七十八話
「…………ん……」
おれは何かの物音で意識を戻した。
見える光景は真っ白なカーテンに布団。
「……ここは……」
「ほけんしつ、だよ?」
「えっ、」
頭上からした声にすぐ振り返る。
枕が傾いていてちょっとずり下がる形になった。
「大丈夫?先輩」
「てんほう……?」
なんで天鳳が……というか
「……保健室って言ったか?」
「うん。海斗先輩が運んでくのを見てた友達がいてびっくりして見に来ちゃった」
「………ああ……思い出した」
クラスの奴らにやられたんだったな……
まじで気絶するってやりすぎだろ。
「もうすぐ2時間目休みになるところだよ」
「え、まじで!?」
そんなに寝てたのか。
まあ、昨日の夜痛みでよく寝れなかったことも影響してるそうだ。
「…………それよりさ」
「うん」
おれはずっと思ってることを聞いてみた。
「なんで膝枕なんだ……?」
やけに柔らかくてあったかいなとは思ってたが、天鳳のいる位置で確信した。
「なんとなく!」
「………そうか……」
本当になんとなくかもしれないから複雑だな。
ただ、そのせいかめちゃくちゃよく眠れた気がする。
「あー……もう少しこのままでもいいか?」
「え……珍しいね。先輩がそんなこと言うの」
「………ちょっと疲れてるっていうか、まあ、そんな感じだ」
腹の痛みが熱を帯びてきてるみたいだし、すぐ動き回らない方がいいだろう。
「………そっか」
天鳳はおれの髪を優しく撫で始めた。
「なんか、くすぐったいんだけど……」
「病人はわがまま言わないの」
なんとなく懐かしさを覚えつつもおれは目を閉じる。
「……今思ったけどさ、あたしが授業サボるときって毎回先輩いるよね」
「屋上と今回か」
「うん」
「そもそも最近おれがサボりがちかもしれないからなあ」
天鳳といない時でも愛咲と会っていたり。
いや、それくらいか。
「………ふふ、顔近いね」
「そりゃ膝枕だからな」
気になって目を開けると、緩みきった顔でこっちを見てる天鳳が。
楽しそうだな、なんてことは言えそうになかった。
「………やっぱ恥ずかしいからやめよう」
「え〜先輩から言い出したんだよ?だ〜めっ」
起きようとしたが両手で顔を固定されるおれ。
「今日の"お願い"はここで使っちゃおうかな」
「……ちなみにそれはどんなやつで?」
「このまま耳はむの刑かな」
「たがが外れてる」
欲望に一直線できたぞこいつ。
「先輩だって膝枕してもらってるんだから、少しくらいいいじゃん」
「いや……それはまあそうだけどさ…」
「じゃあ"お願い"2回分ね!!」
「それはせこ–––––」
「はむっ」
「へっ」
おれはまじで行動に移した天鳳に驚くことしかできない。
しかも耳に口がいくから顔同士が近くなるわけで……
天鳳の柔らかい頬っぺたがおれの頬っぺたに当たり、そのままくっつく。
「…はむ…んむっ」
「ちょっ、まじでストップ!!」
「あっ、動かないで! なんで逃げるの!」
「これが逃げずにいられるか!」
天鳳の腕を掴んで起き上がろうとするが
「––––––ガラガラッ」
「っっ………!」
だれか入ってきた!?
声を聞かれて、なんか言いふらされたら………いや、どうする……?
すると顔を離してしーっ、と人差し指を口に当てた天鳳が足をゆっくりずらし始める。
とりあえず結論は出ないが天鳳に任せるとしよう。
するする。
おれの頭の下から太ももが抜けた。
若干名残惜しい自分に嫌気がさすが、ここからどうする気なのか。
もぞもぞ。
おれの顔の前に顔がきた。
「…………………」
「えへへ」
「………なにをやってる?」
「そ・い・ね」
…………まじかこいつ。
この状況で添い寝……だと……?
なにを考えてる?
いろんな感情が溢れ出してきそうなのをなんとか抑えて一言だけ。
「………なんでだよ」
「耳触ってあげる」
「聞くきねえなおい」
耳への執着だけで生きていそうだ。
ともあれ、こそこそと話しているがこれも聞こえていないとは言い切れない。
早く出て行ってくれることを願うばかり。
「どういうつもりですか?」
保健室に入ってきていた人が声を出した。
おれたちには気づいていないが、
この声って………
「どういうつもりもなにも向こうからふっかけてきたんだ。断るわけにもいかないだろう?」
もう1人の男の声にはとても聞き覚えがあった。
腹の傷がさらに熱を帯びる。
「先輩大丈夫?」
「ああ………」
間違いない。
今そこにいるのは先輩と江東だ。
「いくら慎の呑み込みが早いからといってあなたとやればケガは避けられません。手加減もしなかったんですね?」
「顔は殴っていないさ。ただ、腹の方はどうかわからないがな」
「同じ執事ですよ!?」
先輩が珍しく声を荒げる。
おそらく、江東とおれの一戦を知ってしまったんだろう。
結果は知ってるかわからないがおれがボコボコにされたのは伝わっていそうだ。
ただし、この状況、めちゃくちゃまずい。
カーテンが閉まってるのに中を確認しようともしないで先輩たちは話してる。
よって、たった今、おれが執事をやっているということが天鳳にバレた。
「はっ、あんたがそれを言うのか?」
「………形式上はそうでしょう?」
「形式上、ね。あんたが一番オレのことを鬱陶しく思ってそうだな」
………形式上………?
天鳳の反応が気になって話に集中できていなかったが、その言葉には引っかかった。
「ま、今回はやりすぎたとは思ってるさ。だからこうしてわざわざ学校で会ってるんだろ?」
「次、慎に何かしたら許しませんよ」
「ははっ! ただのお嬢様が言うようになったな?期待しておいてやるさ」
そう言って江東は保健室をあとにした。
先輩はまだ出ていかない。
………もしかしてこっちに気づいたか?
そう思ったのもつかの間、
「……………ごめんなさい………慎……!!」
聞いたことのない、声が聞こえた。
綺麗な笑い声でも、ちょっと怖い怒鳴り声でもなく、嗚咽すら混ざりそうな泣き声。
「……ごめんっ……」
その言葉の真意をおれは見抜けない。
どうやら2人の関係には、まだおれの知らないことがあるみたいだ。
ただ、そんなことは後回し。
「––––––執事って………なに?」
今はこの社長令嬢の相手が先だ。




