八十六話
「はー……疲れた……」
午前の授業を終えておれは屋上にきていた。
なんとなくここへ来るたびに夏が近づいてる気がする。
「あ、先輩早いね」
「おう。今日はこれな」
少し遅れてやってきただけの天鳳に投げるのは焼きそばパン。もうアイスブームも終わったらしい。
「ありがと。でも、なんで屋上?」
「なんとなくここが落ち着くんだよなあ」
「まあ、あたしもたまに来るからわかるけどね〜」
すぐとなりに腰掛けてパンを頬張る。
ほんとサイズ的には天音とそっくりだな。
「うん?食べたいの?」
「あ、じゃあこれと交換してくれ」
「………なにそれ」
「とうがらしだ」
「やめてよ! 先輩この前からそればっかじゃん!」
「あ! お前投げんなよ!!」
奪われたかと思うと屋上から放り投げられてしまうとうがらし達。
「なんてことを………」
いまごろ下では生徒が喚いているとこだろう。「空からとうがらし降ってきた……」ってな。
「ふん。先輩がいけないんだよ。可愛い後輩をいじめてきてさ」
「おれのお昼あれだけなんだけど……」
「え……嘘だよね……?」
「まじのまじ」
天鳳に絶対食べさせようと思って他はもってこなかった。
今になって焼きそばパンに入れとけばよかったかな、とも思う。
「……じゃあ、いる?」
「それ一個しかないだろ?いいよ」
「なんか可哀想だしあげる」
「後輩に慰めてもらうおれ……」
まあ有り難くもらうが。
「あ、そういえば明日でお前のとこのホテルから家戻るよ」
「マネージャーが1ヶ月契約だから?」
「そ。安かったけどかなり綺麗だったぞ!今夜も最後の晩餐してくるわ!」
「そっか。……あれ、アイドルにはプレゼント渡さないの?」
この前買ったネックレスのことだな。もちろん渡すけど
「家に呼ばれてさ。明日そこで渡すことにした」
「い、家!? アイドルの家いくの!?」
「別に一人暮らしじゃないぞ?親だっているし二回目だ」
「そ、そんなに……関係進んでるんだ……」
特に最近仲良くなってきてる気がしないでもない。
「なんか大事な話もするらしいし、ベストなタイミングだろ」
「大事な話って………」
「あ、とうごらし一個あった! いるか?」
「いらないよ! ばか!!」
また1人死んでいく。
下から楽しそうな声の聞こえてくるお昼だった。
––––––––––––––––––––––––––––––––––––
「ここも今日でお別れか……」
ホテルに帰ったおれは荷物をまとめて明日帰る準備をしていた。昨日持って帰っただけあってそんなに量はない。
最初来た時はマネージャーになった直後。
次の日には執事に。途中でスクープ現場にもなったりした。
怒涛の日々の夜を過ごした一室に少しだけ情も湧くというものだ。
「ま、流石に家の居心地には敵わないけどな」
大きさだけじゃなく天音もいるから当然か。
明日からは毎日手料理が食べられると思うと自然と頬も緩む。
ニヤニヤしながら部屋を片付けていると電話がかかってきた。
その名前に驚愕する。
「と、父さんっ………!!??」
それは1ヶ月ぶりに見る父親の名前だった。
………間違いなく借金関係だ。もしかしたら違うやつが出るかもしれない。
おれは覚悟を決めて電話に出る。
「……もしもし」
『お、久しぶりだな慎』
その声は今まで幾度となく聞いてきた父親のものだ。本人で間違いない。
『調子はどうだ?天音のご飯食べてるならまあ大丈夫か!』
「普通すぎるだろ………」
さっきまでの緊張感が嘘のように溶けていく。
借金を息子が頑張って返そうとしているのにこのテンションはさすがと言える。
それを受けておれもいつも通り行くことにした。
「天音の料理は明日からだよ。体調は至って普通だ」
『そっか!よかったよかった!!』
「そっちはどうなんだ?」
『母さんと一緒で特に変わったこともないぞ』
ひとまず安心だ。何もされてはないらしい。
………いや、本当かはわからないか。
『それにしても………さすが俺の息子だな!! 冷静に頑張ってるみたいで安心した!!』
「追い込んだ張本人が安心すんな!!! いまどこだよ!?」
『それは言えないんだが……どうだ?頼れる親友は見つかったか?』
またその話か………
こんな時でも父親の心配はそこにあるようだ。
「いろいろ頑張ってる、としか言えないな。わざわざその確認をしにきたのか?」
『まあ、もちろんそれもあるがな!! それより伝えとかないといけないことがあるんだ』
「………なんだよ?」
『実はな、借き––––––』
「–––––ガチャッ」
その音で心臓が飛び跳ねる。
「っ……ちょっと待ってて」
おれは通話をオンにしたまま静かに椅子から立ち上がる。
今のはおれの部屋のドアが開いた音だ。
もちろん鍵はかけていた。
つまり、だれかがマスターキーで入ってきたということ。
父親の電話のタイミングと同時だったことを考えると借金関係の可能性が一番高い。
「スッ、スッ、」
シーツの上を歩く音が近づいてくる。
そして
「––––––こんばんは、先輩」
「………天鳳………?」
現れたのは昼にも会った後輩だった。
「お前、なにしてんの………?」
「え〜わかんないの?」
「っ……………」
それはもう答えを言ってるようなもの。
「えへへ」
ニコニコしながらおれの部屋を見回して部屋の匂いなんかも嗅いでるみたいだ。
おれとは違って余裕さが滲み出ている。
「うんうん。やっぱり綺麗な部屋だしいい匂いするよね」
そう言うとおれのベッドに腰掛けてこっちを向いた。
手にはマスターキーらしきもの。
おれは額と首筋に浮かぶ冷や汗をぬぐいつつ再度質問する。
「なんでここにきた?」
ここでおれの、おれたち家族の命が決まるかもしれない。
天鳳は笑顔を崩さずに一枚の名刺を出してきた。
「……これは、天鳳グループの……」
「先輩がお昼に、今日で最後って言ってたからさ! お父さんに頼んで入ってきちゃった」
…………それはつまり………
「……えっと、ただ遊びにきたってこと……?」
「まあそんな感じ〜」
「……なんだよ、ビビらせんな………」
一気に力が抜けたおれはベッドに倒れこむ。
その拍子に手から離れてバウンドするスマホ。父親との通話はまだつながっていて、こっちの様子を聞いてるようだ。
ただ、それすらも気にならないほど今のおれは気分が良かった。
天鳳は借金とはまったく無関係で、ただ来ただけってことだ。
「ふふっ驚いた?」
「人生で一番、な」
「あはは! よかった〜」
笑い転げる天鳳を傍目に、この1ヶ月が走馬灯となって頭の中を駆け抜けていくのを感じる。
「あ、また膝枕してあげよっか?」
「最後の一回がそれでいいのかよ!」
「あはは! わかってるよ〜。今日は遊ぶだけじゃないもん」
ホテルの一室にいたって天鳳は天鳳のまま。
もちろん、おれも同じだ。
「明日は愛咲の家行かなきゃだから早くしてくれよ?」
「むう………せっかくきてあげたんだよ?もっと喜んでよ」
「わかってるって!いっつも助かってるよ!」
「ふーん」
ジト目で見てくる天鳳に若干顔がひきつるおれ。
「なんか変わんないな、天鳳は」
「…………そういう先輩は、変わったよね」
「そんなことないだろ」
おれの考えは初めから何一つ変わっていない。
マネージャーをやろうと執事をやろうと、変わっていないんだ。
––––––天鳳沙雪を利用するという考えは。




