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六十二話

実は奈々がベスト3のうちの2つを1人で掻っ攫ってます。

 


「なんか2人でカフェって久しぶりだな」

「この前バイトだーって走ってっちゃったもんね」

「ああ………あったなそんなこと……」


 借金デイの七花で鉢合わせた時だっけ。

 結構びびったよなあ。


「あのあとお姉ちゃん機嫌悪くて奢ってくれなかったし。慎は妹に奢ったりする?」

「ほとんどないな。だから今回のこれはプレゼントって感じだ」

「なるほど……」

「あ、このパフェうまい」

「ほんと甘党だよね。まあ私もそうだけど」


 甘党でなにが悪いのか。甘党否定派全員の顔にケーキをぶつけてやりたい。


「あ、そうだ!天音麗花さんとなに話しての?」

「ん?………彼女さんのこと好きなんですねって」

「えぇ!?」


 色々考えた結果そこを抜擢したわけだが、なにかまずかったか?


「な、何でそんな話に……?」

「おれが早く服渡したいです的なこと言って会話終わらせたからな」

「うっそぉ………」


 おれはファンなわけじゃないからな。あの場で特に話すこともない。

 ただ奈々たちは違うだろうけど。


「慎……てさ、好きな人とか……いるの?」

「………どういう流れだ?」

「だって! あんなに可愛い人との会話切り上げちゃったんだよね!? それって……ほかに好きな人がいるから、とか? 」

「ああ…そういうことね」


 たしかにそういう理論になる気もする。


「……いないな。今はバイトが忙しくてそれどころじゃない」

「またバイト………」


 そんなジト目を向けられても困る。

 なにも言えることはないぞ。


「結局前に会ってた人は他校みたいだし。なにも教えてくれないじゃん」

「あと少ししたら教えるからさ。とりあえずほら、これやるよ」


 おれがケーキを取って奈々の皿に移そうとすると皿が消えた。かと思うと口を開けて顔を突き出す。


 ………この構え、間違えるはずもない。


 全カップル憧れシチュエーションベスト3にランクインする甘々中の甘々––––––









 ––––––「あ〜ん」だ。



 どんなカップルも一回はやってるであろう王道中の王道にして、その甘さは甘党否定派であろうとも容易に陥落するまさに悪魔の蜜。

 食べさせてあげる行為そのものやその時の表情、つまり雰囲気全てが幸せオーラの塊となる。


 恋人のいない人間からすれば膝枕と並んで唾を吐き捨てたくなるシチュエーションだ。


 ただし、今日のおれはこの悪魔の蜜製造機とカップルになってしまっている。


「わからないの?」

「………おれにやれと?」

「食べさせて」

「ここでその展開もってくるか……」

「うん!!」


 ふつうに人目につく席だ。一対一ならまだしも、ここははずかしい。


「今日は私の彼氏なんだよ?」

「そうだけどさ」

「予約しといてあげたのになあ〜」

「……わかったよ。……口開けて」

「え、ほ、本気!?」


 こいつはなんなんだろうか。

 こっちが決心した瞬間、ノリだったのに〜みたいな感じで慌て出す。もう告白した瞬間振りそうですらある。


「いらないのか?」

「い、いります。やらせてください」

「……そんな照れてまでやるなよ……いくぞ?」

「う、うん」


「あーん」なんて言ったりはしない。さすがに死んでしまう。


 おれは何も言わず、控えめに開けられた口にゆっくりとスプーンを入れてあげた。



「……ぁむ………ん…………おいひい」


「……おう」




 なんだこれは。

 めちゃくちゃ恥ずかしい。


 めちゃくちゃ恥ずかしいのに、なんというか………悪くはない。


 むしろ………


 そこで逸らしていた視線が重なり合った。


「ねぇ……」

「な、なんだよ……?」

「慎も、してほしい…?」


 ……こいつは天然系小悪魔か………?

 いや、意識してるはずもないから間違いないだろう。


 朱に染まった頬。恥ずかしさを必死で隠すように体が強張っているが、その潤んだ瞳だけはおれを捉えて離さない。


 その上質問の回答はおれに委ねられている。「私がしてあげる」ではなくおれにしてほしいと言わせる形だ。


「………いや、いい」


 頭の中を支配する恥ずかしさ、それとほかのなにかを紛らわすように水を飲んだ。


「そっか…………」

「おう………」



「あ、そういえばさ–––––」

「あはは! なにそれ!」


 少しの沈黙があったがすぐにおれは話題を変える。


 奈々もそれに乗ってきていつも通りの時間を過ごしていった。






「–––––はぁ〜美味しかった! いいとこ見つけちゃったね!」

「だな。また来よう」


 ただ今日は少し話しただけでカフェを出ていた。

 まあそういう日もあるのかもしれないが。


「うん! 慎今日はありがとね!!」

「奈々もな。じゃあおれバイトだからこっちから行くよ」

「わかった。またね!!」


 手を振っておれたちは別々に歩き出す。



 少し歩いておれは後ろを振り向いた。

 帰っていく友達を振り返るなんてしたことはなかったのに。


「……ばいばい」


 まだおれを見ていた奈々はそんな風に言った気がする。


「おう」






 あの時、奈々が少し寂しそうだったのはきっと見間違いなんかじゃないだろう。






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