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八十八話

 


「んむっ………」


 天鳳の柔らかい唇の感触が伝わってくる。


 少しくすぐったさもあるが、








「なんで耳なんだよ!!!!」


「うわぁっ! 大声出さないでよ〜」


 肩を押して離すと唇を尖らせながらまた詰めてくる。

 おれは大混乱中だっていうのに。


「おれが言うのもなんだけどそういう雰囲気だったか!?」


 絶対キスの流れだったはず。


「んふふ……もしかしてキスされると思った?」

「っ別に……驚いただけだ」


 まだ諦めるべきじゃない。


 まだ可能性はある。



「………またその顔してる」



 その顔……?


「……なんのことだ?」

「1ヶ月前に屋上であった時と同じ、つらい顔してるよ」

「は………?」


 天鳳は何を言ってる………?


 さっきとは打って変わって真剣な表情でおれを見つめる。

 その瞳からは迷いなんてない、確たる意志が感じられた。


「あたしに隠しごとしてるのはいいんだよ。でも、そんなに辛そうな顔しないで?」

「そんな顔してない。見間違えだろ」

「ううん。してるよ、あたしと話すとき、たまにしてる」

「っ………」


 おれが辛そう?なんで?

 借金してるのも仕事もそりゃきついけどそんなわかりやすかったか?


「申し訳なさそうな顔するの。自分を責めてるんだよ、先輩は」

「そんなことない。そもそも感じる理由がないだろ」

「どうしてかわかんないけどあたしに罪悪感でもあるの?」

「なっ…………」


 天鳳への罪悪感。


この1ヶ月間でおれが密かに感じ続けていたもの。


「最近は特にそうだったよ。文化祭いっしょにやろって言った時も、この前プレゼントくれた時も。ぎこちなかったもん」

「それは……」

「いつもより変に元気だったり、逆にノリが悪かったりさ」

「…………」

「でもね?なにも言わなくていいよ」

「………は?」


 何も言わなくていいってどういうことだよ。

 ここまで言っておいて流すってことか?


 天鳳はさらにおれに近づくと肩に手をおいておれの目を見つめる。


「耳ってさ好き嫌い分かれるんだって」

「……なんの話だよ……」


 おれはその視線から逃げるように顔を背けた。


 動揺しないでいられる自信がなかったから。


「人によってはすっごい嫌悪感抱いたり、逆にすっごくリラックスもできるの」


「先輩は最初した時に嫌がってなさそうだったよ」


 恥ずかしかったもののたしかに嫌悪感は抱かなかったな。


「だからね、あの日から先輩を安心させてあげようって思ったんだよ」

「……それが耳はむってか?」

「うん」


 にっこりと笑っているのが見なくてもわかる。

 それくらいには濃い時間を過ごしたんだろう。


「話さなくていいの。あたしは全然大丈夫だから先輩が罪悪感なんて感じる必要ないよ」


「ずっとあたしが一緒にいてあげる。耳はむだってうまいんだから」


 罪悪感を感じる必要がない?


 おれの様子に気づいてもこんな親身になって、それを気遣ってくれていたやつ相手に何も感じるな、と?


「無理だ………」

「なんで?」

「無理に決まってるだろ……おれは! お前を……!!」


 利用しようとしてたんだ……!!!


 その言葉を言えるほど今のおれに力はなかった。


 もう天鳳と一緒にはいたくない。ただそれだけだった。


「ごめんっ……」

「あ、先輩!!!」


 スマホも持たないでおれは飛び出した。


 自分を含めた家族のためにひとりの女の子を利用していた。


 相手はそれに気づいていたのに、むしろおれを心配してくれていたんだ。


 もう、これ以上は耐えられそうになかった。








 あれから何時間経ったんだろうか。


 ホテルを出て、ただひたすらに走り続けた。


 まったく見ず知らずの地に足を踏み入れたかと思いきや今おれがいるのは見覚えのある場所だった。


「ははっ……なんでだろうな……」


 目の前にあるのはあの日一番最初に向かったセカンドビルだった。


 こういう時は知らない場所に出るもんじゃないのか?


