八十九話
さすがに一日じゃ景色は変わらなかった。
でもおれの気持ちは大きく変化している。
今か今かとドアが開かれるのを待っていた。
「––––––ガチャッ」
来た。
きっと間違いない。
「おはよう、天鳳」
「………おはよ、先輩」
昨日と変わらず、とはいかないが少し暗い金髪令嬢が現れる。
お互いの意識はちゃんと繋がっていたみたいだ。
「ちょっといいか」
「うん。だから来たんだよ」
「だよな」
天鳳の目の前に移動する。そして
「昨日はごめん。いや、今まで本当にごめん」
おれは頭を下げた。
「だから先輩が謝ることなんてないよ」
「おれはこの1ヶ月間お前を騙してた。これは間違いない」
全てをさらけ出すことにした。
10億の借金のこと。そのために利用していたこと。
そしてなにもかもまっさらにした状態で改めて頼む。
もう、そこにしか望みはなかった。
誰かに主導権を握らせてたまるか、なんていう精神はこの際捨てるしかない。
「ほんとにいいんだって」
それでも柔らかく笑う天鳳におれはどうしようもなく心が締め付けられる。
「おれは」
「-––––あたしだってそうだもん」
「………は?」
「あたしも、先輩をだましてたんだよ」
いよいよ意味がわからなくなってきた。
寝不足とストレスで頭がイカれたか?
「あたし痴漢なんてされてないよ」
「なにを言ってる……?」
痴漢ならおれがこの目でしっかりと見てた。
間違いなくあれは痴漢だったろ。
「あれね、天鳳グループの人なの」
「……………どういうことだ?」
天鳳グループのやつに痴漢される?どういう流れでそんな意味不明なことが起こる?
「正確に言うとね、この前の痴漢の件はあたしが仕組んだんだよ。あの時周りにいた人も20人くらいはグループの人」
「…………」
衝撃と困惑が混ざり合ってろくに言葉も出てこない。
そんなおれの表情を見て天鳳はさらに続ける。
「かなりあからさまだと思わなかった?なんで周りは止めないんだって」
「グループの人が付いてないっていうのも、もちろん嘘。周りに何十人もいたんだよ」
「あんなことをしてまで、どうしても先輩に止めて欲しかったんだよ」
その理由が一切わからない。
どうしておれに止めてもらう必要がある。
「中学生の時、あたしを助けてくれた先輩に」
「おれが、天鳳を………?」
「本当に痴漢されてたあたしを先輩が救ってくれたの」
去年の3月、あの日のことがすぐに思い出される。
「どうなってる……」
あの子が天鳳だったら学年が一個上がってることになる。
髪も黒だし、そもそもあの時ボディガードはどこにいたのか。
問題しかない。
「髪は校則で黒だけだったの。だから高校になって地毛の金髪に戻ったんだよ」
「あの時痴漢してたのもグループの人。あの時、あたしは本当に裏切られてたんだ」
「どうしても現実を受け入れられないあたしに手を差し伸べてくれたのが先輩。本当に救われたの」
カオスすぎてなにも言えないし、考えられない。
いや、一つ聞かないと。
「あの時、中1だったろ。おれに会うために飛び級でもしたのか?」
「………もしかしてあたしの年齢しか見てない? 3月生まれだからあの時はまだ二個下だったんだよ」
「……なんだよ、それ……」
天鳳があの時の子で、おれに気づいて欲しかったから痴漢のふりまで……?
「卒業ソングだって歌ったのに先輩気づかないし……」
「……あれもか」
そういや、ちょうどあの時卒業だったもんな。
そんなとこまで考えてたのか。
「だからおあいこだよ。お互いに騙してたんだもん」
そう言っていつも通りに微笑む天鳳。
きっとこんなやり方は望んでいなかったはずだ。
それだけ手の込んだ方法を使ってまでおれ自身に気づかせようとしていた。
でも、おれが謝らなくていいようにとわざとここで暴露したんだ。
おれのために。
「……そっか。お前があの時の女の子だったのか」
「うん。久しぶりだね」
ここで天鳳の気持ちを無下にすることはできない。
「……ずるいな」
「えへへ、女の子だからね………あ、そうだ」
何か思い出したようにスマホを投げてきた。
「これ先輩の」
「ああ、そういや忘れてたな」
受け取ってすぐ電源を入れるとメッセージが表示された。
結構たまってるな………
そこで父親から来ているものに気づく。
『電話出ないからメッセージで送る。借金取りのことだけどな、8月あたまに行くとおもうぞ!もう1ヶ月頑張れ!!』
「は、はぁぁぁあああああ!!!???」
この男はなにを言ってるんだ??
1ヶ月後になった?もう1ヶ月がんばれ?
ふざけんなよ!!
いや、伸びたのはプラスかもだけど……いやいや、頭が……
「ピコンッ」
「っ!!」
いまきたメッセージがあったみたいだ。
おそらく父親だろうと思いすぐに開くと、
『そういえば1回目の"お願い"ってできてなかったよね?』
それは目の前の天鳳から。
もはやそれどころじゃないが目の前にいるのにわざわざメッセージで送ってくるあたり重要かもしれない。
1回目は確かバスケ部観戦。たしかに天音が心配ですぐに帰ってしまった日だ。
『だからこれが最後の"お願い"』
え、結局それの話………?
おれは戸惑うが、その続きを見て思わず笑みがこぼれる。
最後がこれか、と。
スマホをしまって天鳳に視線を移した。
「––––そういえばさ、相談したいことがあったんだ」
「あたしに?」
「ああ」
なんとなく気恥ずかしいけど昨日までの不安は無くなっていた。
この嫌なくらい快晴な空も悪くは感じない。
「きいてくれるか、沙雪?」
おれの問いかけに後輩は笑顔を見せる。
「いいよ。慎くん」
その笑顔は今までで一番輝いていて。
さすがは社長令嬢だな、と思わずにはいられない。
いや。
これからは社長令嬢兼相棒、かもな。