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六十七話

 


「なあそこの君」

「はい?」


 おれたちがUFOキャッチャーを終え、そこを離れようとした時後ろから声をかけられる。


「私、ですか?」

「そう君だよ。」


 身長はおれとほぼ同じくらいの男が2人。

 さっき見てたやつらとは違うが目的は同じだろう。


「一緒に遊ばないか、ってところですか?」


 おれは先輩の一歩前に出て距離を詰める。


「ははっ、彼氏の方がわかってんじゃん! そういうことだよ。大人しくしてればケガはしないからさ」


 遊ぶだけでケガをするはずもない。

 こういう輩はもう少し言動に注意した方がいい気がする。まあいまの状況なら関係ないが。


 おれは先輩に聞こえる程度の声で彩香さんに連絡を頼んだ。

 あとは他の執事を待つだけだ。


「し、慎………」

「ん?」


 そっと顔の前にスマホを向けてきた。

 画面には彩香さんとのトークルーム。


『万が一はありませんから、少し昨日の復習を兼ねたテストをしてみましょう』

「なっ………」


 昨日の内容って……軽い実践だったよな。


 それを兼ねたテストを………いま?


「ほら、もういいだろ?」


 男がおれの肩を引いて先輩から離そうとする。


 ため息をつきながらその勢いを利用して顔面に拳をめり込ませた。


「がっ………!!」


 そのまますぐ隣の男のみぞおちに一発。からの金的をくらわせる。


「お、お前……なにして……」

「悪いな。しっかり練習通りやらないとデコピンされるんだ」

「なに言って––––」


 声を上げる前に顎を狙って蹴りをくりだす、と見せかけて利き手とは逆の左手でそこにフックをいれた。

 的確にきまったようでその場に力なく倒れる。


「……こんなもんか」

「慎……本当に呑み込みが早いんですね」

「おれも昨日言われましたけど、まあ運動神経はいい方ですから」


 昨日は夜に収録があったがそれまで先週と同じように訓練をしていた。内容は前回の続きに加えて軽い実戦形式で、かなり動きがよかったらしい。


「あと全く怖気付いていませんでした」

「あー…そうかもです………ま、とりあえず早く出ましょう」


 ここに入った時のように先輩の手を掴むと外に向かった。








 –––––場所はとある中華レストランの一室。


「お見事でした」

「すぐ後ろで隠れて撮ってるなんて趣味が悪いですよ」

「メイドですから」


 そう言われて妙に納得できてしまうから不思議だ。


 お茶を一口飲んで気になっていたことを聞いてみる。


「もしかしてほかの執事連れてきてないんですか?」

「ちゃんといますよ。ただ出てこないだけです」

「慎が助けてくれたんですから私はとても満足です! あとはプリクラだけですね!」

「………まあいいかぁ」


 たしかに想像より相手が弱かった。本筋の人が出てくるまでもないだろ。


「それより慎はこういう経験はなかったんですよね?」

「はい。ちょっとだけ知ってるくらいで有段者なんかじゃないです」

「どうして怖くならないんですか?」

「………もっと怖いひとを知ってるから、ですね」


 おれがそう言うと彩香さんがニヤッと笑みを浮かべる。


「興味がありますね。才原様の一番怖い相手に」

「私もあります!」

「………そんな面白い話じゃないですよ?」

「「はい」」


「ほんとに大した話じゃない」と前置きをしながら、若干目をキラキラさせている2人を前におれはあの日のことを話し出す。






  ––––––––––––––––––––––––––––––––––––







「ねむ………」


 朝の満員電車ってどうしてこうも気分が悪くなりやすいのか。となりに誰がいても気を使わない、そんな人になりたい。


「ふぁぁあ…………それにしても………」


 ガタイいいなあの人たち。おれも高校入ったらあのくらいまで………

 いや、今が一番伸びる時期でこれなら高望みはやめとくべきだ。

 中3にして173センチ。とくに最近は止まり始めた気がする。


 あと二週間で卒業式。青葉中学ともお別れだからな。

 三光高校でも楽しい生活が待ってるんだろうか。


 そんなことを思いながら電車に揺られていたがなんとなくさっき見ていた男2人が気になった。ただのサラリーマンたが。


 なんでこんなに見てんだろ………


 いや、違う。見てるんじゃない。


 おれが見られたんだ。隙間から覗く瞳に。


