八十二話
「おはよ先輩」
「耳元で囁くなっ!!」
朝から吐息なんて感じたくもない!
おれはすぐにベンチから立ち上がって距離をとる。
「…………リムジンで来られたらどうしようかと思ってたけど、それより嫌な登場の仕方だな」
「女の子を待ってるのに、つまんなそうにボーっとしてる先輩がいけないんだよ?」
「楽しみすぎて眠れなかっただけだ」
にっこり笑う天鳳に対し、おれの顔は若干引きつっているだろう。
先輩から聞いた話が衝撃的すぎて昨日も寝つきは良くなかった。
ただこの約束を破るわけにはいかないからな。
「どっか行きたいとかとかあるか?」
「お昼過ぎだし……先輩ご飯食べた?」
「まだだな。なら一旦飯にしよう」
「うん!」
場所は七花から少し外れた繁華街。
最近は見慣れたこの街を、休日には見慣れない女の子と歩く。
「まさかお前とカラオケに行くとはなあ」
「あたしも驚いてるよ〜。先輩の下手さが楽しみだね」
「まじでデュエットで頼む!」
カラオケで好きな曲や、歌手を話しながら歩いていると少しずつ飲食店が現れ始めた。
高級イタリアンから安価なチェーン店まで幅広く網羅されている。
「あ、あたしあれがいい」
「お、どれだ?」
天鳳から決めてくれるならありがたい。
「………ハンバーガー?」
「そう!」
指差す先には特に珍しくもないチェーンのハンバーガーが。
「家だと豪華なものいっぱい出てくるからね。たまに外食ってなったら食べたくなるんだよ」
「やっぱそういうもんか」
社長令嬢ならそんな感じするよな。タピオカも気に入ってたし。
あの店はおれがこの前愛咲に買っていったのと同じところだ。味も大丈夫だろう。
「よし、じゃあ決まりだな」
「うん! 一万円ちゃれんじだね!」
「それは絶対違う!」
変にやる気を漲らせている天鳳を置いて一足先に向かった。
「むむ……これが季節限定のやつかあ……」
「見た目はえげつないけど味は保証する」
夏をイメージしたんだろうが全部激辛はどうなんだろう。
三品とも激辛。真っ赤。
ちなみにこの前食べたからうまいことはわかってる。
「からぁああい!! 先輩、これ辛すぎだよ!?」
「え、そこがいいんだろ? 」
「あたし辛いの苦手だもん!」
「なんで頼んだんだよ!」
張り切って「やっぱ季節限定品だよね……!」とか言ってたあれはなんだったんだ。
天鳳は少し涙目になりながらもハンバーガーを渡してくる。
「むり! 交換!」
「しょうがないな……」
おれの食べてた黄金チーズハンバーガーを渡す。
これは愛咲が美味そうに食べてたから買ってみた。
「う〜ん! やっぱりシンプルイズベストだよ」
「社長令嬢それでいいのか!」
天鳳グループの未来は真っ暗だ。不安で仕方ない。
「でも先輩が執事かあ」
「たまたま……な」
「声だけじゃわからなかったけど、名前は教えてくれないんだよね?」
「執事だからな」
先輩のことは言えない。一昨日のことがあればなおさらだ。
「もしかしてプリクラ撮ってた人?」
「よく思いつくな?でも違う」
「ふ〜ん。怪しいなぁ〜」
本当に鋭い時は鋭い。
まるでおれの考えが全て見透かされてるみたいだ。
だが、
