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六十六話

 


「慎! こっちですよーー!!」

「え」


 いつも通りの入り口から入ろうとしていたおれは急に呼ばれて若干ビクつく。

 一体先輩はどこから呼んでいるのか。


「あ、いた」

「ふふっおはようございます」

「おはようございます……って先輩、髪型変えました?」

「変えた、と言えるほどでもありませんがちょっと毛先を巻いて耳にかけてみました」


 入り口から少し離れたところにある車の脇で先輩は髪がかけてある方を少し向けてくる。


 服装は紺のチュールスカートに白の少しフリルがついたTシャツ、ハイヒールといったシンプルな形だが、だからこそ素の良さが際立っていた。


「めちゃくちゃ似合ってますよ。おれもまあまあ整えてきたつもりですけど…大丈夫ですかね?」

「ありがとうございます。慎も似合ってますよ! そうですよね彩香さん?」

「はい。背伸びをしないところにも好感が持てます」


 彩香さんに貶されないなら問題ないだろう。


 おれもシンプルに黒のパンツに白のTシャツ、そこに紺のジャケットという感じだ。

 早く起きて準備した甲斐があった。


「車があるってことはそれで行くんですか?」

「はい。私が運転するのでお二人は後ろの席へ」

「慎、エスコート頼みますね?」

「了解です」


 こうして彩香さんの車に乗り込み、遊べる場所の多い繁華街へと向かった。


 もちろんメインはプリクラだが。













「ここが"春馬通り"というところですね!」


 ザ繁華街といった様子の通りに、先輩は少しテンション高めではしゃいでいる。


 やっぱりお嬢様は外へ遊びに行かせてもらえないのかもな。箱入り娘、っていうイメージで合ってそうだ。


「日曜は特に混んでますけど今日はちょうどいいくらいですね」

「はい! まずはあれ食べましょう!」


 指差す先にあるのはたい焼き。正直先輩が食べてるのを想像できない、ミスマッチにすら思える。


「あはは!先輩のイメージじゃないです」

「ほんとに久しぶりなんですからね! お昼前ですけど早く行きましょう!」

「わかりました」


 彩香さんはおれたちの少し後ろで控えている。おれ以外の執事は結局どこにいるんだろうか。


 ともあれ、いったんメニューからふつうのたい焼きを一つずつ注文する。


「慎は頭と尻尾、どっちから食べるんですか?」

「えーっと………尻尾ですね。最後に甘いところを残しときたいんで」

「最後までギリギリ我慢するタイプなんですね。私も一緒です」


 食べる順番に性格が現れるってのは意外と本当だと思う。

 実際おれもそんな性格だからな。


 手に取ったたい焼きは割と小さめで昼前にはちょうど良さそうだった。


「それじゃあ、いただきます!」


「んむんむ…………久々のあんこっていいな」


 甘いものはいつでも食べてるけどあんこは数カ月ぶりだったかもしれない。

 先輩も予想より美味しかったみたいでパクパクたべ進んでいる。


「あ、先輩あんこ付いてますよ」

「え、どこですか?」

「唇の左上ですね」

「才原様、場所を言うだけでは執事として失格です」


 急に彩香さんが割り込んできた。


 たい焼きを食べながら。


「な、なんですか……」

「わかりますよね?言いたいこと」

「それは……はい」


 わざわざそこまでするか、という感じだが先輩はまだあんこを取れていないしやるべきなんだろう。


「こっち向いてください」

「あ、はい」

「……………はい。取れましたよ」


「––––––カシャッ」


「え……」


 すぐ隣でたい焼きを口に含みながらシャッターを切る彩香さん。


「高校生らしくていいです。もう一回やりましょうか」

「誰がやるか」


 桜楽家のメイドは写真係でもあるらしい。

 おれもいつかそのカメラを使う時が来るんだろうか。その中にあの水着のデータが入っているなら受け継ぐのもやぶさかではない。


「えっと……次はUFOキャッチャーなるものをやってみたいです!」


 おれが全く違う妄想をしてる間に食べ終わった先輩はすぐさま違う店舗を指差す。


 ただ、そこにおれは見覚えがあった。


「先輩、あそこってあんまり治安良くないゲームセンターなんですよ。狭くて人から見えにくい位置も多いですから」

「そうなんですね……ありがとうございます慎」


 口にした言葉とは裏腹に少し残念そうにも見えた。


「才原様」

「………わかってますよ」


 彩香さんがいいならまず問題はないってことだ。