 どうしてか、そう思ってしまった。2人の間に誰も見えないのに。たしかに誰かに見られた気がした。


 きっと卒業が近かったのも関係してるんだろうが、この路線を使うことがなくなる、そう思うとこの好奇心は止まらなかった。


 おれはテニスバックからなんとかテニスボールを取り出し、そのまま近寄っていく。

 数分かけてなんとか近くまで行って、テニスボールを投げた。


「あっ、すいません………それ取ってくれませんか?」

「………ああ、ちょっと待ってくれ」


 おれは拾われるボールの位置じゃなく、拾う瞬間にできる2人の男の隙間に集中する。


 そして––––––





「––––––どこみてる?」


 気づかれた。なにを見ていたのか。


「いや……その子––––」


 瞬間、腹部に何かが当たったのを感じる。

 目を向けるとこんな満員電車でみるはずもないものがあった。


「………なんでそんなもの……」

「製薬会社で働いてるからな。薬品の入った注射器なんて盗もうと思えば盗める」


 本当かはわからないが、たしかに鋭利な針が見えていた。

 服を容易に貫いてしまえるに違いないし、液体も入っているようだ。


「声をあげたら刺す。ここはカメラもないから誰がやったかはバレないんだ」

「この女のことも忘れろ。死ぬまで黙っとけばなにもしない」


 周りに聞こえないよう、耳元で囁かれる。

 2人の大人からこうも脅されては中学生の自分一人では力が入らない。


 それでも気になって視線を戻すと、髪に隠れた顔から目が見えた。

 ひどく怯えた瞳が。


 ………そういやおれ、もう卒業だったなぁ。

 やり残したことはないかって昨日言われたばっかだっけ。


 そう考えてしまう自分の思考の、心の変化を感じ取った。


 バレないならすぐに刺してみろよ。なんでしない?ビビってるのか?それとも絞りカスの良心でも残ってたか?


 また男たちが動き出した。

 手を女の子に向けて突き出し始める。


 心臓の鼓動がこれでもかというくらい聞こえた。


 覚悟の決まった自分に一言告げる。


 ––––––胸いっぱいに吸い込め。





「痴漢してんじゃねえよぉぉぉおおおお!!!!」



 驚いた周囲の人が一斉にこっちを向く。

 男2人も、女の子も目を見開いた。


「こいつら痴漢してます!!」

「なっ………こいつ……!!」

「なーに言ってんだ。おれらはこの子が泣いてるから顔を見られないように頼まれてたんだよ、な?」


 1人はざわつく中でも冷静に対処してくる。

 きっと女の子のことも何かで脅してるに違いない。


 おれは目を見つめた。


 ––––––おれの覚悟はみせた、と。





「………こ、この人たちがやりました………!!」


 顔を伏せつつも、泣きそうな声で精一杯絞り出す。


 慌てた様子の男たちをもう誰も信じなかった。そしてここまで必死な女の子を誰も疑わなかった。


「そんなもんで脅せると思うなよ下衆が」


「っ…………!!!」




 それからすぐに周囲の人全員が手伝ってくれた結果、2人共逃げることなく駅員に引き渡された。


 もちろんおれも重要な証人として呼ばれ、学校に連絡を入れて数時間ほど話し、親にも連絡するよう言われてしまった。




「–––––じゃあ、ここまでだね。ありがとう、君の勇気が救ったんだ」

「そんなもんじゃないですよ。ある意味でヤケクソでしたから」

「でも女の子に会わなくていいのかい?」


 駅員は親切心として言ってくれたんだろうがおれは首を横に振る。


「1人でも自分が痴漢されたことを知ってるって思ったら不安になると思うんですよ。幸い顔も名前もまだわからないので」

「君に対してはそうならないと思うが………その意思を尊重するよ。今日は本当にありがとう」

「はい」


 おれは家に一旦帰るよう言われてしまったので、今は空いている電車に乗ることにした。


「あの! な、名前は………!?」


 乗ったところで声をかけられる。

 振り返るとさっきの女の子だった。


「………才原慎だ」


 中学最後の功績を残したかったんだろうか。


 ただ、余計な感情は出さないように端的に答えた。


「さいはら……しん。……じゃあ––––––」


 何かを言いかけたところでドアが閉まる。

 名前はわからない、顔も見えない、どこかの中学一年生。


 彼女との出会いはこれが最初で最後だった。




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