「無意識に……ってやつか」


 そんなことはどうでもよかった。


 10億を借りるなんてもう言いたくもない。

 天鳳をこれ以上利用したくはなかった。


「最善手ではあったんだろうけどな………」


 夏の夜空に浮かぶ星を見上げながら、1人ため息をつくおれだった。






  –––––––––––––––––––––––––––––––––––







「んっ…………んん……」


 なにかで頭を叩かれた気がする……


 ––––ゴッッ


「いてっ」


 今度は足だ。


 一体なんだと目を開けると、


「……なにしてんのよ」


「………は?」


 そこにいたのはおれの足を蹴り続ける愛咲だった。


「ちょ、痛いからストップ」

「こんな時間にそんな格好でなにしてんの」

「こんな時間って……今何時だよ……」

「朝の5時」

「………5時!?」


 おれは急いでスマホを見ようとするが、


「あ………そうだった……」

「あんたスマホ持ってないの?……てかなんにも持ってないわよね?」

「ちょっと急いでたっていうか」


 ……そっか。あのまま寝てたんだな。


 昨日のことを徐々に思い出してまた気分が悪くなってくる。


「なんで愛咲はこんな時間に?」

「今日才原と打ち合わせするから衣装とか取りに来たのよ。あった方がいいかなって」

「なるほど」


 なんていうか成長したなと思う。


 1ヶ月前のあの日からここまで来た。

 そのきっかけを作ったのが自分だっていうことに少し嬉しさはあるがそんな気分にはなれない。


「たぶん……無理だけどな」

「は?なにが?」

「いや……なんでもない」


 ここで何かを言っても収入が増えるわけじゃない。

 期限はすぐそこなんだから。


 おれは頭を切り替えようと深呼吸しようとする。


「シャキッとしなさいよ!」

「うっは……!!えほっ、えほ……!!!」


 深呼吸中に背中に強い衝撃を感じた。

 そのせいでめちゃくちゃむせる。


 どうやら愛咲に叩かれたみたいだ。


「なに諦めた顔してんのよ。似合わない」

「別にしてないだろ……てか、してたとしても今リフレッシュしようとしてたところなんだけど」

「なにがあったかは知らないけどさ、それ今することじゃないでしょ?」


 どうでもいいといった感じで愛咲はおれのとなりにすわってきた。

 狭いベンチのため必然的に距離は近くなる。


「ぜんぶやってダメだったの?」

「…………まあな」


 おれがなにをミスったのかは知らないからそんなことが言えるんだろう。


 もうどうすることもできない。


「ほんとに?」

「しつこいぞ。そもそもアイドル関係じゃないからお前に迷惑はかからない」

「じゃあ今日中にその顔なんとかしなさいよ」

「整形は否定派なんだ」

「全然面白くない」


 この雰囲気をどうにかしたいと思ったおれの行動を少しは汲んでくれよ……


「あんたならできるでしょ?」

「うっさい。無理なもんは無理だ」


 というより、もうおれがしたくない。


 利用して金を借りるなんて天鳳には二度と…………


「……………」

「ほら、まだなんとかなりそうよね?」

「いや、でもこれは………」


 いくらなんでも好きでもない相手に10億は貸してくれない。


 ただの直球勝負なんておれには合ってないぞ。


「グダグダ言ってないで早くなんとかしなさいよ! ほら、立って!」


 愛咲に無理やり立たされると背中を押される。


「なんでお前が押す側なんだよ……」

「前も言ったわよ。マネージャーがポンコツだとアイドルにもそういう能力が備わるの」


 ああ、そういやあったなそんな話。


「今日のご飯はパスタとクラムチャウダーあるし」

「いつのまにかおれの好物それになってるよな」


 おれの苦言も無視して愛咲は続ける。


「もう一回ミスったら相談のるわよ。才原は私のマネージャーなんだから」


 なんとなく前と状況が入れ替わってるな、と思った。



 ただ、悪くない気分だ。



「スマホ。貸してくれるか」

「むり」


 即答である。


「……お前な………はっ、まあいっか。じゃあな」


 どうせあそこに行けば会えるだろ。


 おれは自分の勘を頼りにある場所は向かう。


「ちょっと待ってよ」

「まだなんかあるのか?」


 もうおれの意思は固まったんだが。


 すこしめんどくさくも、振り返ると愛咲が右手を突き出している。


「ん」

「この前はスルーしたくせに………」

「はやく!」

「わかったよ」


 おれもその拳に自分のを合わせる。


「少しなら応援してあげるわよ」

「………そりゃどうも」


 アイドルからエールをもらって、おれは走り出した。




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