「これが辛いって意外とお子様なんだな」
「なっ……! そんなことないよ!」
「でも食べれないんだろ?」
「うぅ……先輩のいじわる……」
天鳳は辛いものが苦手。
これからはこれでからかえそうだ。
その後もおれがからかいながら昼を終え、カラオケに到着。
「––––––じゃん!」
手に楽器を持って天鳳が飛び跳ねる。
「タンバリンはやめろ」
「じゃじゃん!」
「マラカスもだ」
「じゃじゃ〜ん!!」
「シンバルがあるわけねえだろ!!」
すぐに奪ってとなりのソファへ投げ捨てた。それで鳴る音もうるさい。
てか、どっからとってきたんだよ……。
「せっかく頼んでおいたのに……」
「力の入れどころが違うだろ……」
シンバルなんてカラオケにあっちゃいけないものランキングNo. 1だ。この店も許可しないでもらいたい。
「先輩のデスボイス対策なのに……」
「泣くよ?」
かき消すつもりだったのな。
最初っから聞くかなかったのな。
「な〜んてね。ほら、先輩からどうぞ?」
そう言ってマイクを投げ渡された。
二週間ぶりくらいなのに随分と久し振りに感じる。
「ったく………ちゃんと聞けよ?」
「うんうん」
ニマニマと笑う顔に肯定の意味はなさそうだ。
とりあえずこの前の49点をとった恋愛ソングを披露。
「君の〜」
「シャンシャンッ」
「瞳に〜」
「シャカシャカッ」
「僕の〜」
「シャーーーーン!!!」
「聞けよ!!??」
おれはマイクを投げ捨てた。
「えへへ〜つい楽しくて……」
「おれは全然なんだけど??」
「はい続き続き」
「…………」
まったく悪びれた様子はない。さっきの意趣返しのつもりか。
とりあえずその後も、なんとか続けるがまったく本領発揮出来ず。
《49点》
「なんでだよ!!!!」
前回と変わらなかった。
「あははっ!! 先輩ほんと下手だね〜」
「だれのせいだ誰の!」
「じゃあ次あたしね」
「………はいはい」
もう負けは確定だ。
ちなみに木曜は先輩にあんな話をされたこともあって天鳳と会っていない。よって"お願い"は今日を含め後4回もある。
そして今日の"お願い"は………
「これで勝ったら肩もみね」
「決まったじゃん!」
そういうわけでおれがご奉仕させてもらうことになった。
「〜♪」
「あ、これ卒業ソングか」
「この前も電車で聞いたよね。これ好きなんだ〜」
そういやそうだったな。
痴漢が印象的すぎて忘れてたぞ。
「これならおれの方がうまいし……」
「負け惜しみ〜?それに……遥か〜」
「う、うまっ………!!」
歌い出しでわかるこのうまさ。
最初から勝ち目はなかったらしい。
「〜♪」
あ、このメロディーって………
「はい! 先輩もデュエット」
「なっ……ここでか?」
「ちょうど男性パートもあるし、いっしょにやろ?」
ま、恋愛ソングじゃなきゃ断る理由もないか。
受け取って懐かしく口ずさむ。
女子高生とカラオケで卒業ソング。
意外と悪くなかった。
「––––––じゃあ先輩の負けだね?」
「わかったよ……くすぐったくても動くなよ?」
「うんうん。一旦座って」
「ん?………おう」
大差で負けたため、言われた通り天鳳のとなりに座る。
ふつう後ろからじゃないか?
