六十九話
「あ、天音………?」
「………んふふ…………」
よほどいい夢でもみているのか、口からだらしなくよだれを垂らしておれの枕に抱きついてた。
しかもおれのパーカーにパンツってどういうことだよ……
「もしもしー?天音さん?」
「んむ…………」
お、目がちょっと開いたな。
「……お兄ちゃんのこえ………」
「そうだ。お前のお兄ちゃんだ」
「ん………お兄ちゃん……?」
「おう」
「おお〜………………」
完全に寝ぼけてるようだ。
もうちょっとつついてみるか。
「なんでおれのパンツはいてんの?」
「だってお兄ちゃんいないもん………」
「目の前にいるんだが?」
「……………あれ」
お、意識がはっきりしてきたらしい。
あたりをキョロキョロ見回してからおれを見た。
「お、おおおお、お兄ちゃん!!!???」
「ただいま」
「おかえり!!!!………じゃなくて!!!」
すぐさま下半身を布団に隠し、枕を強く抱きしめる。
「な、何でいるの!?いつから!?」
「さっき来たばっかだ。ほら天音麗花の言ってたやつ」
「あ、そっか………今日来てくれたんだ……」
「ごめん、タイミング悪かったみたいだな………」
「な、何言ってるの!?なんにも悪くないよ!?あたし何にも変なことしてないよ!?」
一個だけどう考えてもしてるだろうが。
枕を取ると見せかけて布団を思いっきりめくる。
「ひゃあっ!」
「…………これは?」
「………あたしの下着無かったから……」
「よし、天音の部屋行ってくる」
「ごめん!!!嘘だよ!!!気になって履いちゃったの!!!」
「兄のパンツが気になるってどういうことだよ……」
「お兄ちゃんは……そ、そういうことないの?」
「え?」
おれって兄貴いたの?天音だけ知ってるとかそんなことある?
「あ、あたしのパンツとか………」
「ないわ」
「うぅ………ひどい……」
「なんでだよ」
全くわからん。兄弟のパンツなんてどんな需要があるのか。
「あとよだれふきな」
「あ………うん」
「おれの枕でじゃない」
なんで「え?」って顔になる。
どう考えてもティッシュとかで枕の方もふくべきだろ。
「妹のよだれだよ………?」
「なんでそんな驚愕の表情なんだよ………」
「………前は美味しそうに食べてたのに……」
「どこの平行世界だ」
そんな世界線は存在しない。そうだと信じたい。
「ふきつづけるな」
「むぅ…………」
「………おれもあんまり帰ってこられなくて悪かったな。来週くらいには戻ってこれるからさ」
「ほんと!?ほんとに!!??」
「お、おう」
天音は急に布団も枕も投げて立ち上がった。パンツ姿だが。
親も海外、兄もどこかでバイト三昧。
1人家に残されて悲しくないわけがないんだ。
家を突き止められる、天音にバレるリスクを考えても帰ってくるべきだった。
やっぱり麗花の言う通りかもな。
「それでもたまには出かけるけどな。基本帰ってくるよ」
「おにいちゃぁぁあああん!!!!好き!!!」
「パンツのまま抱きつくなよ………」
まあ、嬉しそうだからいいとするか。
「服もありがとう!! お兄ちゃんなら当ててくれると思ってたよ!!」
「当然だろ?」
「えへへ………………くんくん」
「嗅ぐな! 離れろ!」
「まだだめ〜」
久々の兄妹の時間。
その後10分間嗅ぎ続けられたおれであった。




