七十話
-–––––これはお兄ちゃんが帰ってくる少し前のこと
「なんにもわかんなかった………か」
あたしは金曜日に奈々ちゃんから送られてきたメッセージをみてため息をついた。
この前の日曜日、お兄ちゃんがセカンドビルから綺麗な女と出てきたのを撮ったあたしは相手をタレントだと踏んだ。
夏だからサングラスはするかもしれないけどなんとなく変装のために感じたから。
あそこにあるのはMOXっていう大きな事務所。
アイドルで有名だけど、もちろんモデルなんかも沢山いるわけだから絞ることは難しい。
確認するためにすぐ写真を送ることにした。
アカウントは新しく作ってあたしが送ったことはまだ教えない。
そしたらすぐに電話がかかってきた。
内容はポストに何か届いてないか。
もしあの女が一般人なら家に写真を送られてるかも、なんて発想には至らない。つまり、間違いなくタレントとかその手の有名人で決定。
そこで一旦奈々ちゃんに「それとなくMOXっていう単語を出して」なんていう命令をしてみた。
でも結果は無反応だったみたい。
あたしがその場にいればお兄ちゃんが嘘を言ってるかわかったのに………
そんなことも思ったけど、そのあと私は思いついていた天音麗花っていうモデルの話をふってみた。あの日歩いてた女とスタイルが似ていて、かつMOX所属じゃないから。
その時の一瞬つまった反応をあたしは見逃さなかった。
直接話してるわけじゃないから確信は持てないけどモデルっていう言葉に少し反応したのは間違いない。
本当にあの女が天音麗花だったりするのかもしれない。
あたしはもう少し刺激を与えたいと思った。
そこで奈々ちゃんが天音麗花とのイベントを予約しててくれたのは本当にナイスとしか言いようがない。
あたしが行くことはできないからその天音麗花とのやりとりに全神経を注ぐように言った。
カップルのフリは頭がぐちゃぐちゃになるくらい羨ましいけど今回はしょうがなく。
でも、これの結果も「なにもわからなかった」だ。
情報が無かったらバラすって脅してるのに、それを無視して奈々ちゃんがお兄ちゃんとフリを楽しむわけがない。
そんな度胸はない。
つまり、ほんとに天音麗花とはなにも無かったかもしれない。ほかのモデル、それかアイドルなのかも。
「クイーンとった、なんて思っちゃったからかなぁ」
まだクイーンにすら届いていない。
お兄ちゃんの秘密が暴けない。
男のバイト友達も本当にいるらしいし、さすがお兄ちゃん。隠し方もうまいんだなあ……
「でも見つけるもん」
あたしがお兄ちゃんを助けてみせる。
なんの心配も不安もない、いつもの日常に戻してあげるんだ。
大きな進歩はなかったけど、またあたしの決意は固くなる。
「今なら勝てる気がする………!!」
あたしは立ち上がって、いつものように履いていたお兄ちゃんのジャージと自分のパンツを脱ぐ。
震える右手で掴むのはチェックなんかじゃない、黒のボクサーパンツだ。
「もう片足までは余裕なんだからね……」
チェックに負けてから一週間、日々重ねた努力は決して無駄じゃ無かった。
右足どころか左足まで入ってしまう。
「え、え!!………きてる……きてるよ!!」
1人お兄ちゃんのベッドで興奮するあたしを止める人はいない。
「あ、あとは上げるだけ………はっ!」
そこであたしは前回の失敗を思い出した。
すぐにスマホを取って電源をオフにする。
「パンツは下がっちゃったけど、もうこれで邪魔は入らないよね……」
掴み直し、少しずつ上げていく。
あと30センチ……20……10……
「はぁっ、はぁっ、」
ここで勝てなきゃお兄ちゃんとベッドインなんて夢のまた夢。
いつかは目の前でやるかもしれないんだし……!!
「えいっっっ!!!!」
–––––パチンッとゴムが腰に当たるのを感じた。
「え…………」
恐る恐る視線を下に下げる。
「は、は………履けたぁぁあああ!!!!」
頭とか体のいろんな部分でショートしたような感覚に襲われる。
「あひゃぅ…………もう………むり…」
あたしはそのままベッドに沈んでいった。