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八十話

たぶん明日中に一区切り付きます。

 


「才原! なんで昨日あのまま帰ったんだよ??」

「どっかの誰かが暴力を教唆したせいだな」

「いやー、まじで気絶まで行くとは思わなかった。そこはごめんな」


 鷹宮は意外にもすぐ謝ってきた。


 いや、もとからこういう性格だったかもな。だからこそムードメーカーだったりするわけだ。


「いいよ。そのかわり、こんどなんか奢れよな」

「覚えてたらな!」

「お前反省してねえだろ」


 こういう性格でもある。


「それより、橘と2人では遊ぶのか?」

「ああ。たぶんな」


 あのあとホテルに戻ったらすぐにメッセージが来てた。


 正直、借金の先のことだから基本は未定。

 とりあえずといったところだろう。


「文化祭………かぁ……」

「急にだな? ま、おれも春ちゃんが来るってなってから毎日考えてるけどよ!」

「だろうな」


 男子はもちろん、女子もその話題でもちきりだ。


 間違いなく今回の文化祭は過去最高のものになるだろう。


 ………おれもやりたいなあ……


「授業いくか」

「おう!」


 その思いは一旦封じ込める。


 いまは目の前のことに集中だ。

 こっから先、少しのミスで結果は大きく変わる。


 1秒たりとも気は抜けない。







  ––––––––––––––––––––––––––––––––––––






「本当にごめんなさい!!!!」


 今日の一言目は謝罪からだった。


「え、せ、先輩!? 顔あげてください!!」

「私のせいです。慎があんなことになったのは………!!」

「それって江東のことですよね?」

「はい……」


 こんなに悲しんでる先輩は初めて見た。


 いつも気丈に振る舞って、おれの背中を押してくれた人とは思えないほどに。


「おれが江東に言ったんですよ! 彩香さんから鍛えられた実力を試したいって! だから先輩が謝る必要なんてないです!」


 完全におれの暴走といったところだ。


 先輩が江東やおれにストップをかけていたとしてもあの一戦は絶対に起こっていた。対処のしようなんてない。


「そもそも……私が……執事に誘わなければ……」


「え………」


 おれが戸惑ったのは「執事に誘わなければ」なんていう言葉じゃない。








 –––––その透き通った瞳に浮かんでいる涙に、だった。


「な、なんでそんな……」

「本当に………ごめんなさいっ………!!!」


 その場に泣き崩れてしまう先輩をとっさに支える。


「せ、先輩……!? どうしたんですか!? あんなの止めようもないだろ!?」


 つい口調が荒くなるのも構わない。


 いまは先輩がどうしてここまでの状態になってしまっているのか、そっちが重要だ。


 涙の止まらない先輩におれはずっと話しかけた。


 昼休みが終わりを告げても、確たるものを知るまで帰れない。







「落ち着きましたか………?」

「………はい……すみません……」


 何分間こうしていたんだろうか。

 はっきりとはわからないけど1時間近く先輩は泣いていたと思う。


「江東と先輩には……なにがあるんですか?」


 ここまで自分を責めてしまうほどの理由があるはずだ。


「彼は……正確には執事じゃないんです」

「……執事…じゃない……?」


 メイドです、なんていう展開なら嬉しいがそんなわけない。じゃああいつは……


「私の……監視役、といったところですね……」


「………監視役?」


 言っている意味がわからなかった。


 守るための執事ではなく先輩を監視する、つまりは味方じゃないってことか?


「最近、私たちはよくここで話しますね?」

「え、はい。そうですね」


 特別棟の鍵の壊れた空き部屋。

 人もこないし、おれとしては有難い場所だ。


「ここを見つけたのは私が高校一年生の時。父親の圧力に耐えきれなかったことが原因です」

「………え?」


 父親の圧力………?


「母が亡くなってから、優しい父はいなくなりました……でも、お金のある父ですから。いい教育を、いい友人を………常に厳しく、なにもかも上から決めつけられていました」

「そんなことが……」

「実際、私は言い返したこともありません………父がすごいだけで私にできることは何もない。そんなことはわかってましたから」

「そんなことないですよ!先輩はおれの背中を押してくれた。この前も相談にのってくれたし……」


 なんとか気分を変えさせようとするも、おれの慰めなんかなんの効果もないみたいだ。


 顔色はいっこうに変わらない。


「それは大したことじゃありませんし、それに………いえ、もっと大きな、例えば父のように大金を稼いだりしなければ認められませんから」

「そんなの高校生にできるわけ……!!!」


 おれは言いかけて止まる。


 それを言ってしまえば自分を否定するだけじゃなく先輩を下に見ることになってしまうから。

 軽はずみに言えるわけがなかった。


「……小さい時からその手の教育はされていましたけど、私は一向に成長しませんでした………そして高校1年のとき、とうとう我慢できなくなったんです」


 拳を握りしめながら、言葉を絞り出す。


 少しだけ懐かしんでるように見える顔には苦しみが浮かんでいた。


「話しかけてきた友人…いえ、友人ですらなかったのかもしれませんね……彼女を階段から突き飛ばして大怪我を負わせてしまったんです」

「なっ………」


 今の先輩からは想像もできなかった。

 階段から突き落とすなんてただ事じゃない。


「一年生の初めから私に話しかけてくれていた人でその心の内まではわかりませんけど……その人と、その友達の家柄で判断する父にも嫌気がさしてしまいました」

「………それで、その人は?」

「今も同じ学校ですよ。怪我も治ったと聞いています」


 てっきり再起不能とかかと思ったがそんなことはなかったらしい。


 というか一年前のことだからか、あまりそんな話は聞こえてこなかったな。


「それでその時に思わずここへ逃げ込んだんです」

「…………誰も来そうにはないですからね」

「結局、その日家には帰りましたが2年生に上がるまで引きこもっていました」

「え………先輩が?」


 それこそ信じられないが、それくらい重い事件だったんだろう。


 江東が監視役っていうのは危ない行動をするかもしれない先輩の様子を見るために、か。


「…………でも、そんな必要なかったんです」

「………どういうことですか?」



「私がしたことを知った父は関わっていた生徒を買収しました」



「…………は?」



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