八十一話
「ここはそれなりにお金持ちのいる高校ですからね。すぐに先生を買収して情報を集めて生徒へ……海外出張の多い父ですがその時は運悪く、日本にいたみたいです」
「………………」
「驚きましたよ。2年生になって意を決して学校に来たのにだれも見向きもしない。先生にも、怪我をさせた人の友達にも何も言われませんでした」
「父が金で封じ込めたんです。すぐに確信しました」
「そんな人達に話しかける意味なんてない。私はそこから何ヶ月も、誰とも話さずに生活しました」
まったく想像できない。
先輩じゃなくても、だれが言おうともこれは非現実的な話だった。
「それでも今年に入ってとうとう1人が我慢できなくなりました」
「そんな時、あなたに会ったんです」
忘れもしない今年の1月。
おれが執事に誘われた日。
「じゃあ、先輩がおれを誘ったのは……」
「はい。慎の優しさはもちろんですけど……誰かと話したい、友達が欲しい。その思いで動いてしまった結果です」
騙されてなんかいないが、そんな理由があったことに内心ショックは隠しきれない。
先輩がそんな状況だったなんて思いもしなかった。
「––––– お金を払ってでも、繋がりが欲しかったんです」
毎日5万円。少し話すだけで5万だ。
あの時はなんてお金持ちなんだ、とも思ったけどそれは違ったのかもしれない。
どうしても誰かと一緒にいたい。その思いの丈が、ただの高校生のおれに一日5万なんていう交渉に踏み切った理由だったんだ。
江東は完壁な執事、というか監視役。おれより圧倒的にスキルも高くて一日5万もわからないでもない。
だが最近になって、おれの心遣いが欲しいなんて理由だけで一日5万はおかしいと思っていた。
江東と比べると仕事量というか、これまでの経験値に対する報酬が跳ね上がっていたから。
監視役から気遣いなんてされるはずもない。
だが、友達になれるかもしれないおれには毎日5万の価値があったわけだ。
「私に最初会った時、『こんな人、見たら忘れるわけない』って言ったのを覚えてますか?」
おれが誘われた日か………。
「たしかにそんな気はしますね。でも今の話を考えると……」
「学校で私はいない人間扱い。誰からも話しかけられず、常に一人で過ごしていましたから尋常じゃない影の薄さだったと思います」
約一年間過ごしたおれが気づかないほどに、先輩は自分を閉じ込めていたんだ。
心もその存在も。
「………私が慎と会う時はここだけ。執事になる前も一対一でしか会いませんでしたよね?」
「………はい」
今まで先輩と話してるところを誰かに見られたことはない気がする。
どんな時も、だ。
「慎が私と話してるところを誰かに見られて、それが父に伝わり、慎にもその手が及ぶかもしれなかったからです」
「でも、あの時……誘われた日は彩香さんがいましたよね?」
「彼女は私の唯一信頼できる方です。父にも告げ口はしていませんでしたし」
「………なるほど」
ただ、おれはすでに執事になり、江東にも当然知られている。
「執事になってからも学校では同じようにこっそり会っていましたし、慎の名前は桜楽家では出していませんでした………でも、一回ホームページに何かしましたね?」
「っ…………!!」
まさか……バレてた??
片山さんを騙すために変えたことは知られてたんだ……!!
「それに気づいたのは彼だったようです。だから、恐らく慎と私に繋がりがあることをその時に知ったんでしょう」
「でも、おれはまだ先輩の父親からは何もされてませんし、ホームページだってあの時元に戻されなかったんですよ?」
そう。監視役の江東があれに気づいたならすぐに父親に連絡して、おれは買収、というか辞めさせられていたはずだ。
ホームページもそのままにしておく意味がわからない。
「父は今海外ですが、なぜか江東くんは慎のことを伝えていないみたいです」
「………なんでだ………?」
「ですが、先日暴力を振るったのは慎を私から引き剥がすためですよ。間違いなく」
………そういうことか。
「色々と衝撃的な話があって本来の着地点を見失ってました………」
「先輩がそんなにも自分を責めてるのは、江東がおれをなんらかの形で排除することが分かっていながら何もしなかったから、ですね?」
「………はい………本当にごめんなさい……!!」
それだけおれと一緒にいたかった、ということなんだろうか。
言ってしまえばおれはすぐに辞めてしまうかもしれない。
せっかく執事として近くに来てくれたのに。
「おれは辞めませんよ」
「………本当に?」
その顔にはいろんな感情が混ざっているようで、先輩の気持ちを正確には読み取れない。
ただ、おれはまだ辞めるわけにはいかない。
「江東に軽く殴られたくらいで辞めるほどヤワじゃないですよ。先輩の父親が金を出してきても同じです」
嘘だ。もし数千万ほどの大金が来たなら一気に心が傾くだろう。
でもそんなことは言いたくない。
なにより
「執事とか抜きにしても、もうおれたち友達ですよ」
毎日一緒にお昼をすごして、相談に乗ってもらって、時には怒られて。
これを友達と呼ばずなんて呼ぶのか。
「私たちが………?」
「はい。おれはそう思ってますよ………先輩は?」
過去のミスなんて誰にでもある。大事なのは今どう生きるかだ。
先輩の人となりはもうわかっている。こんないい人滅多にいないだろう。
「…………私は、まだ自分を許せません」
「先輩………」
「でも、」
しゃがみこんでいた体を持ち上げ、おれの目をまっすぐに見る。
こんなに苦しそうな顔は見たことがなかったけど覚悟の決まったような、そんなかっこよさがあった。
「でも………慎の気持ちが嬉しいです」
「私も努力しますから………」
「––––––友達を前提に、執事を続けてくれませんか?」
聞いたこともない前提だな、と思った。
でもなんとなく、先輩との距離が近づいた気がする。
つらそうに、それでも必死に笑顔をつくる先輩に今日もおれは笑顔で応えた。
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