ただ、君たちのこと私はなにも知らないから、そうだな…。」
彼女はスケジュール帳をぱらりとめくった。
「今週末、確か練習試合だったよな。」
「……はい、西中と練習試合の予定ありますけど…?」
「おっけーわかった、じゃあそれで行こう。」
「……?」
「今私は君たちバレー部の実力もなにもよく知らないから、まずはそのへんを見極めたい。ということで、練習試合までは今まで通りやって欲しい。」
「…はぁ。」
「そっからはちゃんと指導に入るよ、私もサボっていられないらしいし。」
松永先生がチラリと出入り口の方を見やる。逆光の中にでっぷりとしたシルエットが一つ、浮かんでいた。よく見えないけれども、おそらく校長先生だろう。
「ちぇ、部活は楽できると思ってたんだけどなぁ…」
先生、そればっちり聞こえてますから。
こうして結局その日はいつも通りの練習を終え、帰路についたのだった。
「クミちゃん、いよいよやる気になってくれたな。」
「ああ、まぁな。てかあんだけ上手いんなら、なんでやる気なかったのかが逆に不思議。」
「あ、確かに。なんでだろな。」
帰り道、いつものようにコウタと喋りながら歩く。松永先生がとりあえず、少しはやる気を持ってはくれたようだ。
「まずは第一歩、ってとこか。」
「ん?なにが?」
「いや、なんでもない。じゃあな、また明日。」
「おう、じゃあな。」
真昼の太陽が、道を暖かく照らす。休日の午後だった。