 軽く胸を叩いて進言する。


「でも、今日はおれがいるから大丈夫です。さ、行きますか!」

「ほ、ほんとですか!? はい!! すぐ行きましょう!!」


 やっぱりめちゃくちゃ行きたかったんだな。


 これは今日一日大変な日になりそうだ。




 ゲームセンターに入るとすぐ大根の達人あった。


 大根をキャッチアンドリリースするというクソゲー極まりない設定だがそれをリズムに合わせてやるため音ゲーである。

 結局クソゲーに変わりはない。


「これは何ですか?」

「小2までなら楽しめることもある大根のゲームです。それよりあっちがUFOキャッチャーですよ」

「そうなんですか………」


 それに興味を持たさるわけにはいかない。

 おれは急いで先輩の手を引いた。


「えっ……し、慎!?」

「ガラの悪いやつが来る前にやっちゃいましょ!」


 そのまま少し歩いてすぐにぬいぐるみ系のものを見つけた。

 猫と犬、それから………大根。


「こ、これがUFOキャッチャー……!」

「………まあいいか」

「やりますよ! お金はありますから! 彩香さん?」


 なるほど。金は彩香さんが持ってくれてるらしい。

 あの人なら安心だからな。


 しかし返事は聞こえなかった。


「あれ……あの人は?」

「いない……みたいですね」

「トイレでも一言言ってくれよ………とりあえずお金はあるんでどうぞ」

「あ、じゃあお言葉に甘えて……」


 おれの手から100円玉を5枚取って1つ入れると1プレイと表示された。


「ふふっ驚いてもいいんですよ?私は知ってますから。UFOキャッチャーは1回じゃなくて5回で取るものなんですよね!」

「間違ってなくもないですけど………」


 その割には500円で6プレイを知らないらしい。

 まあ最初だし楽しんでくれればいいが。


 辺りを見渡して見ると少し人が集まり始めているがこっちを見てるのは少しだけだ。カップルがデートに来たとでも勘違いして妬んでるんだろう。


 とりあえずはゲームを楽しむことにしよう。


「先輩どうですか?」

「5回終わりました!!」

「はやすぎだろ」


 え、おれが周りを見てる間に500円を消費しきったの?

 あの十数秒間の間に?5回を?


「し、慎。もちろん後で返すのでもう500円……いえ1000円くれませんか?」

「あ、はい。全然大丈夫ですけど………ゆっくりやってみてもいいんじゃないですか?」

「そうですね………さっきは急ぎ過ぎました」


 先輩としても初めてで焦ったらしい。

 たしかに結構なスピードでやれば………いやどう考えても早すぎる。いったいどんな手品を使ったのか。


 じっくり先輩を見てみる。


 まずは目の前のUFOキャッチャーに200円、そして後ろや左右、合計5台のUFOキャッチャーにも残りを分ける。

 そこからは高速でボタンを連打し始めた。


「5回でとるってそういう意味じゃないだろ」

「あ………また無くなっちゃいました………」


 もしかしなくても、もう間違いないだろう。


 この人超箱入り娘だ。ただの箱入りに加えて脳も箱入りに違いない。

 どう考えたら1台で5回というセオリーを5台で1回ずつだと勘違いするのか。


「慎………つ、次は5000円を………」

「もう貸さないです」

「うっ………」


 おれも愛咲からよくポンコツだの言われるが、たまにこんな感じなんだろうな………。


「ほら、貸してみてください」

「え、やってくれるんですか?」

「あの大根でいいんですよね?」

「は、はい! 大きいやつがいいです!」


 あれのどこに魅力を感じたのかは想像もつかない。

 ただ、はじめての経験を失敗で終わらせたくはないよな。


 いつだったか天音にあげたい猫のぬいぐるみを取りまくってやった記憶がある。

 偶然にもこれは同じタイプだ。


「よし………」


 斜めから見て距離を正確にはから全体を掴むんじゃなく、上級者らしく引っ掛けに行く。


 アームは完全に予想通り動いていった。


「あっ! 引っかかってますよ! すごい、あんなところに! ……あと少し、あと少し………!」

「もう大丈夫です」


 ポトっと見た目に似合わない可愛い音を立てて大根は取り出し口に落ちてきた。

 すぐにそれを取って先輩に渡す。


「はい。どうぞ」

「あ、ありがとうございます………!!」


 大根を手にとって嬉しそうに微笑むのを見ると、なんとも言えない気持ちになる。


「………とりあえずお昼行きますか」

「はいっ!」


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