「ちょ、まて。なんでお前がおれの前に来る?」
「だって肩もみだよ?」
「おれの常識あってるよな!?」
どこのカップルが膝の上に乗って向かい合いながら肩もみするのか。
「はい、力抜いて」
「え、おれがされんの!?」
「うん」
「いやいや、だって………」
あれ……どっちが肩もみとは言ってないな……。
「そういうこと。ほら、もみもみ〜」
「近いし……くすぐったいんだが……」
「もうっ、わがままなんだから。そんな先輩には〜こうっ」
「まっ……お前どんだけだよ!?」
なんとか首をひねって回避。
「肩もみだけだ!! それ以外はなし!!」
「………ふん。それでいいもん」
「ったく……」
渋々といった感じで肩を揉み出す天鳳。
なんとか耳の尊厳を守りきったカラオケバトルだった。
「へ〜、先輩"ラース"とか知ってたんだ」
「まあな」
カラオケを終え、おれたちは愛咲へのアクセサリーを買いに。
1ヶ月で終了なんてのは嘘だが、この前のゴールデンタイムの放送をおれからはなにも祝っていないため、しっかり買うつもりだった。
「アイドルにプレゼントかあ……」
「おれもこんな日が来るとはって感じだよ」
ラースは高いけど先輩にもオススメされたし、なにより愛咲は結構好きらしいからベストだ。
ブレスレット、ネックレスを見て回る。
「あ、先輩これとかは?」
「お、どれだ……って買えるわけないだろ!」
「じゃあこれは?」
「さっきから下着もってくんのやめてくれる?」
「ピンクだよ?」
「春のイメージとかしなくていいから。おれが殺されるから」
「春にぴったりだろ?」なんて言って渡したら、蹴りじゃなくて凶器が飛んできそうだ。
正直やってみたくはあるが。
「あ、これとかどうだ?」
「ん……まあいいと思うよ〜」
「微妙だな……ほかの見るか……」
シンプルイズベストを突き詰めた商品はダメらしい。
「かといって夏の商品なんてダメだしなあ……」
「こんなの綺麗じゃない?」
とてて、と駆け寄って見せてきたのはシンプルな銀のネックレスだ。
紅一点といった感じで一部だけピンクが入っている。
「おお〜、デザインはいいけど……どちらかといえばあいつはピンクじゃないよな……」
毒舌アイドルだからな。もっと暗いほうが合いそうだ。
「………あ」
「ん?どうしたの?」
「決めた。ありがとな天鳳」
「え、うん……ってこれじゃないの?」
そんな声を無視して、おれは気になった商品を探しに。
まさに愛咲春に合いそうなものだ。
「へぇ……これにするの?」
「ああ。これしかないな」
天鳳が持ってきたやつとかなり似ているがちょっとだけ違う。そこが気に入ってるんだ。
「買ってくるよ」
「あ、うん」
今週だけでものすごい出費だ。
金銭感覚が狂ってきた気がするなぁ……。
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「いやあ楽しかった!ありがとな天鳳」
「うん。あたしも楽しかったよ」
「カラオケは悲惨だったけど」
「あはは。また来ようね?」
おれたちは愛咲へのアクセサリーも買い終え、最寄り駅まできていた。
思い切って誘ってみたが予定通り、結構楽しめたと思う。
「先輩は電車だよね?」
「おう。天鳳は車か?」
「うん。じゃあまたね〜」
「あ、ちょっと待てって」
思いのほか早く帰ろうとした天鳳を急いで呼び止めた。
普通もうちょっと話したりするんじゃないか?
「どうしたの?」
「ほら、これ」
おれは若干緊張しながらもそれを渡す。
「これって………さっき買ったやつ……なんであたしに?」
「いいから開けてみろって」
「ふむ………」
包装された小さな小包みを開くと
「–––––– あれ、さっきのと……違う……?」
そこには愛咲に買ったのとはまったく異なる白のネックレスがあった。
もちろんおれが買ったものだが。
「その、プレゼントだ」
「え………?」
「ここ1ヶ月、アイドルのマネージャーに、執事。実は結構精神的にきつかったんだよ」
ストレスで朝起きれても、寝覚めがいいわけではなかった。きつくなかったなんて言うことはできない。
「でもさ、天鳳と毎日話せて気分転換になったっていうか」
"お願い"なんていう不自然な設定はできたけど。
「保健室の時も……その、めちゃくちゃリラックスできた」
「だからそのお礼だ! ありがとな!!」
先輩に相談していたのは愛咲じゃなくて天鳳へのプレゼントだ。
先輩も天鳳ほどではなくてもお金持ちのお嬢様なわけだからどんなものが欲しくなるのか、価格はどれくらいがいいかなどすごくアドバイスをくれた。
それを踏まえて火曜日に買っておいたのがこれ。
天鳳はきょとんとした顔のまま固まっていたが、やがていつも通りの表情に戻ると
「………ありがと」
少し俯きながらも受け取ってくれた。
おれはその場にいるのが耐えられなくなってきてすぐに体を駅側に向ける。
「じゃ、じゃあな!!」
「あ、先輩照れてる〜」
「うっさい!!」